砕けた覚悟
街の通りは不気味なほど静かで、数日前まで続いていた混乱とは対照的だった。最後の戦闘の炎はようやく消えたが、傷跡は残っていた――崩れた建物、壊れた道路、そして血と煙の残る臭い。
チームは分散し、敵の残党がいないか各区域を巡回していた。
カイはため息をつき、崩れた瓦礫を蹴った。「こんなの無意味だ。ライオネルが本当に何か大きなことを計画してるなら、俺たちが先に攻撃すべきだ。こんな後片付けしてる場合じゃない。」
ローズは槍をくるりと回し、ニヤリと笑った。「あら、どうしたの?歩くのに疲れた?」
カイは目を細めた。「そうじゃなくて――」
彼の通信機がビープ音を立てた。
アイカの声が響いた。「予定変更。火星の主権者から召集された。」
カイは眉をひそめた。「それは… 予想外だな。」
これまで黙っていたマルクスが、武器を握る手を締めた。「行くぞ。」
主権者の宮殿は、戦争の影が広がる中、街の廃墟の中で無傷で立ち、権威の象徴として輝いていた。金色の扉が滑らかに開き、彼らを中へと導いた。
巨大な柱が並ぶ廊下には、火星の歴史を刻んだ壁画が飾られていた。しかし、今日、このホールには誇りなどなかった。囁き声、緊迫感、そして恐怖だけが漂っていた。
大広間の奥、黒曜石と鋼の玉座に座していたのは、主権者ケールス・レッドスパイアだった。
深紅に金の刺繍が施された荘厳なローブは、普段より重そうに見えた。まるで彼の決断の重みがすでにのしかかっているかのようだった。鋭い銀色の目で彼らを見つめたが、その表情は読み取れなかった。しかし、今日の彼には何か違ったものがあった。
誰も予想していなかったもの。
敗北感。
部屋には顧問たちが集まり、戦術テーブルに地図や書類が散乱し、慌ただしく囁き合っていた。
ケールスは息を吐き、玉座から立ち上がった。彼の声は穏やかだったが、重かった。
「火星はもう終わりだ。」
その言葉はハンマーのように響いた。
カイは目を細めた。「何?」
ケールスは前に進み、視線を硬くした。「ライオネルの軍は我々の手に負えない。この戦争はすでに終わっている。人手も時間も、効果的な防衛を築くには足りない。」彼は完全に振り返り、彼らと向き合った。「私は火星の避難を命じる。」
沈黙。
ローズの尾が苛立ちでピクピク動いた。「逃げるつもり?」
ケールスは彼女の視線と向き合った。「私は民の生存を確保する。」
マルクスの顎が締まった。「どこへ行く?」
ケールスは戦術テーブルに向き直り、ホロマップに手を置いた。植民地の投影が点滅し始めた。
「認めるのは辛いが、はい… だが、この避難は過酷なものになる。」彼は声を安定させつつ、苛立ちを滲ませた。「準備には1か月かかる。その間、君たち――そして我々の最精鋭の兵士たち――に、ライオネルを足止めしてほしい。」
誰も答える前に、ゆっくりとした、意図的な足音が広間に響いた。
クラウンが腕を組み、ニヤリと笑いながら入ってきた。「なんて臆病者だ…」
部屋の緊張感が一気に高まった。
主権者の衛兵の一人が即座に前に進み、武器に手を置いた。「その口の利き方はなんだ!」
「十分だ。」ケールスは手を上げ、対立がエスカレートする前に止めた。しかし、彼の視線は固いままであった。「彼に話させなさい。」
クラウンはためらうことなく、笑みを崩さなかった。「見たままを言っただけだ。勝てないとわかってるから逃げるんだろ。」
ケールスはゆっくり息を吐いた。「私は臆病者ではない。民を第一に考えている。」彼の表情が硬くなった。「海賊戦争の直後にこんな侵略が来るとは準備できていなかった。そしてライオネル――彼は記録的な速度で船を量産している。これまで見たことのない速さだ。」
カイは目を細めた。「どうやって? あんな戦争艦隊をそんな速さで作った方法がわからない。」
ケールスは首を振った。「わからない。だが、我々が彼に太刀打ちできないことはわかっている。唯一の希望は水星への避難だ。彼らの軌道艦隊は最強ではないが、この戦争から得た情報をすでに利用して対策を講じている。」
ローズが口を開いた。「その対策がうまくいくことを祈るだけ?」
ケールスはためらうことなく彼女の視線と向き合った。「その対策が機能することを祈れ。」
部屋は再び沈黙に包まれ、状況の重みが彼らを押しつぶした。
マルクスは拳を握り締めた。「なら、俺たちが防衛線を維持する。」
ケールスは頷いた。「そうだ。そしてその時間は1か月しかない。」
3時間後
火星の最後の要塞、マーズニアは毅然と立ち続けていた。高度な合金と青く脈打つ回路で強化された高い壁が、都市の広大な防御網に繋がっていた。上空ではドローンが周囲を巡回し、ライオネルの軍の兆候をスキャンしていた。
内部では、鋼の超高層ビルが緊張に満ちた通りを見下ろしていた。ホログラフィックディスプレイが避難命令を警告し、ホバートラムが民間人と武装パトロールの間を疾走していた。空気は不安で重く、マーズニアの時間は尽きつつあった。
壁の端に、アルニクが戦闘準備を整えて座り、視線は地平線に固定されていた。風が髪を揺らしたが、彼は動かなかった。膝に置いた指がピクッと動き、準備ができていた。マーズニアは永遠には持たない。
