カイ対マーカス
タカシマが呪文を発動させた瞬間、空間が歪んだ。
凄まじいエネルギーがマーカスとカイを引き込み、周囲がねじれるようにして魔法領域へと引きずり込まれる。
――そして、静寂。
訓練場は消えた。
広がるのは果てしない砂漠。
金色の砂丘が延々と続き、灼熱の太陽が容赦なく照りつける。
重苦しい熱気が空気を歪め、風が砂を削り、深い波紋を描きながら砂を削り取っていく。
巨大な石柱が地面から突き出ていた。
マーカスは砂に足を沈め、ブーツを踏みしめた。
トレンチコートが風にはためき、背中には大剣、魔法スナイパー、そして無数の弾薬が装備されている。
彼は息を吐き、視線を鋭くする。
カイは向かい側に立ち、眼鏡を直しながら周囲を見渡した。
その表情は普段よりもさらに鋭さを増していた。
「半年ぶりだな……そして戦うことになるとはな。」
マーカスは弾薬ベルトの上で指を軽く動かし、視線を上げてカイの目を見据えた。
その声は冷たく、揺るがない。
「不満でもあるか?」
カイは剣と銃を一連の動作で構えた。
「ない。」
マーカスは一度だけ頷いた。
「ならいい。」
その言葉が口から零れた瞬間、マーカスの手には既にスナイパーが握られていた。
銃声が砂漠に響き渡る。
カイは反応する暇もなかった。
体が先に動き、脳が処理するより早く足が砂に食い込み、岩陰へと身を投げた。
衝撃で地面が震え、弾丸が岩に深く突き刺さった。
カイは息を吐いた。
……マーカスは最初から俺より強かった。
それに、あいつはずば抜けて才能がある。
拳銃を握る手に力が入る。
一度のミスが命取りになる。
だから、少し卑怯な手を使わせてもらう。
マーカスはスコープを微調整し、微動だにしない銃口でカイの潜む岩の端をなぞった。
「まだあの岩の後ろか。」
カイは口元を歪めた。
――その通りだ。
そして、動いた。
一瞬の加速。
カイは岩陰から飛び出し、低い姿勢で銃を構えた。
マーカスは迷わなかった。指がわずかに動く。
再び銃声が響いた。
カイの頭が後ろへ弾け、銃弾が頭蓋を貫いた。
一瞬の沈黙。
――そして、
カイの体が煙となり、消えた。
マーカスの目が細まる。
「囮か。」
本物のカイは岩の脇から転がり出てきて、銃を構えた。
砂に足が触れた瞬間、引き金を引く。
弾丸がマーカスのスナイパーを直撃し、銃身が砕ける音が響いた。
マーカスはすぐに背中の大剣の柄を掴み、滑らかな動作で引き抜いた。
鋭い光を放つ刃が、容赦ない太陽の下で輝く。
次の瞬間、マーカスは動き出していた。
カイが反応を示す間もなく、マーカスは目前に迫り、その剣は断頭台のように空を裂いた。
……躊躇がない。
本能が叫ぶ。
カイは足を砂に食い込ませ、体をひねり、魔力を全身に流し込む。
寸前で振り下ろされた剣をかわし、マーカスの刃が地面を深くえぐる。
轟音と共に衝撃波が広がり、砂塵が吹き飛んだ。
カイは飛び退き、指を空中で動かした。
青い魔法陣が腕を包み、風魔法が発動する。
……距離を保たないと。
崩れかけた石柱に飛び上がり、銃を構える。
魔力の火花が銃身に散り、青白い閃光が迸る。
マーカスは無表情で見上げた。
カイは容赦なく連射した。
魔力を帯びた弾丸が空を裂き、雷撃が砂を焼き、風の刃が砂漠を切り裂く。
だがマーカスは止まらなかった。
正確無比な動きで魔法弾を避け、最小限の動作で全てをすり抜ける。
トレンチコートが風に舞い、瞳は一切の揺らぎを見せない。
一歩一歩が確実に間合いを詰め、剣が処刑人の刃のように砂を引き裂いていく。
カイは歯を食いしばり、さらに魔法弾を撃ち込む。
……止まらない……!
マーカスが近づきすぎれば、俺の勝ち目はない。
魔法は強い。機動力も負けていない。
だが、あいつは接近戦の鬼だ。
その距離が、あっという間に消える。
カイは覚悟を決めた。
舌打ちし、銃を放り捨て、剣の柄を握る。
触れた瞬間、雷が剣に絡みつき、刃が光を帯びる。
マーカスの目が一瞬細まり、口元がかすかに笑みを作った。
「やっと本気を出したか。」
――剣が交わる。
マーカスの一撃の衝撃がカイの腕に伝わり、全身を揺さぶった。
その重みに体が沈み、火花が散る。
衝撃で石柱がひび割れ、亀裂が走る。
カイは歯を食いしばり、額から汗が滴り落ちる。
足を滑らせながら後退し、考えを巡らせた。
……力では勝てない。なら、封じるしかない!
