アーニク対マルクス(アーク最終章)
マルクスとアーニクは前へ踏み出した。二人の間に漂う緊張感は、息が詰まるほど濃密だった。周囲の者たちは沈黙し、見守っていた。これはただの模擬戦ではない。誰もが待ち望んでいた戦いだった。
アーニクとマルクスは手を取り合い、力強く握りしめた。目を合わせ、互いの目には無言の敬意が宿っていた。わずかな静寂が流れた。
「準備はいいか、マルクス?」アーニクの声は落ち着いていたが、その奥にはこれからの戦いへの覚悟がにじんでいた。
マルクスは視線を外さず、口元に薄い笑みを浮かべた。「もちろんだ。」
アーニクは肩を回し、指を鳴らした。「いいだろう。」
一拍の間。
「手加減はしないからな。」アーニクの声が戦場に響き渡った。
マルクスの笑みが深まり、その鋭い視線はアーニクの背筋を震わせた。
「手加減なんてしたら...」マルクスは握る手に力を込め、まるで見えない圧力でアーニクを圧倒するかのようだった。
「叩き潰してやる。」
周囲の風景が歪み、砕けた都市の景色へと変わった。
遠くにそびえ立つ廃墟が、ひび割れた地面に鋭い影を落としていた。瓦礫の中で火の粉が燻り、黒煙が空へと漂っていく。風の遠吠えが崩れた建物の間を駆け抜け、焼け焦げた金属と埃の匂いが空気を満たしていた。
あの日の記憶、そのままだ。
マルクスは剣を地面に突き立てた。鈍い音が静寂を破った。
アーニクはゆっくりと息を吐き、肩を回し、指先を小さく動かした。
...認めたくないが、怖い。拳を握りしめ、立ち位置を整える。分かる、奴の強さ、奴の気配。奴の訓練もまた、俺のように過酷だったのだろう。いや、それ以上かもしれない。鋭く息を吸い込む。手加減なんてしていられない。
マルクスは一切動かず、じっとアーニクを見据えていた。
これがアーニク...希少なミュータント。剣を握る手に力を込め、その重みを確かめる。どこにいようと、奴は危険だ。近くても、遠くても。しかし、それは関係ない。
二人の間に漂う空気が、緊張で張り詰めていた。
戦いなら——俺の方が上だ。
アーニクが爆発的に前へと突進した。
ブーツがひび割れた地面を叩き、あっという間に間合いを詰める。マルクスが反応するも、アーニクの拳はすでに振り抜かれていた。右フック——速く、重い一撃。
ガキィン!
マルクスは剣の平らな部分でそれを受け止め、微動だにしなかった。アーニクは低い肘打ちを繰り出し、裏拳へと繋げるが、マルクスはリズムを崩さず、剣を鋼のように振るい続けた。
そして——隙が生まれた。
アーニクがガードをすり抜け、マルクスの肋骨に拳を叩き込む。重い一撃。マルクスは息を詰まらせ、わずかによろめいたが、その動きを殺さず、低く身を沈めた。
アーニクがさらに踏み込もうとした瞬間——
マルクスは地面から砂を掴み、それをアーニクの顔めがけて投げつけた。
砂と埃がアーニクの視界を覆った。
「ぐっ——!」反射的に手を上げ、目の痛みに呻きながら後退する。
マルクスは間合いを詰め、剣を鋭く振り抜き、アーニクの肋骨を狙った。
だがアーニクは——
本能で低く身を沈め、鋭い回転で拳をマルクスの腹に叩き込んだ。
鈍い衝撃が響き、マルクスの呼吸が止まった。体勢が崩れた一瞬、頭が混乱した。
なぜだ...あれを避けたのか?視界を奪われたはずなのに。
マルクスは剣を握り直し、体勢を整える。頭の中で最後の一瞬を何度も再生した。
アーニクは肩を回し、薄笑いを浮かべた。
「困惑してるな?」
マルクスは無言で構え、次の一手を待った。