だが、それまでは戦うつもりだった。
背後から足音が近づいてきた。
アイカ。
彼女は一瞬ためらい、静かに話しかけた。「一緒に座ってもいい?」
アルニクはすぐには答えなかった。視線は地平線に固定されたままだったが、しばらくして頷いた。
彼女は彼の隣に座り、膝を抱えてぎゅっと締めた。しばらく、二人とも言葉を発さず、遠くのパトロール船の低い唸り声だけが冷たい夜の空気に響いた。
「……現実とは思えない。」アイカがついに呟いた。
アルニクの指がわずかに動いた。「戦争はいつもそうさ。」
アイカは震えるように息を吐いた。「私、死にかけた。」
アルニクは腕を握る手を締めたが、答えなかった。
彼女の声はさらに小さくなり、囁くようだった。「もう終わりだと思った。私の人生が… 終わったって。」彼女の手が袖に沈んだ。「そのことをずっと考えてる。どれだけ近かったか。全部が一瞬で――終わってたかもしれないって。」
彼女は強く唾を飲み込んだ。「死にたくない。」
アルニクは一瞬目を閉じ、深く息を吸った。「誰も死にたくない。」
「でも、死ぬよね?」彼女の声はわずかに震えた。「もしライオネルがまたあんなものを送ってきたら、またあんな戦いをしたら――次は生き残れないかもしれない。」
アルニクの顎が締まった。彼女が間違っていると言いたかった。生き残れると言いたかった。次で負けるなんてありえないと言いたかった。
だが、言えなかった。
彼女は間違っていなかったから。
代わりに、彼は首を振った。「そんな風に考える選択肢はない。」
アイカは眉をひそめて彼を見た。「それ、答えになってないよ。」
彼は腕を握る手を締めた。「それが唯一重要な答えだ。」
アイカは短く、楽しげでない笑いを漏らした。「そうか。押し殺して前に進むだけ。」
アルニクは何も言わなかった。
彼女は震える手を見下ろした。「私にはそんなことできないと思う。」彼女の声は小さかった。「いつも怖がってるのは嫌だ。目が覚めるたびに、今日が最後かもしれないって考えるのは嫌。」
彼女の指が袖の布を強く握った。「こんなの嫌い。」彼女は目をぎゅっと閉じた。「こんなに怖いのが嫌い。」
アルニクはようやく彼女を見た。「その恐怖は、お前がまだ生きてるって証だ。」
アイカは唾を飲み込んだ。「もし私たちが失敗したら?」
「しない。」
彼女は涙に濡れた目で彼を見た。彼は傲慢さや盲目的な楽観主義でそう言ったのではなかった。まるでそれが事実、決まっていることのように言った。
彼女の肩が震えた。
そして、すべての重みがついに崩れ落ちた。
涙が頬を流れ、止めることができなかった。彼女は抑えようとした、自分を保とうとしたが、ダムはすでに決壊していた。
考えることなく、彼女は彼に身を寄せ、シャツを両手で掴んだ。
アルニクは固まった。
彼はこんなことに慣れていなかった。誰かに頼られることに慣れていなかった。
だが、彼女が彼の胸で泣き、疲労以上の深い何かで震えるとき、彼は離れなかった。
ゆっくり、ほとんどためらいながら、彼は彼女の背中に手を置き、指を軽く締めた。
彼は彼女を泣かせた。
そして、長い間初めて、アルニクはただそこにいることを許した。
すると――
彼女の声が、静かで、不確かだった。「アルニク…」
彼は彼女を見下ろした。
「卒業後に何をしたいかって話したときのこと、覚えてる?」
アルニクの眉がわずかに寄った。「ああ… お前、決められなかったよな。」
アイカは小さく笑ったが、それは弱々しく、震えていた。「でも、ずっとわかってた気がする。」
アルニクはまばたきした。「へえ?」
彼女の心臓が胸で高鳴ったが、彼を見上げることを自分に強いた。
「私がずっと望んでいたのは…」彼女はためらい、顔を近づけた。彼女の大きく無垢な目は、これまで見たことのない脆弱さで彼と繋がった。「母になることだった。」
アルニクの全身が固まった。顔が一瞬赤くなり、なんとか答えた。「それは… めっちゃいいな。」
アイカは弱々しく微笑み、視線を落とした。「誰かを愛したい… 私は戦士じゃない。」
アルニクは少し首を傾げた。「じゃあ、なんで参加した?」
彼女はためらった。声は囁くようだった。「だって… 友達と離れたくなかったから。」彼女は彼を見上げ、目に何か生々しく、痛ましいものが宿っていた。「あなたたちは私の全てなの。」
アルニクの息がわずかに止まった。
彼女は自分の正気を犠牲にして… 俺たちのために。
「……本当に勝てると思う?」アイカはついに囁くように尋ねた。
アルニクは冷たい夜の空気で白い息を吐いた。「選択肢はない。」
アイカは大きな目で、確信のない表情で彼を見た。「それ、答えになってないよ。」
彼は彼女を見ず、視線を地平線に固定した。「それが唯一重要な答えだ。」
アイカは苦い笑いを漏らし、手を見下ろした。「死にたくない。」
アルニクは顎を締めた。それに答える言葉はなかった。
彼も死にたくなかったから。
読者の皆さんへ、素晴らしい物語を一緒に楽しんでくれてありがとう! あなたの情熱と想像力がこの世界を生き生きとさせています。これからも一緒に壮大な冒険を続けましょう!