指をひねる。
紫の光を帯びた鎖が大地から噴き出し、マーカスの手足に絡みつく。
「捕まえた!」
心臓が早鐘のように鳴る。数秒が勝負だ。
剣を構え、駆け出した。
動けないうちに、決める――
――その時、
「バキッ」という金属音。
マーカスが鎖を引きちぎり、粉々に砕いた。
腕が解放され、再び剣を握る。
カイの本能が叫ぶ。
拳銃を抜き、引き金を引いた。
しかし、無意味だった。
マーカスは既に動いていた。
一歩で弾道を外し、次の瞬間にはカイの胸に肩を叩き込む。
息が詰まり、肺の空気が押し出される。
そして、反応する間もなく腕を掴まれた。
重く、揺るぎない力。
――体が浮いた。
――投げ飛ばされた。
カイの体が砂漠を越え、岩へと叩きつけられる。
衝撃で岩が砕け、砂塵が舞い、痛みが肋骨に響く。
咳をしながら、必死に体を起こそうとする。
……ほとんど、攻撃できなかった……。
カイの指が砂を掴む。全身が震え、息は荒く、神経が悲鳴を上げる。
肋骨から痛みが走り、視界はかすんでいる。それでも彼は終わらせなかった。
短く息を吐き、手のひらを地面に押し付け、片膝を立てて体を起こす。
体は悲鳴を上げるが、無理やり立ち上がった。
コートには砂がまとわりつき、制服は破れ、汚れていた。
ふらつきながらも、拳を握りしめる。
足は震えながらも、しっかりと踏みしめる。
魔力が再び指先に灯り、青い魔法陣が脈動する。
空気がビリビリと震え、荒い呼吸が徐々に落ち着いていく。
口元の血を手の甲で拭い、目を鋭く光らせてマーカスを見据える。
口元がわずかに歪み、笑みが浮かぶ。
「……まだ終わってねぇ。」
カイの剣が再び召喚され、今度は二十本。
鋭い刃が嵐のように舞い、容赦ない嵐となってマーカスに襲いかかる。
マーカスの目が細められ、動きがわずかに変わる。
今回は、応じた。
彼の剣が閃き、まるで体の一部であるかのように舞う。
迫りくる刃を一つ一つ、恐ろしいまでの正確さで切り払う。
魔法と鋼がぶつかり、火花が飛び散る。
だが、今回の戦いで初めて――マーカスが無傷ではなかった。
刃が肩をかすめ、もう一本が腕を斬り裂く。浅いが、確かな傷。
さらに一本が脇腹をかすめた。
カイの胸が上下し、息を荒くする。
攻撃が、通った。
だが分かっていた。
……あいつ、まだ手加減してる。
マーカスは本気で勝ちに来ていない。
この戦いは――外で見ている連中への見せ物だ。
本当の力を、まだ出していない。
その事実を理解するより早く、マーカスが目前に迫る。
その巨体が太陽を覆い隠し、影を落とす。
――抗えない力。
カイの膝が崩れ落ちる。
息が切れ、肩で大きく呼吸をする。
マーカスがそびえ立ち、その剣を下ろすことなく見下ろしていた。
「戦ってくれてありがとう。」
その声は淡々としていて、温度を感じさせなかった。
「強いな。」
カイは息を切らしながら、かすれた笑いを漏らした。
「……あはは……お前ほどじゃない。」
マーカスは剣を持ち上げた。
「次のラウンドに進む。」
カイの指が震える。まだ、終わってない。
一瞬の動作で拳銃を抜き、引き金を引く。
弾丸がマーカスの額に直撃し、その体が後ろへ吹き飛ばされる。
砂にブーツを引きずり、足跡を残す。
カイは体を支えながら、笑みを浮かべた。
「……俺は最後まで戦う。」
マーカスは息を吐き、頭を振る。
そして――終わらせた。
戦いは終わった。
外の観覧室で、教官たちは沈黙の中で見守っていた。
ヴェインがティーカップをそっと置く。
「……無駄の多い戦いだったな。」
ブリッツが腕を組み、わずかに頷く。
「だが、簡単には倒れなかった。」
タカシマは眼鏡を直しながら、表情を崩さずに言った。
「適応力は見せたな。カイは手を尽くしたが、もしマーカスが本気だったら……」
最後まで言葉を続ける必要はなかった。
全員がその答えを理解していたからだ。
クラウンが鋭い笑い声を上げ、頭を振った。
「ははっ!面白かったな。やれると思ったか?」
目がギラつき、狂気を帯びた笑みを浮かべる。
「だが、あいつ……意外と粘るじゃねぇか。」
ヴェインがため息をつき、コートのしわを整えながら呟いた。
「……ともかく、終わりだ。マーカスは次に進む。」
タカシマがアリーナに目を戻す。
「全員、もっと強くなる必要がある。敵は容赦しない。」
読んでくださってありがとうございました!