近い将来
近い未来
拍手が静まると、マルクスは深く息を吸い、その瞬間を胸に刻んだ。
舞台に立ったときから背負っていた重みが、ようやく解き放たれた気がした。
――ここが、俺の居場所だ。
マルクスは静かに微笑み、ステージのライトから背を向けて舞台裏へと歩いた。
耳にはまだ自分のバイオリンの余韻が残っていた。それは、さっきの瞬間の証だった。
数人の出場者がすれ違いざまに軽く会釈し、簡単な称賛の言葉をかけてくれた。
だが中には、目を逸らし、悔しそうに肩をすくめる者もいた。
スタッフたちは次の出番の準備で慌ただしく動き回っていたが、マルクスの目にはほとんど映らなかった。
今は、他のことなどどうでもよかった。
友達に会いたかった。
マルクスは細い廊下を素早く進んだ。
天井のライトが微かに唸り、静けさを埋める。
一歩ごとに、緊張の残りかすが少しずつほどけていく。手に握るバイオリンケースの力も抜けていた。
やがて、劇場のロビーにたどり着く。
ドアを開けた瞬間、空気が変わった。
外のネオンが高い窓から差し込み、暖かい室内の灯りと混ざり合う。
人々は小さなグループに分かれて、今夜の演奏について語り合っていた。
だが、マルクスの目は彼らを探してはいなかった。
入口を見回し――そして、止まる。
彼らがいた。
最初に見つけたのはアーニクだった。
顔がぱっと明るくなり、声が周囲の雑音を突き破って響く。
「いたぞ!今夜の主役だ!」
マルクスが反応する間もなく、アーニクの手が肩にガツンと乗り、思わずバランスを崩しそうになるほど力強く揺さぶられる。
「お前の大舞台、見逃すわけないだろ!」
返事をしようと口を開いたが、ローズが先に言葉を発した。
「マルクス!」彼女が手を振りながら呼びかける。耳がぴくりと動く。「最高だったよ!会場が一音一音に引き込まれてた。まるでお前が全員を操ってたみたいだった。」
隣に立つカイは腕を組んだまま、じっとマルクスを見つめていた。
そして眼鏡を直しながら、静かに言う。
「すべての音が完璧だった。」
その言葉は簡潔で事実だけを語っていたが、その裏にある温かさは明らかだった。
カイの肩にもたれていたアイカは、眠たげな表情のまま手をひらりと振る。
「起きててよかった……」
目元の疲れた雰囲気はそのままだが、その瞳には確かな称賛が宿っていた。
マルクスは息を吐いた。
胸に残っていた最後の緊張が、すっと消えていく。
――ここが、俺の居場所だ。
「ありがとう。」
その声は、静かで、でもしっかりとしていた。
今夜初めて、心から安堵した。
やるべきことをやり遂げた。あとは、ただここにいるだけでいい。
当然ながら、空気を壊すのはアーニクだった。
「さて、いつまでも感傷に浸ってる場合じゃない。飯に行こうぜ。俺のおごりだ!」
ローズの耳がぴんと立つ。「へえ?今夜は気前がいいのね?」
アーニクがうめく。「どうせ『あんたが払って』って言われるのは分かってたからな。驚いたふりはやめてくれ。」
ローズがにやりと笑う。「賢い男ね。」
マルクスは笑いながらバイオリンケースのストラップを整え、皆と一緒に外へ向かった。
都市の光景が目の前に広がる。空にはホバーカーが流れ、下の通りに光を落とす。ビル群の看板がちらつき、歩道に色とりどりの影を落としている。
騒がしく、混沌としていて、生きている――だが、それが心地よかった。
グループの中心に立つマルクスにとって、舞台の熱気のあとの夜風は心地よい冷たさだった。
歩いている途中で、アーニクが口を開く。
その笑顔はいつものままだが、少しだけ柔らかい。
「で、これからどうすんだ?あんな演奏しちまったら、プロになれるぞ。」
マルクスは少し黙った。
今夜の出来事は、まだ完全には消化できていない。
彼は視線をビルの光へと向けた。
「分からない。……今夜はすごかったけど、ちょっと時間がほしい。自分のこと、ちゃんと考えてみたい。」
短い沈黙。
そして――
ローズが肩をすくめる。「何を選んでも、私たちはいるから。あんたは、ちゃんと見つけるでしょ。」
アイカが小さく頷く。「一歩ずつ、だよ。マルクス。」
マルクスは仲間たちの顔を見つめた。共に歩んできた、かけがえのない存在。
口元に自然と笑みが浮かぶ。
「うん。一歩ずつ、だ。」