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大損失

一時間前 – 列車事故


ホバーエンジンの深い唸りが途切れ、列車全体に震えが走った。瞬く間に、世界が傾いた。


列車は激しく揺れ、重力が不自然にねじれ、ホバーラインから脱線した。パネルが引き裂かれ、火花が飛び散り、かつての滑らかな唸りは、破壊の耳をつんざく轟音へと変わった。


乗客たちの悲鳴が響いた。


衝撃は激しかった。ホバー列車は地面に叩きつけられ、岩や土を切り裂くように滑走した。


炎と煙が立ち上り、残骸を飲み込みながら、壊滅的な停止へと至った。


ねじれた金属と破損したパネルの下で、マーカスは動かずに横たわっていた。


そして、彼の胸が急激に上下した。荒く、息を吸い込む。


彼の目がぱっと開いた。


混乱し、ぼやけた視界。


煙の刺激臭が肺を焼いた。


彼の鼓動が耳に響き、胸の中の恐怖と一致するように激しく鳴った。


鋭く、熱く、容赦ない痛みが彼の感覚を満たした。


しかし、彼は気にしなかった。


母さん。コアリ。イチゴ。


彼らの顔が彼の心に焼き付いていた。


彼らを失う恐怖が、他のすべてを覆い隠した。


友人たちではない。親友のカイでもない。


今は、他の誰も重要ではなかった。


彼らだけ。


「動け…」


その言葉は、彼の唇からかすれたささやきで漏れた。


彼は体を動かそうとした。列車の鋭利な破片が彼の脇腹に押し当てられ、その重みで彼を押さえつけていた。


彼の腕が震え、筋肉が協力を拒んだ。


「動け…」


マーカスは再びつぶやき、その声は絶望でひび割れていた。


彼は地面に手のひらを押し付け、打撲した肩の激痛を無視した。


止まれない。止まらない。


「動け!」


怒りが彼の内側のどこか深くから噴き出した。体は抗議の悲鳴を上げ、呼吸のたびに肋骨が痛んだが、彼は気にしなかった。


歯を食いしばり、マーカスはねじれた残骸を押しのけ、血管が燃えるように力を込めた。


それはびくともしなかった。


「動け、くそっ!」


彼の声は荒々しく、ほとんど獣のようだった。腕が震え、手は血と汗で滑っていたが、彼の心は一つの目的に集中していた。


彼らが私を必要としている。


「動け!!!」


最後の力を振り絞り、マーカスは叫びながら上に押し上げ、視界が緊張でぼやけた。


残骸がうめき声を上げ、少しずつ動き、ついに道を開けた。


金属が彼の上から滑り落ち、耳をつんざく音を立てて横に崩れた。


彼は息を切らし、ついに自由になり、手と膝をついて崩れ落ちた。


煙が空中に渦巻き、遠くで炎が揺らめいていた。


彼は立ち上がることを強いられた。脚は不安定で、体は傷だらけだったが、彼の決意は揺るがなかった。


私は唯一の生存者だ…


マーカスが最初の一歩を踏み出したその瞬間、地面が揺れた。

火花と瓦礫の崩れる音の中に、微かな機械音が割って入る。


彼の感覚が鋭くなる。


煙の中から、そいつは現れた。


ロボットだった。


その冷たく金属的なフレームは三メートルを超え、角張ったデザインが炎に照らされて鈍く光っていた。


赤く光る目がマーカスに向けられ、獲物を見定めるように彼をスキャンしていた。


「なんだよ……これ……」


マーカスがかすれた声でつぶやく。心臓が激しく脈打つ。


ロボットが飛びかかってきた。


アドレナリンが全身を駆け巡る。


マーカスは身を翻し、ロボットの刃が地面をえぐる瞬間に横へ飛びのいた。


破壊された列車のパネルが真っ二つに裂け、煙と火花が空気中に弾ける。


彼は転がるように立ち上がり、息を切らしながら周囲を見回した。


瓦礫の中、鋭く割れた金属片が目に入った――重みがあり、即席の武器になりそうだ。


彼はそれをつかみ、血まみれの手でしっかりと握りしめた。


ロボットが向かってくる。赤い目が殺意を放つ。


刃が横一閃に振るわれる。


