表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/64

すべてが崩壊した!

 人で賑わう駅のホームで、マルクスの周囲はせわしない動きでぼやけていた。接近する電車の金属音が空気に響く中、彼の意識は別のところにあり、心は家族へと向かっていた。


 おなじみのチャイムが彼の思考を断ち切り、現実に引き戻す。ポケットの中のスマホが振動し、彼はそれを取り出した。画面に表示されたのは母の名前だった。


 マルクスは微笑みながら応答する。


「お兄ちゃん!」妹のコアリの声が明るく元気よく響いた。


 マルクスはため息をつきつつも、どこか楽しげに言った。「コアリ、なんでママのスマホからかけてきてるんだ?」


 答える前に、もう一つの声が割り込んできた。暖かく、少し呆れたような口調だった。


「コアリ!何度言ったらわかるの。勝手に私のスマホ使わないでって!」


「ちゃんと聞いたもん!」コアリが抗議する。「お母さんが忙しくて聞こえなかっただけ!」


 マルクスは笑いながら首を振る。「それっぽいな。それで?何か急ぎの用でも?」


 コアリの声は少し照れたように変わる。「まずは挨拶しようと思って!ダメ?」


 母の声が遠くから笑いながら聞こえる。「ごめんね、マルクス。朝からずっと落ち着かなくて。あなたに電話しないと気が済まないみたい。」


「いいよ、ママ。」マルクスは近くの柱に寄りかかりながら言った。「イチゴは元気か?」


 遠くから怒ったような声が飛ぶ。「その呼び方やめろってば!」


 マルクスはニヤリと笑う。「なんで?似合ってるのに。俺に腕相撲で勝ったらやめてやるよ。」


 弟のイチゴがうめく。「じゃあ、一生そのままだな……」


 コアリがくすくす笑いながら繰り返す。「ちびイチゴ、ちびイチゴ!」


「ちび耳が何言ってんだよ!」とイチゴがやり返す。「この前お前の尻尾助けてやったの、忘れたのか?」


 ガチャガチャとした音と一緒に、コアリの怒った声が重なる。「それ取り消して!」


「二人とも、いい加減にしなさい!」と母が叫ぶが、その声には笑いが混じっていた。


 マルクスはその騒ぎを聞きながら、自然と笑みをこぼす。「そっちはいつも通りって感じだな。」


 母の声が少し静かに、そしてどこか不安げに変わる。「マルクス、お父さんが……ちょっと大変なことに関わってるみたい。近いうちに、マーキュリーに引っ越すかもしれないって……」


