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上昇する戦い

訓練場は静まり返り、その沈黙が全員に重くのしかかっていた。

地球が陥落してから六か月、その喪失感は空気に漂っていた。


訓練生たちは整列し、待機していた。

前方には教官たちが一列に立ち、無表情な顔で彼らを見つめていた。

今日は訓練の監督ではない。彼らを“備えさせる”ために来ていた。


ヴェインが前に出た。その動きは滑らかで無駄がなく、茶器からそっと紅茶を啜る音だけが室内に響いた。

その存在感は絶大で、だが声は穏やかで落ち着いていた。


「リオネルが動き始めた。」


室内がピリリと緊張した。


「やつの部隊が我々の軌道艦隊を攻撃し始めている。今のところ持ちこたえてはいるが、これは単なる小競り合いじゃない。」


ブリッツが腕を組み、ヴェインの隣に立った。その表情は鋭く、視線は一点の曇りもなく全員を見回した。


「火星には最強の防衛網がある。でも安心してはいけない。リオネルは観察し、学んでいる。やつは私たちの弱点を知っていて、私たちは未だにやつの力を理解しきれていない。」


視線が一人ひとりに刺さるように突き刺さった。


「今は持ちこたえているが、油断すれば終わりだ。この戦いはこれからさらに苛烈になる。」


鋭い息を吐き、ブリッツは続けた。


「相手はただの敵じゃない。何世紀もの戦いを生き延びてきた古の強者だ。リオネルの忍耐と狡猾さは時の中で研ぎ澄まされている。私たちが一度でも誤れば、それが命取りになる。」


彼女の言葉が空気を冷たく重くした。

じわじわと胸の奥に広がる冷たい感覚。


「無謀は許されない。一手一手を計算し、行動一つ一つを慎重に選べ。これは力の勝負じゃない。生き残り、勝利の糸口を見つけ出す戦いだ。」


緊張感がさらに高まる。


タカシマが眼鏡を直し、冷静だが力強い声で言った。


「私たちはもう、これ以上失うわけにはいかない。」


沈黙が広がった。重く、途切れることなく。


アーニクは鼻から息を吐き、拳を握りしめた。

この瞬間のために、彼はずっと鍛えてきた。みんなもだ。

でも、その胸の奥にひっかかる疑念が消えなかった。


自分は…本当に、準備ができているのか?


強くなった。速くなった。鋭くなった。

でも、それで十分なのか?

リオネルのような敵に対して、それで足りるのか?


アイカは背筋を伸ばし、袖の布を握りしめていた。

震える心を必死に抑え、表情を取り繕っていたが、アーニクには肩のこわばりが見えた。

彼女の胸の中で、ひとつの思いが渦巻いていた。


これは現実だ。これが、今起きている。


わずかに呼吸が乱れたが、すぐに整えた。

ここで怖がるわけにはいかない。今、この瞬間は。


ヴェインが静かにカップを置き、その音が沈黙を破った。


「だからこそ、訓練を切り上げる。」


室内にざわめきが広がった。


「これから、お互いに戦ってもらう。」


その声は淡々としていたが、視線は鋭く全員を見据えていた。


「お前たちの力と弱点を見極めるためだ。」


反応する間もなく、訓練場の扉が勢いよく開いた。


一人の大男がゆっくりと歩みを進め、緊張を切り裂くように場の空気を変えた。

その動きは重く、しかし確固たるものだった。


漆黒のトレンチコートをまとい、その裾は戦いの傷跡でほつれ、動くたびに重々しく揺れた。

その下には厚みのあるプレートアーマーが胸と肩を覆い、古びていても頑強な輝きを放っていた。


全身に武器が装備されていた。


背中には人の背丈ほどもある巨大な剣。その刃は無数の戦いで欠けていた。

その隣には魔法のルーンが淡く光る高性能スナイパーライフル。

胸元と腰には弾倉、エネルギーカートリッジ、グレネードが整然と並び、必要な時にすぐ取り出せる配置だった。

彼はまさに戦場のために作られた戦士。歩く武器庫だった。


その顔はマスクで覆われていたが、存在感だけで場を凍りつかせた。


そして彼は、マスクに手をかけ、ゆっくりと外した。


カイの息が止まった。

目を見開き、信じられないという表情を浮かべた。


「嘘だろ…」


アイカは口元を手で覆い、鼓動が胸を叩く音が耳に響いた。


ローズは目をぱちくりと瞬き、低く口笛を吹いた。

「へぇ…ムキムキになってる。」


その男は…マルクスだった。

彼は無言で、だが確固たる姿でそこに立っていた。

かつての引き締まった体はさらに鍛え上げられ、その立ち姿には重みがあった。

顔つきも鋭さを増し、以前の荒々しい雰囲気は消え、冷たさと規律に満ちていた。


カイは一歩前に出た。眼鏡を直し、慎重だが冷静な声で言った。


「…無事で何よりだ。」


手を差し出した。


マルクスは一瞬の迷いもなく、その手を引き寄せ、カイをがっしりと抱きしめた。


ギュッ!