マーカスはかがんだ。刃が頭上を掠める。


躊躇なく距離を詰める。金属片の重みが手に馴染む。


――これは、訓練した通りだ。

あの時間も、あの努力も――全部、この瞬間のために。


ロボットの刃が縦に振り下ろされる。マーカスは紙一重でかわし、地面に深く突き刺さる。


隙を逃さず、マーカスはねじりを加えた一撃で金属片をロボットの側面に突き立てた。


衝突の瞬間、火花が散る。


だが、機械はほとんど怯まなかった。


反応は速かった。


ロボットの膝がマーカスの胸に突き刺さる。彼の体は吹き飛ばされ、瓦礫の上に叩きつけられた。


「くそっ……」


咳き込みながら、マーカスは無理やり体を起こす。


ロボットは刃を高く振り上げ、止めの一撃を狙っていた。


思考が加速する。


――動け……生き延びなきゃ。


刃が落ちてくる。


マーカスは叫びながら手を突き出した。


全力で――その刃を両手で受け止める!


衝撃が骨に響き、筋肉が悲鳴を上げる。それでも、彼は押し返す。


「まだだ……!」


歯を食いしばり、片膝をつきながらゆっくりと立ち上がる。刃をつかむ手は決して離さない。


その目は、決意に燃えていた。


最後の叫びと共に、マーカスは刃を横に引き裂いた――


刃は音を立てて、真っ二つに折れる。


ロボットはバランスを崩す。


「今だ……!」


マーカスは折れた刃の一部を槍のように投げつけた。

金属の破片がロボットの腕に突き刺さり、火花が舞った。


ロボットが体勢を整える前に――マーカスは突進した。


強烈な跳躍。拳がロボットの胸に叩き込まれる。


金属がへこみ、ロボットは裂けるように崩れ落ちた。


煙が立ちこめ、破壊された関節部から火花が漏れる。


マーカスは立ち尽くしたまま、血と汗にまみれた顔で息を整える。


震える手で額の汗をぬぐい、低く呟いた。


「言っただろ……」


声はかすれていたが、確かな意志に満ちていた。


「ここで死ぬつもりなんて、ないんだ……」


爆発音が遠くから響き、破壊された都市の中で彼の使命を思い出させた。


マーカスは、唯一の武器となった折れた剣を強く握りしめた。


ママ。コアリ。イチゴ。


彼は空に浮かぶ戦艦を見つめながら、街の外れに向かって身を翻した。


荒い呼吸を繰り返しながら、彼は傷ついた体を無理やり動かした。


彼らが俺を必要としている。


マーカスは一言も発せず、煙と炎の中を走り始めた。


街は死につつあった。


マーカスは燃え盛る通りを駆け抜ける。荒い息を吐き、手にした折れた剣を握る手にさらに力がこもる。煙が空気中を漂い、金属と血の焼けるような臭いが鼻をつく。


彼が見たすべてが、破壊に飲まれていた。建物は見えない力によって崩れ落ち、その骨組みが呻きながら倒れていく。炎が燃え上がり、壊れた舗道に不気味な影を落としていた。市民の死体が残骸の中に転がっている――押し潰され、焼け焦げ、あるいはそれ以上におぞましい力によって引き裂かれたものもあった。


吐き気がこみ上げ、胃がねじれる。


進み続けろ。


彼は脚を無理に動かし、一歩ごとに鋭い痛みが全身を駆け巡った。戦艦が頭上にそびえ立ち、その暗い船体が空を覆っていた。それにたどり着く方法はない。これから襲ってくるものに対抗する術もない。


それでも――やるしかなかった。


第4セクターはすぐそこだ。


彼は瓦礫を突き進み、崩れ落ちる破片を避けながら、ただ一つの目的だけを胸に抱いていた――帰ること。そして、彼らを見つけること。


ママ。コアリ。イチゴ。


彼は立ち止まった。


道が塞がれている。


4体の機械兵が立ちはだかり、煙に満ちた空気の中、赤く光る目がくすぶる残り火のように輝いていた。彼らの外装は煤と乾いた血にまみれて光り、その背後には無残に引き裂かれた一家の遺体が横たわっていた――大人2人、子ども2人。割れた舗道に無造作に広がった彼らの遺体は、生気を失っていた。