 マルクスの笑顔が消えた。「マーキュリー?どういうこと?」


 母の躊躇が明らかだった。ようやく絞り出すように話す。


「帰ってきたら話すわ。ただ……気をつけてね。」


 通話が切れ、マルクスは無言で画面を見つめた。次の瞬間、列車の汽笛が鳴り、彼は乗車する。胸には不安が石のように沈んでいた。


 アルニクの家では、皆がちゃぶ台を囲んで座り、焼きたてのたこ焼きを楽しんでいた。湯気が黄金色の球体から立ち上り、部屋中に香ばしい香りが広がっている。


 最初に飛びついたのはローズだった。ひとつを掴み、口に放り込む。


「アツッ!アツッ!アッツッッッ!!」

 彼女は顔の前で手を必死に振り回して悶える。


 カイは眉を上げ、微笑しながら箸を置いた。

「次は、やけどする前に数秒待つって学べるといいな。」


 ローズはなんとか飲み込み、彼を睨んだ。

「なによ、ママ気取り?どうせ待ってたらあんたが全部食べちゃうでしょ!」


 カイは眼鏡をキラリと光らせて言った。

「いや、それより太るんじゃないかと思って。」


 一瞬、部屋が静まり返った。

 アルニクはたこ焼きをひっくり返す手を止め、アイカは目を見開きながら、持っていたたこ焼きを皿に戻した。

 ローズの尻尾はピンと硬直し、耳がピクリと動く。彼女はゆっくりとカイの方を向いた。


「今……なんて言った?」

 彼女の声は冷たく低かった。


 カイの余裕そうだった表情が一瞬で崩れる。両手を上げて必死に弁解する。

「ま、待って!そういう意味じゃない!冗談だったんだよ!」


「冗談……?」

 ローズの声がさらに低くなる。

「じゃあ、こっちも冗談をひとつ。」


 その瞬間、ローズはちゃぶ台を飛び越えて突進、カイにタックルをかまし、そのまま畳に押し倒した。


「もう一度言ってみなさいよ、四つ目ェ!!」

 彼女はカイの肩を掴み、ガタガタと揺さぶる。カイの眼鏡は飛んでいった。


「や、やめてローズ!ごめんって!太ってない!むしろ怖い!お願い、放してぇ!」

 カイは必死に叫びながらジタバタともがく。


 アイカはたこ焼きを一口かじりながら、特に驚く様子もなく言った。

「かわいそうなカイ……自業自得だね。」


 アルニクはため息をつきながら頭を振る。

「安らかに眠れ、カイ。早すぎる死だった。」


「オレの死を実況するな!助けろよ!」

 カイは畳の上でうめき続けた。


 しばらくして、ローズはようやく彼を解放し、何事もなかったように手を払いながら元の席に戻る。そして、たこ焼きをもう一つ手に取った。

「……そういうことよ。」


 カイは畳に倒れ込んだまま、手を伸ばして皿を探る。

 だが、動きが止まる。


「……俺のたこ焼きがない……まさか……食ったのか……?」


 ローズは満面の笑みで答えた。そして、お腹から響くように、

「ゲフッ。」


「お前ってヤツは……」

 カイは眼鏡を手探りで探しながら呟いた。


 だが、そのふざけた空気は一瞬で変わる。


 ――家が揺れた。


 低く鈍い地響きが壁を伝い、ちゃぶ台の上の皿がガタガタと音を立てる。


 アルニクがカウンターに手をついて言った。

「今の……なんだ?」


「地震……かな?」

 アイカが不安そうに天井を見上げ、尻尾がピクピクと震える。


 皆が窓辺に駆け寄った。

 そして、外の光景を目にした瞬間、心が凍りついた。


 ――都市上空に浮かぶ、巨大な戦艦。

 その全長は500メートルを優に超えていた。


 あまりの大きさに空が隠れ、街のすべてに冷たい影を落とす。


 列車の窓からマルクスも、なぜか心を引き寄せられるように外を見た。

 彼の目はガラス越しに、その戦艦をしっかりと捉える。


 いつも見慣れた都市の風景が、突然現実味を失っていく。

 まるで知っていた世界が崩れていくかのように。

 背筋を冷たい何かが走る。周囲の音が消えたように静まり返る。


 そこに浮かぶのは、空を裂くような存在――無言の凶兆だった。


「なんだよ、あれ……」

 アルニクが呟く。声には困惑と恐怖がにじんでいた。


 ローズの声も震えていた。

「……普通の戦艦じゃない……」


 カイは眼鏡を押し上げながら言った。

「確かに戦艦だろう。でも、なんでこんな場所に? 彼らがそんな無茶をするとは思えない。合理的な理由があるはずだ。」


 アイカは戦艦を見上げ、不安げに声を漏らす。

「テストかも……新しい兵器とか……?」


 アルニクの表情が険しくなる。

「こんな場所でテストなんかするか? ありえねえ。」


 カイも眉をひそめた。

「それでも……やっぱり、これは異常すぎる。」


 誰も言葉を続けられなかった。

 戦艦の巨大な存在が、彼らの心にじわじわと恐怖を染み込ませていく。


 そして――