カイの肺から空気が抜け、眼鏡がずれ落ちそうになる。

「おいおい…!」


マルクスは笑みを浮かべ、さらに強く抱きしめた。

「会えてよかったぜ、相棒!」


カイはなんとか息を絞り出した。

「…うん…俺も…」


場に沈黙が流れる。


誰かが、ぽつりと呟いた。

「…あれ、本当にマルクスなのか?」


一瞬の間があり…


ほぼ全員が、ほとんど同時に口を開いた。


「うん…マルクスだな。」


タカシマは深い息を吐き、眼鏡を押し上げながら場の空気を整えようとした。


「ま、待て、まだ話は終わっていない――」


しかし、その前にヴェインが静かに一歩前に出て、タカシマの背中を軽く叩いた。

その動きは品があり、落ち着き払っていた。


「少しぐらい、好きにさせてやれ。これは優雅な瞬間だ。」


ローズは腕を組み、やや首をかしげ、マルクスの変わり果てた姿をじっと見つめた。

その唇には皮肉っぽい笑みが浮かんだが、その奥にはわずかに柔らかい感情が隠れていた。


「もう戻ってこないんじゃないかって思ってたわよ、大男。」

彼女の笑みは少し歪み、だがその視線にはどこか温かさが宿っていた。

「戻ってこなかったら…ほんと、残念なことになってたわ。」


マルクスはしばし黙り、ローズの視線を真っすぐ受け止めた。

筋肉と装甲だけではない、彼の変化した何かがその目にあった。


そこに、クラウンの甲高い笑い声が響いた。

彼はエネルギーを纏うかのように一歩前に出て、落ち着きのない様子で場の空気をかき回した。


「はいはい、感動の再会はもう十分だろ?それよりさっさと始めようぜ!俺はこの新しい筋肉が見せかけじゃないか確かめたくてウズウズしてるんだ。」


ブリッツは腕をきつく組み、部屋を切り裂くような鋭い視線を向けた。


「時間かけすぎなのよ、まったく。」

その声には抑えきれない苛立ちが滲んでいた。


クラウンは彼女の視線を完全に無視し、その狂気じみたエネルギーで場を支配した。

「さあ、楽しい時間の始まりだ!俺はワクワクしてたんだぜ!」


そのとき、ミウが突如としてタカシマの背中に飛びつき、嬉しそうに顔を擦り寄せた。


「タカぁ~あったかい!」

彼女は満面の笑顔で、まるでぬいぐるみを抱きしめるようにしがみついた。


タカシマは全身を強張らせ、顔を真っ赤にしながら必死に抗った。

「み、ミウ!今はやめろ!状況を見ろ!」

引き剥がそうとするが、ミウはますますぎゅっとしがみついた。


ブリッツは苛立ちを隠さず、大きなため息をついた。

「五分でいいから真面目にできないの?」


ミウは無邪気に鼻歌を歌いながら、ぴったりと離れようとしなかった。


ヴェインはその様子を横目で見ながら、ほのかに笑みを浮かべ、最後に茶碗を静かに置いた。

その動きは洗練されており、無駄がなかった。


「始めるぞ。」


空気が一気に張り詰め、全員が背筋を伸ばした。


「試合の組み合わせを発表する。」


ヴェインは手を軽く振ると、全員の前にカスタムされた装甲セットが現れた。

それぞれの力と特性に合わせ、精密に作られた特注品だった。


「お前たちに合わせて作った。これを着用することで、能力を最大限に引き出せるはずだ。」


アーニクの装甲は淡く光り、彼のミューテーションの流れを安定させ、暴走を防ぐ設計が施されていた。


ローズの装甲は軽量かつスリムで、機動力と敏捷性を最大限に高め、なおかつ防御力も確保していた。


カイの装甲は柔軟性と耐久性を両立させ、魔法使いとしての特性に合わせて調整されていた。


アイカの装甲は淡い光を纏い、回復と支援の力が織り込まれた設計で、彼女の戦闘支援能力を高めるものだった。


そして――マルクスの装甲は、他のものとは一線を画していた。

何かが違った。何かが隠されていた。まだ理解されていない“何か”がそこにあった。


だが、その装甲に手を伸ばそうとした瞬間――


「そのゴミは要らねぇ。」

クラウンが前に出てきて、狂気の笑みを浮かべながら言い放った。


「俺の生徒には、特注の装甲を用意してるんだ。」


彼はマルクスの装甲をひょいと持ち上げ、まるでゴミのように放り投げた。


「俺の息子には最高のものを着せる。それ以外は不要だ。」


沈黙が流れた。


ヴェインはただ、袖口を直し、鼻から静かに息を抜いた。

その表情は微塵も動じていなかった。


「……結構だ。」


ヴェインはゆっくりと頷いた。


「それでは始める。」


ヴェインがわずかな間を置いて、再び口を開いた。


「試合の組み合わせは以下の通りだ。」

その声には揺るぎない決意がこもり、誰も逆らえる空気ではなかった。


「マルクス 対 カイ。ローズ 対 アイカ。

勝者同士が戦い、最後にアーニクと戦う。」


カイは眼鏡を直し、マルクスをじっと見つめた。

目の前の彼は確かにマルクスだった…だが、以前とは何かが違っていた。

あの冷たく揺るがない瞳、その圧倒的な存在感――それは、かつてのマルクスではなかった。


マルクスは首を鳴らし、肩を回した。

「いいだろ。」


アイカは袖を握りしめ、肩を強ばらせた。ローズと戦うなんて…簡単じゃない。

ローズは速い。速すぎる。

でも、ここで怯むわけにはいかない。


ローズは口元に笑みを浮かべ、つま先で軽く弾むように立った。

「面白くなりそうね。」


クラウンは高笑いを上げた。

「ようやく盛り上がってきたな!これだよ、これを待ってたんだ!」


ヴェインは茶を持ち上げ、静かに一口飲み干した。


「では、無駄な時間を省こう。」


タカシマが訓練場中央の戦闘リングを示した。


「マルクス、カイ。まずはお前たちからだ。」


空気が一気に張り詰め、二人が前へ歩み出た。


マルクスは肩にかけていたトレンチコートを外し、重く床に落とした。その武器と装甲の重みが、彼の存在をさらに際立たせた。


カイはゆっくりと息を吐き、指をほぐしながら魔力を手に集中させた。

その指先が淡く輝き、エネルギーが脈打ち始める。


最初の試合が、今始まろうとしていた。

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