マーカスの内側で、何かが壊れた。


――あれが、彼らだったかもしれない。


あれが、自分の家族だったかもしれない。


彼は折れた剣を握りしめ、拳に白く血がにじむほど力を込めた。


「どけッ!!」


彼の怒声が夜に響き渡った。


ロボットたちは金切り声をあげて応答する。そのうち2体が前に飛び出し、腕から刃を展開する。残りの2体は後方に構え、手からエネルギーが集まっていく。


マーカスは待たなかった。


彼は剣を構え、真っ直ぐに飛び込んでいく。


最初の一体が横薙ぎに刃を振るう。だがマーカスは体をひねり、ぎりぎりでその攻撃を回避する。その刃が頬をかすめ、風が皮膚をなでた。


彼は自らの剣を高く振り下ろす。狙いは首。


金属がぶつかり合い、火花が四方に飛び散った。


ロボットはよろけるが、倒れはしない。


すでに2体目が迫っていた。


マーカスはその攻撃を受け止める。衝撃が腕に伝わり、感覚が麻痺する。それでも歯を食いしばり、体を動かし続ける。


次の一撃をかいくぐり、懐に潜り込むと、折れた剣を鋭く突き上げた。


刃は鋼を突き破り、コアを貫いた。


機械が断末魔のような音を上げ、目が明滅したのち、崩れ落ちた。


マーカスは止まらない。


最初のロボットが再び襲いかかってくるが、今度は彼の方が速い。身をかわし、回転する勢いを利用して、背後から剣を突き立てた。


刃をひねり、引き抜く。


機械の体が崩れる。


残るは2体。


エネルギーを帯びたロボットたちが攻撃を放つ。


マーカスは即座に反応する。地面を転がるようにかわし、紫色の光線が彼の立っていた場所を焼き払う。


時間がない。


距離を詰めなければ。


彼は前方へ突進する。瓦礫や壊れた車体を盾にしながら、破壊された壁を背にさらに一撃が放たれる。石片が飛び散る。


それでも彼は止まらない。


ついに、射程圏内に入った。


最初の一体が腕を上げる――撃とうとするその瞬間。


マーカスの剣がその腕を切り裂いた。


関節部で切断された腕が落ちる。ロボットは悲鳴のような音を上げてよろめく。


マーカスはためらわなかった――その頭部へと刃を突き立てる。


残り、1体。


そいつが撃った。


マーカスは膝をつき、光線が肩をかすめて通過する。二撃目が来る前に、彼は折れた剣を投げつけた。


金属片が唸りを上げて飛び、ロボットの胸に突き刺さった。


火花が散り、機体がけいれんしながら倒れる。


静寂。


マーカスはその場に立ち尽くす。息を荒げ、顔に血と汗を滴らせていた。


最後のロボットから剣を引き抜く。手は震え、全身が悲鳴を上げている――それでも、彼はそれを無視した。


こんなところで、止まってる暇なんてない。


彼は走り出した。


第4セクターは、もうすぐそこだ。


街が彼の視界の中でぼやけていく。彼は走る。体のあちこちが痛みで悲鳴を上げるたびに、彼はそれを無視した。考えている暇などない。気にかけている余裕もない。今大事なのは――帰ることだけ。


煙が空気を覆い、息をするたびに肺が焼ける。煙は肌にまとわりつき、熱が皮膚を焦がした。それでもマーカスは進み続けた。崩れかけた建物、砕けた車体を縫うように走り抜ける。空は赤と紫の光に染まり、戦火が街を包み、戦艦が空に浮かぶ死神のように沈黙していた。


そして――見えた。


第4セクター。


少なくとも、その残骸が。


かつて慣れ親しんだ家々は瓦礫の山と化していた。何千回と通った道は、今では灰とねじれた鉄の塊に覆われ、原型をとどめていなかった。通りには無数の遺体が転がり、混乱に巻き込まれた市民の顔は恐怖で凍りついたままだった。


マーカスの脚が止まり、心臓が激しく打ち鳴らされる。


そんな……。


彼の家は――無事であるはずだ。家族は――生きているはずだ。


彼は力なく前に進み、瓦礫につまずきながらよろめいた。呼吸は荒く、肺は酸素を求めて悲鳴を上げ、筋肉は焼けるように痛む。それでも、彼は立ち止まらなかった。


角を曲がった――


その瞬間、世界が崩壊した。


空から巨大な影が落ちてきた。マーカスの家がかつてあった場所に、真っ直ぐに叩きつけられる。衝撃は瞬時だった。爆発的な衝撃波が火と瓦礫を四方に吹き飛ばした。


マーカスの体は宙に浮き、舗道に叩きつけられる。


肋骨に激痛が走り、視界が白く弾ける。しかし彼は、歯を食いしばって立ち上がった。


やめろ、やめてくれ、やめてくれ――


家はもうなかった。


炎が基礎の残骸を飲み込み、黒煙が空へと立ちのぼる。


そして、その混沌の中から、ひとつの影が現れた。


マーカスは、まるで世界が止まったように感じた。火の粉が彼の周囲に舞い、空気そのものがその存在に歪んでいた。男の顔には仮面がかかっており、邪悪な笑みが彫られている。黒いコートが風に揺れ、手には闇のエネルギーをまとった刃が握られていた――生き物のように脈打つ刃。