あの砂を顔面にぶつけたのに...見えるはずがない。
アーニクは息を吐き、指を握りしめた。
「目を閉じて戦う訓練はしてきた。」指を鳴らし、一歩踏み出す。「卑怯だな、マルクス。でも——足りない。」
アーニクは拳を連打し、プラズマを纏った拳が空気を切り裂いた。その一撃一撃が、鋭く、容赦なく、隙を突いて迫った。
マルクスは冷静にそれをいなし、無駄な動きはせず、最小限の動作でアーニクの攻撃をかわした。わずかな頭の傾き、姿勢の変化、一歩下がるだけで、アーニクの攻撃がかすめていく。ただ避けるのではなく、見極めて、学んでいる。
アーニクが右フックをフェイントし、左アッパーを繰り出した。その威力は、コンクリートをも砕くほどだった。
マルクスはそれを受け止めた。
拳が交わる刹那、マルクスはわずかな隙を突き、反撃した。
右フックがアーニクの頭部を打ち抜いた。
衝撃でアーニクは後方に吹き飛ばされ、地面に深い溝を刻みながら滑った。視界が一瞬霞んだが、すぐに意識を取り戻した。
...クソッ、あいつの一撃は重い。
口元を拭い、深く息を吸い込む。
訓練中、何度もデミ・ウルフと戦った。奴らは強いが、俺は常に力でねじ伏せてきた。どんなに強い相手でも、力で負けたことはない...
だが、マルクスには勝てない。
アーニクの筋肉が緊張し、考えを切り替えた。力任せでは通用しない。
その時——彼は目を見開いた。
どこだ——
影が横に迫る。
マルクスはすでにそこにいた。
瞬きする間もなく間合いを詰めてきた。
残像が走り、拳が肋骨を狙って迫る。
アーニクは咄嗟に反応するのが精一杯だった。
アーニクのプラズマが揺らめき、熱を帯び、荒々しく変化した。手元の光が増し、燃え盛る炎へと変わっていく。変異が切り替わり、戦場が再び変貌した。
周囲の空気が瞬時に燃え上がり、炎の波が外へと広がり、全てを飲み込んだ。ひび割れた舗装は足元で溶け、燃え盛る炎が空へと立ち上り、煙が厚く立ち込めていった。炎は彼の腕に絡みつき、まるで解き放たれるのを待つ生き物のように激しくうねった。
アーニクは息を整え、身を引き締めた。
マルクスに隙を与えるな。流れを握られたら、負けだ。マルクスは速いし、大抵の奴よりも強い……だが今、この戦場は俺のものだ。
迷わず腕を掲げると、炎が即座に反応し、渦巻くように立ち上がり、破壊の竜巻となった。
マルクスは目を細めた。位置を変え、温度の変化を肌で感じる。熱気が生き物のように肌を焦がしてくる。
戦場は灼熱地獄と化した。
マルクスは歯を食いしばり、熱気に耐えた。炎はすべてを包み込み、街は焼け野原と化していく。煙が濃い渦を巻き、灰が空気を満たした。視界はぼやけ、呼吸すら困難だ。
ここにはいられない。
視線を遠くにやると、瓦礫に半ば埋もれた剣が光を反射していた。
あれだ。
マルクスは迷わず駆け出した。炎の中を突き進み、ブーツでひび割れた地面を蹴った。炎が道を塞ぎ、崩れた建物の間を縫うように走る。破壊が広がり、逃げ道がどんどん閉ざされていく。
奴は俺の選択肢を削っている。
地面から炎が吹き上がり、崩れた構造物を飛び越える。熱気がコートを焦がし、裾が焼け焦げる。それでも視線はひとつ、前方の剣に固定されていた。
最後の一歩で身を滑らせ、焦げた地面に手を伸ばす。指が柄に触れた。
取った。
その瞬間、マルクスは止まらなかった。勢いを殺さず、砕けた壁に足をかけ、そのまま跳躍した。訓練で鍛えた体が迷いなく動き、崩れかけた建物の縁に手をかけて、一気に高所へと身を引き上げた。
ついに全体を見渡せた。