 全員のスマホが同時に震え、画面に映像が表示された。


 その声はあまりにも静かで、だからこそ不気味だった。


「地球の皆さん、こんにちは。元気にしてるかい?」

 それは、地球の大統領――ライオネルの声だった。


 あまりにも落ち着いていた。だが、その声の裏には、抑えきれない怒りがにじんでいた。


「急に驚かせて悪いね。ただ、みんなにちょっとしたお知らせがあるんだ。」


 彼は髪を後ろに撫でつけながら言った。その動きは、どこか神経質だった。


「……はあ、もう我慢できない。」


 鼻の付け根を押さえ、無理に落ち着こうとする仕草。だが、その表情は限界に近かった。


「……もういいや。」

 そして声の調子が一変する。


 毒がにじむような口調で、吐き捨てるように言った。


「お前ら全員が大嫌いだ。肉袋ども、クズども、ゴミども。お前らなんて、ただの腐った肉の塊だ。」


 言葉はどんどん鋭くなり、憎しみがこもる。


「ずっと我慢してた。だがもう限界だ。俺は……人間なんて大っ嫌いなんだよ。」


 両腕を広げ、怒りを爆発させる。


「この肉体から解放しろ……!」


 彼の身体が震え始める。皮膚が裂け、筋肉が膨張し、内から何か異形の存在が姿を現そうとしていた。


 そして――変異が始まった。


 肉体がねじれ、目が赤黒く歪み、服が引き裂かれ、そこから翼と角が生える。


 それは、もう人間ではなかった。


「俺は……待ち続けてきた!」

 ライオネルの声は怒気に満ち、震えていた。


「腐ったこの世界で、どれだけ我慢してきたと思ってる! 歩くだけで価値があると勘違いしてる貴様らを、腐った肉の塊どもを、ずっと見下してきたんだ!」


 拳を握る。その周囲の空気が震え、魔力が唸りを上げる。


「無知、愚か、自惚れ! 虫けらが王様気取りで地を這ってる……その姿を見るだけで吐き気がする!」


 ライオネルは咆哮した。怒りと狂気の化身として――


「――第二次魔族降臨を、今ここに始めよう!!」


 戦艦が高く唸りを上げる。エンジンが轟き、都市全体にその振動が広がっていく。


「破壊せよ、兄弟たちよ……全てを!」


 その叫びは、地獄の合図だった。


 マルクスは座席の端を握りしめ、息が荒くなるのを感じていた。

 胸の奥で何かが軋む。


「……戻らなきゃ……」

 かすれた声が唇から漏れた。瞳には、焦りの光が宿っていた。


 母との会話が頭をよぎる。


 ――“お父さんが、大きなことに巻き込まれてるかもしれない。”


「まさか……これのことだったのか……」

 胸が締めつけられる。


 これは――ただの危機じゃない。

 もっと……もっと深い、終わりの始まりだ。


 思考を深める暇もなく、地面が激しく揺れた。


 次の瞬間、都市が地獄と化す。


 空から降下した無数のポッドが、高層ビルに激突し、爆発。

 ガラスは砕け、鉄骨は折れ、構造物が崩れ落ちる。


 人々の悲鳴が辺りに響き、逃げ惑う人々の群れが通りを埋め尽くす。


 マルクスの心臓が沈み込む。

 目の前に広がるのは、破壊の光景。


 全高3メートルの人型兵器――恐ろしい魔力のオーラを纏った魔導機兵が、街を蹂躙していた。


 車も建物も、人間も、すべては彼らの足元で無残に潰されていく。


 悲鳴、爆発音、そして煙の臭いが世界を覆い尽くす。


 逃げ惑う人々。顔には恐怖が張りついていた。


 マルクスの目がひらく。


 ――母親が、2人の子どもを庇おうとして――

 鋭い腕に貫かれる。


「っ……!」

 胃がえぐられるような感覚。目を逸らしたくなるが、目を背けられない。


 炎が広がり、街の一角が一瞬で火の海と化す。


 瓦礫の中から現れたのは、人型ではあるが、もはや人ではない。


 ――魔族たち。


 闇の魔力に包まれ、呪文の波動が都市を薙ぎ払っていく。


 空から、地から、あらゆる方向から破壊が押し寄せてくる。


 マルクスの手が震える。


「……家族を……」

 拳を握る。目に炎のような光が宿る。


「守らなきゃ……!」


 その時――


「伏せろっ!!」


 叫び声が飛ぶ。


 マルクスが顔を上げると、男が手を前に突き出し、魔法のガントレットを構えていた。


「バリア!!」


 その瞬間、空から飛来したポッドが車両に激突する寸前で、まばゆい障壁が展開される。


 轟音とともに、列車が線路から外れ、地面に激突する。


 全身が吹き飛ばされる衝撃の中、マルクスの意識はどんどん遠のいていった。


 頭の中には、ただひとつの想いが渦巻いていた――


「早く……戻らなきゃ……!」


 そして、すべてが暗転した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