そして、もう片方の手には――


マーカスの呼吸が止まる。


三人の人影。


ママ。コアリ。イチゴ。


その男の腕にぶら下がり、動く気配はない。


マーカスは叫んでいた。口から飛び出した言葉に、自分でも気づいていなかった。


「離せッ!!」


声は荒れ果て、絶望がにじんでいた。だが、男は反応しない。


マーカスは前へと足を踏み出した。体のすべてが、闘え、動け、と叫んでいた。


最初に口を開いたのは、彼の母だった。声は弱く、震えていた。


「お願い……コアリだけでも……まだ小さいのよ……」


イチゴは涙を流しながらも、歯を食いしばって叫んだ。


「マーカス!大丈夫、僕がなんとかする!」


仮面の男は首をかしげ、その声に嘲笑のような響きを乗せて言った。


「お前……家族を愛しているんだな?」


マーカスの頬に涙が伝う。彼は何度も頷いた。


「そうだ……大好きだ……家族を、命よりも大事に思ってる!!」


男はしばらく黙っていた。


そして、仮面の下で唇が冷たい笑みに歪む。


「そうか?」


手首を軽くひねると――彼はコアリを手放した。


彼女は前にふらつきながら進んだ。小さな体が震えていたが、それでも顔を上げてマーカスを見た。


「お兄……」


その瞬間、すべてが壊れた。


影のような一閃が空を裂いた。


コアリの動きが止まる。


何が起きたか理解する前に、彼女の頭が前へと転がり――


マーカスの足元で止まった。


妹の瞳が、虚ろに空を見つめていた。


マーカスの喉から、言葉にならない音が漏れた。それは、壊れた何か――自分でも認識できない叫びだった。


「……うそだ……」


母親の悲鳴が響く。


イチゴが怒りに燃えて男に飛びかかった。


「この化け物!!」


刃が再び動いた。


黒い閃光が二度――


沈黙。


マーカスの母と弟の体が崩れ落ち、動かなくなった。


理解が追いつかない。


ほんの数秒前まで、彼らは――そこにいた。


今は――もう、いない。


マーカスは膝をつき、震える手でコアリの首を抱き寄せた。小さな体を腕に抱え、まるでそれで全てが元に戻るかのように、離さなかった。


彼の体が震える。呼吸は不規則に、すすり泣くように。


世界が、遠く、空っぽに感じられた。


仮面の男が、ゆっくりと満足げに笑う。


「ほら、ちゃんと“解放”しただろ?」

彼は首をかしげ、嘲るように続ける。

「地獄へな」


マーカスの指が震え、呼吸が乱れる。内側で、何かが音を立てて壊れていく。


男の笑い声が廃墟に響いた。


「久々に愉快な光景だったよ……」


マーカスが顔を上げた。


その瞳が燃えていた。


悲しみを超え、怒りを超え――もっと深く、もっと黒いものが、胸の奥でうごめいていた。


「殺す……」


その言葉は、かすれたささやきだった。


しかし次の瞬間には、刃のように鋭く――


「殺してやる……!殺してやる!!」


仮面の男は両腕を広げ、挑発するように笑った。


「さあ来いよ。」


マーカスは躊躇わなかった。


考えることも、迷うこともなかった。


彼は折れた剣を振り上げ、怒りのままに突進する。

攻撃は無秩序で、粗削り。だが、それでも彼の全てを込めた一撃だった。


だが――


男はすべてを容易く避けた。


一歩も動かず、身体を軽く傾けるだけで、マーカスの怒りの剣をあざ笑うかのようにかわしていく。

その唇には余裕の笑みが浮かび、ついに、男の一撃がマーカスを打ち倒す。


「くだらん。」