下では、戦場が炎の海と化し、建物は灰と化していた。その中心に立つのはアーニク。炎は彼を避けるようにうねり、彼の一部であるかのように振る舞っていた。
そして――プラズマが揺らいだ。
熱を帯びたエネルギーが荒々しく変化し、瞬く間に轟音を立てる炎へと姿を変えた。変異は一瞬で切り替わり、空気が発火し、温度が急上昇する。辛うじて残っていた建物も、黒焦げの骨組みと化した。
マルクスの目が細められる。
――そうやって自在に切り替えられるのか。
熱がさらに増し、空気が揺らぎ、視界が歪む。アーニクが拳を握りしめると、炎が応じ、破壊の波として広がった。地面が崩れ、石も金属も溶け落ちた。
「もう逃げるのか?」アーニクの声が、燃え盛る炎の中から響いた。
マルクスは剣の平を肩に当て、口元に笑みを浮かべた。
「武器が必要だっただけだ。」
構えを整え、笑みを崩さずに言った。
「素手でずっと戦うと思ったのか?」
アーニクが笑みを浮かべた。
「思ってないさ。」
そして――彼は飛び出した。
足元が砕け、爆発的な衝撃波が街全体に広がった。炎が弾け、彼の体は一瞬で前方へと弾け飛んだ。その速度は目に追えず、空気が裂け、炎が彗星のように尾を引いた。
マルクスも同時に飛び出した。
剣を高く掲げ、筋肉を緊張させ、一気に振り下ろした。
二人の攻撃がぶつかり合った。
轟音が戦場を突き抜け、鋼と燃える拳が激突した瞬間、衝撃波が街を吹き飛ばした。炎がさらに高く燃え上がり、二人の衝突から放たれるエネルギーを飲み込む。
マルクスは歯を食いしばり、剣がアーニクの燃える拳に押されながらも、踏ん張った。火花が散り、鋼が力に削られた。
大気を裂く轟音が響いた。
純粋な力と鋭い刃がぶつかり合い、その衝撃は凄まじく、街の残骸が吹き飛んだ。炎が空高く渦を巻き上げた。
足元の地面が崩れ、衝突の力で大地が裂け、溶けた石が地表に溢れた。周囲の炎が二人を照らし、赤黒い光に包み込む。
誰も動かない。
誰も譲らない。
マルクスの剣は震えていたが、構えは崩れなかった。
アーニクの拳はさらに熱を増したが、その目は決して揺れなかった。
戦場は、二人の力の音で轟いていた。
アーニクの拳とマルクスの剣が何度もぶつかり合い、そのたびに戦場を揺るがす衝撃波が走った。空気さえ震え、二人は一歩も引かず、攻撃はさらに速く、強く、苛烈さを増していった。
ドゴォォン。
アーニクの拳が爆発するたびに炎が弾け、地面を割った。マルクスは剣を振り抜き、炎を裂きながら応戦した。
ドゴォォン。
マルクスが体をひねり、剣を振り下ろすと、アーニクは両手で受け止め、掌が焼けるのも構わず、そのまま力任せにマルクスを吹き飛ばした。
ドゴォォン。
マルクスは着地と同時に再び跳び出し、剣を振り下ろす。アーニクは正面から拳を合わせ、再び激しい衝撃波が戦場を覆い、周囲の構造物を瓦礫へと変えた。
それでも、誰も倒れなかった。
ドメインの外では——
高嶋が目を細めた。
「……こんな展開、予想外だ。」
ヴェインが眉を上げ、紅茶を啜った。「どうした?」
高嶋の眼鏡が光を反射し、不安定なエネルギーをじっと見つめる。
「二人の力で、ドメインが壊されている。」
ヴェインは鼻で息を吐き、紅茶のカップを置いた。「ほう、それは滅多にないな。」
クラウンが狂気じみた笑い声を上げ、前のめりになった。「ハッ!やりやがったな、お前ら!ドメインごとぶっ壊すなんて、最高じゃねえか!」
満面の笑みが口元を引き裂いた。「だがよ、勝敗がつかねえのはつまんねえな!」