冷たい声と共に、マーカスは地面に叩きつけられた。


身体がよろめき、足元がおぼつかない。


――立て。

訓練しただろう。守るために、ここまで来たんだろう。


ここで終わるわけにはいかない。


彼は叫びと共に再び走る。

全身の力を込めた最後の一撃。


折れた剣が男の仮面に突き刺さり――


仮面が割れた。


破片が地面に散る。


そして現れたその顔。


マーカスの血が凍る。


「……サツジン……」


リオネルの副官――

この戦争の影で暗躍する、悪夢のような存在。


サツジンはにやりと笑った。


「失望したか?」


マーカスが反応する前に、闇のエネルギーがサツジンの刃からほとばしる。


爆風のような衝撃がマーカスを吹き飛ばす。


地面が砕け、瓦礫が降り注ぐ中――


体は動かない。それでも心は叫んでいた。


――動け、マーカス。ここで終わるな。動け!!


サツジンが近づく。刃を振り上げ、止めを刺そうとしていた。


「じゃあな、小さな失敗作。」


刃が振り下ろされる――


その瞬間。


止まった。


マーカスの姿が、消えた。


サツジンの顔が驚愕に歪む。彼が振り返ると、そこには別の男が立っていた。


肩に、マーカスを担いだまま。


アンドリュー・ハンダーフォール。


サツジンの笑みが戻る。


「これはこれは……興味深い展開だ。」


アンドリューは無言で瓦礫の地を見下ろし、沈黙の中に怒りを宿したまま、マーカスの体を抱えなおす。


「お前は……必ず報いを受ける。」


彼の言葉と同時に、光る鎖がアンドリューの手から迸った。

巨大な鎖は生きているかのようにサツジンに巻き付き、大地を砕きながら締め上げる。


サツジンは反応する間もなく、後方に引きずられた。


アンドリューはその隙を逃さず、背を向けて走り出す。マーカスを抱えたまま――


戦いの音は背後に遠ざかっていった。


マーカスの意識は薄れ、視界が闇に包まれる。


ママ……コアリ……イチゴ……


ごめん……。



マーカスの視界がぼやけ、世界が避難船のエンジン音の律動に狭まっていく。彼の体は無重力のように感じられ、極度の疲労と痛みによる霧が感覚を鈍らせていた。煙の匂いがまだ肌に染みつき、船内の無機質で金属的な匂いと混じり合っていた。


タラップが目前に迫り、赤い非常灯に照らされていた。アンドリューの腕の力はしっかりと安定しており、マーカスは抱えられている感覚すらかすかにしか感じられなかった。意識は、今にも消えそうな残り火のように揺らめいていた。


二人の装甲兵が待ち構えていた。まるで衛兵のように直立している。ヘルメットに表情は隠されていたが、手に宿るエネルギーのきらめきが、いつでも戦える構えを示していた。一人は腕に炎を纏い、もう一人は鋭い電気の輝きを放っていた。


アンドリューはほとんど足を止めることなく近づく。


「誰にもこの船を落とさせるな。」

煙に満ちた空気を切り裂くような鋭い声が響く。


炎の兵士は力強く頷き、腕の火が燃え上がる。

「了解しました!」


アンドリューはタラップを登る。その足取りはぶれることなく一直線。背後で、船の扉が加圧音と共に閉じ、第4セクターの混沌を遮断した。ロックが完了するや否や、エンジンが唸りを上げ、炎に包まれた廃墟から船体が持ち上がった。


船内では冷たく無機質な照明が灯り、地上の破壊と対照的な静けさを漂わせていた。アンドリューは正確な動きでマーカスを医療ストレッチャーに下ろす。その手は慎重だったが、顎には緊張が走り、心は別の場所にあった。


マーカスの破れた衣服には血が滲み、泥と汗が混じっていた。呼吸は浅く、不規則ではあったが――まだ、生きていた。


アンドリューは息を吐き、額にそっと手を当てた。

「すまない……」

その言葉は空虚に響いた。


船が大気圏を抜けるとき、機体が震えた。圧力が船内を押し込み、アンドリューは展望窓へと目を向けた。


第4セクターのシルエットが遠くに見える。

炎が燃え広がり、街区全体が崩壊した廃墟と化している。空の輪郭は焼け焦げ、ねじれた鉄の爪痕と化し、暗い戦艦が幽霊のように上空に浮かんでいた。


――これで終わりじゃない。

いや、これからだ。


遠くから重い轟音が響き、アンドリューの視線がモニターに向けられる。戦闘はすでに始まっていた。


サツジンの姿が火のついた廃墟の中を影のように滑る。二人の装甲兵がその場を動かず、エネルギーを解き放って迎え撃つ。


火炎がうねり、サツジンを焼き尽くす柱となって包み込んだ。


一瞬、戦場は静寂に包まれた――

だが、火が割れたその中から、無傷のサツジンが現れる。刃は黒い闇の弧を描いて輝いていた。


一閃。


一人の兵士が倒れ、装甲が内側から崩れ、命が一瞬で断ち切られた。


二人目は反応する暇もなく、再び刃が空を裂いた。


アンドリューがモニターを見た最後の瞬間――

雷のような閃光がサツジンに向かって走り、その直後、まばゆい爆発が画面を覆い、映像はノイズに包まれた。


アンドリューは拳を握りしめる。


――時間を稼いでくれている……絶対に無駄にはしない。


船のエンジンが轟き、さらに高く上昇していく。重力の感覚が薄れ、地球の光が遠ざかっていく。


アンドリューは展望窓から最後にもう一度だけ第4セクターを見た。

ちょうどその瞬間、巨大な爆発が戦場を包み込み、地面が震え、衝撃波が都市全体を引き裂いた。


彼の兵士たちは、もう――いなかった。


コックピット内、通信機からパイロットの声が響いた。

「市街地を離脱しました。大気圏突破の準備に入ります。」


アンドリューの視線は燃える街から離れない。

「よし。」

その声は落ち着いていた。

「“ディフェンダー”へ向かえ。彼らが待っている。」


避難船はさらに上昇し、地球の燃える空を背にしていく。


静寂――


何時間ぶりかに、戦争の音が消えた。

そこにあったのは、果てしない宇宙の沈黙だけ。


“ディフェンダー”がその姿を現す。闇の中に浮かぶ鋼鉄の巨影のように。

星明かりに照らされたチタン装甲が鈍く光り、船体には「マーシー&マーズ連合」の紋章が堂々と刻まれていた。


両脇には2隻の戦艦が並んでいた。


一つは「ゼウス」。戦いの傷跡をまとう老兵のような船。

もう一つは「ボイジャー66」。最新鋭の技術が詰め込まれた新型艦だ。


避難船はゆっくりと接近し、ドッキングベイへと滑り込んでいく。

着陸装置が機械音とともに展開され、甲板にしっかりと固定される。


エアロックが閉じた。


数秒のうちに、医療チームがキャビンに殺到した。

その動きは正確で無駄がなく、手際よくマーカスのバイタルを確認しながら短く命令を交わす。


アンドリューは一歩下がり、スペースを譲った。


「彼を安定させろ。何があっても、だ。」


メディックの一人が力強く頷く。

「了解、提督。」


マーカスは担架ごと持ち上げられ、無言のまま医療室へと運ばれていった。


アンドリューはしばしその場に立ち尽くし、手を強く握りしめていた。


その重みが胸を締め付ける――失ったもの、破壊されたもの、残してきた命たち。


だが――悲しみに浸っている暇はない。


まだ――終わっていない。


彼はくるりと向きを変え、艦橋へと向かった。


“ディフェンダー”艦内の空気は張り詰めていた。

無言の緊張が満ち、士官たちは黙々と任務に就いていた。モニターの光が顔に青く映り込み、誰もが気を張っている。


アンドリューが艦橋に入ると、全員の視線が彼に集まった。


「報告しろ。」


航法士が背筋を伸ばす。

「リオネル級戦艦3隻を確認。数分で射程圏に入ります。」


アンドリューの表情が険しくなる。


「ワープ準備。火星モバイル前哨基地へ向かう。」


クルーたちはすぐに動き出し、コンソールに指が走る。


展望窓の外で、宇宙が揺らめき始める。


アンドリューは腕を組み、ジャンプエンジンの起動を見つめる。

「追跡はされていないか?」


航法士の指が操作パネルの上で止まる。


「否、追跡されていません。」


アンドリューは静かに息を吐く。

「よし。」


船が振動し、エンジンが轟音を響かせる。星が細く伸び、空間そのものが捻じれる――


そして、すべてが消えた。


艦橋に静寂が訪れる。


戦争は、後ろに。


――今のところは。


アンドリューは前へ一歩進み、広がる航行マップに目をやった。


「前哨基地まで、どれくらいだ?」


「3日です、提督。」


アンドリューの顎が引き締まる。


「我々は戦争の中にいる。」

その言葉は、艦内すべての者の胸に重くのしかかった。

ここまで読んでくれて、本当にありがとうございます!心の底から感謝しています!

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