高嶋は小さく頭を振り、ため息をついた。「ドメインが壊れた時点で十分だ。訓練場全体を瓦礫にしなかっただけでも感謝すべきだ。」
クラウンは鼻を鳴らし、腕を組んだ。「チッ、つまんねぇ。次は誰かぶっ倒れてくれよな!」
そして、ドメインの最後の残骸が崩れ落ち、霧のように消えた。戦いは終わったが、勝者は決まらなかった。
ヴェインはまた紅茶を一口啜り、落ち着き払った様子で微笑んだ。
ドメインが崩壊し、世界が消えた。
一瞬前まで激闘を繰り広げていたマルクスとアーニクは、訓練場の中に戻され、空間は揺らいで消え去った。残ったのは静寂だけだった。
マルクスとアーニクはそこに立ち、荒い息を吐き、汗が全身を濡らしていた。拳はまだ握られ、筋肉は緊張し、戦いが終わったことを体が理解できていないようだった。
周囲の者たちは呆然と見守った。
「……何が起きた?」アーニクが眉を寄せ、辺りを見回した。
マルクスは鋭く息を吐き、構えを整えた。「……分からない。」
高嶋が眼鏡を直し、一歩前に出た。「お前たちの力で、ドメインが壊れた。」
アーニクは目を瞬かせた。「俺たちが……何?」
クラウンが爆笑し、両手を上げた。「つまりだ!誰も勝ってねぇってこった!」
マルクスとアーニクは顔を見合わせ、そして口元に笑みを浮かべた。
マルクスは肩を回した。「じゃあ、続きはまた今度だな。」
アーニクも笑みを返した。「望むところだ。」
ローズが前へ歩み出て、尾を揺らした。「あの戦い……最高だった。」
カイは眼鏡を直し、無表情のまま言った。「僕たちじゃ全く敵わないな。」
その声は冷静だったが、わずかに落ちた肩が思いを物語っていた。
クラウンはまた大笑いし、首を振った。「お前ら、思ってるほど強くねぇぞ!」
カイ、ローズ、そしてアイカは目を丸くした。
「えっ?」
クラウンがにやりと笑い、指を突きつけた。「ローズ!アイカ!カイ!マルクス!アーニク!」
笑みがさらに広がった。
「ANGEL SQUAD!」
ヴェインはため息をつき、微笑みながら頭を振った。「君が言うと、なんだか妙に優雅に聞こえるな。」
ミウが手を合わせ、瞳を輝かせた。「でしょ!?でしょ!?」
クラウンは満足げに笑った。「賛成してくれて嬉しいぜ。」
そして、パチンと手を叩き、姿勢を正した。「さて、発表だ!」
一同が息を飲み、視線を集めた。
「お知らせだ……」クラウンは言葉を引き延ばし、楽しんでいる様子だった。
アイカが欠伸をしながら言った。「早く言ってよ。」
クラウンがにやりと笑った。「お前らを火星の大都市に派遣する。」
一瞬の沈黙の後——
「本当に?!」ローズの耳がピクリと動いた。
カイは眉を上げた。「それって正気か?」
クラウンは肩をすくめ、気楽に答えた。「ああ、もちろんだ。」
カイが一歩前に出て眼鏡を直した。「僕たち、全員同じ場所に配属されるわけじゃないんだろ?」
クラウンの笑みが少し柔らかくなった。「いや、違う。全員を同じ場所にまとめるのはリスクが高いからな。」
重苦しい沈黙が場を包んだ。
マルクスは腕を組み、静かに言った。「つまり……これで最後ってことか?」
アーニクは息を吐いた。「みたいだな。」
しばらくの沈黙の後、ヴェインが紅茶を口に含み、ゆっくりと息を吐いた。
「まあ、いいだろう。きっと……彼らならやり遂げる。」
最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!
忠実な読者の皆様に心から感謝します!
次の章は「火星の戦争編」、お楽しみに!




