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その森

深い森の中、マルクスは木の下に身をかがめ、赤い瞳で影をじっと見つめていた。デミの耳がピクピクと動き、葉のわずかな擦れる音や遠くの唸り声を拾っていく。空気は重く、まるで森そのものが彼を見ているかのようだった。尻尾をわずかに揺らしながら、彼はボロボロの手帳を開き、周囲に危険がないか耳を澄ませた。


手帳には、進捗が書き込まれていた。


1日目:

森の地面に落ちた瞬間、山に戻る道が分からなくなった。ていうか、突き落とされた山自体どこにあるのか分からない。クソ、あの落下は本当に痛かった。だから「死の森」って呼ばれてんのかもな……この悪夢みたいな場所の正式名称が何であれ。


マルクスはため息をついて一旦手帳を閉じ、爪のある指先で表紙を軽く叩いた。耳は森の軋みや唸り声に集中している。まだ何も来ていない。再び手帳を開いた。


2日目:

やっと物資を見つけた……とはいえ、腹立ちは消えなかった。狩猟ナイフ、乾燥食料、本が一冊。クロウネの「人類史上最凶の森で生き残るための10,000のコツ」……ふざけんなよ。ここにいるもの全部が俺を殺しにきてんのに、そんな本読んでどうすんだ。


彼はナイフの刃に親指を滑らせながら頭を振った。クロウネが得意げな顔でマルクスをここに突き落とした時のことを思い出し、喉の奥で唸った。


10日目:

ここは頭がおかしくなる。何もかもが意味不明だ。高い所に登っても見えるのは森ばかり――果てしなく続く木々、木々、木々。まるで森が生きていて、俺を閉じ込めてるようだ。


筆圧が強くなりすぎて、紙が破れそうだった。呼吸を整えながら、イライラした尻尾が床を叩く。


14日目:

獣に襲われた。もう少しで昼飯にされるとこだった。あのクソどもは、俺が鈍いナイフしか持ってないことなんて気にしやしねえ。しかももう水もない。この森、絶対に俺を殺す気だ。


まだ腕に残る爪痕が痛んだが、マルクスは記憶を振り払って書き続けた。


16日目:

やっと水源を見つけた。クソまずいが、喉が乾いて死ぬよりマシだ。ギリギリ。


40日目:

まだ出口は見つからない。服はボロボロで、もうここに出口なんてないんじゃないかと思えてきた。これが本当に訓練か?それとも、クロウネは俺を捨てただけなのか?


マルクスは木の幹にもたれ、果てしなく続く森を見つめた。最後に書いたページを開く。


80日目:

希望は失いかけてる。でも俺は進み続ける。何があっても、生きてここを出てやる。


手帳をパタンと閉じ、マルクスはそれをバッグに押し込んだ。立ち上がり、ボロボロのズボンから土を払ったその時――木々の間から重い唸り声が響いた。彼は動きを止め、赤い瞳を細めた。何か巨大なものが近づいている音。


影の中から、巨獣が現れた。


それはトカゲのような体躯を持ち、ゴツゴツした濃緑色の鱗で覆われていた。目は緑色に輝き、頭からは王冠のように湾曲した角が突き出している。その巨大な爪が地面に食い込み、歩くたびに土がえぐられていく。


「くそっ…」マルクスはつぶやき、尻尾をピンと張った。獣が猛スピードで突進し、彼が立っていた場所を巨大な爪で叩きつける。土と破片が飛び散る中、マルクスは横に跳び、ナイフを手にした。


こいつ、数週間ずっと俺のあとをつけてやがった。今倒さなきゃ、ここから生きて出られない。


獣は地響きを立てて咆哮し、再び突進。木々をなぎ倒しながら迫る。マルクスは森の中へと走り込んだ。幹の間をすり抜けるようにして逃げるたび、獣の一歩が地面を揺らした。


「待ってたんだよ、てめぇみてぇな化け物をな!」マルクスは叫び、木々の間に隠していた即席の槍の元へと飛び込んだ。一本を引き抜き、振り向きざまに思い切り投げる。


シュッ――グサッ!


槍は獣の脇腹に深々と突き刺さり、獣は痛みで轟くように吠えた。暴れながら木々をなぎ倒していく間に、マルクスは次の槍を手に取る。


「喰らえ!」彼は叫びながらもう一本を投げる。槍は獣の輝く眼に命中し、獣はのけぞって後退した。


化け物は金切り声を上げ、血を噴き出しながら倒れ込み、木をなぎ倒していく。マルクスは姿勢を低く保ち、様子を見つめた。


今だ――


彼は前に飛び出し、ナイフで脇腹を斬りつけた。刃は深く入り、マルクスは反撃される前に転がって距離を取った。その後も素早い動きで何度も切りつける。獣は怒りに吠えたが、その動きは次第に乱れていった。


あと一撃で終わる。マルクスの赤い瞳が獣を射抜く。これで終わりだ――


彼は跳び上がり、最後の一撃を放とうとした。「死ねえええぇぇ!!」


だが獣は待っていた。巨大な前脚でマルクスを空中で叩き落とし、地面に叩きつけた。激痛が体を走り、マルクスは押し潰される。


「ぐっ……!」マルクスは血を吐きながらうめいた。巨大な爪の重みが胸を圧迫し、息ができない。ナイフが手から滑り落ち、視界がかすんでいく。


こんな……終わり方は――


獣が咆哮し、口を開いてとどめを刺そうとする。マルクスの脳裏に家族の面影がよぎった。妹の笑い声。父の微笑み。そしてすべてを奪った男の影――


何かが、内側で切れた。


「グルルルッ…!」獣の爪に噛みつき、マルクスは自らの牙を食い込ませた。獣は痛みに吠え、少しだけ爪を引いた。その隙にマルクスは片腕を抜き、ナイフを掴む。


「おらぁぁぁッ!」と叫びながら、足を何度も刺した。血が彼の体に降りかかり、獣は苦しみのあまりマルクスを放り投げたが、彼は転がりながら立ち上がった。


全身が震え、顔には血が垂れ、服も赤に染まっていた。それでも、彼の目は消えることのない闘志で燃えていた。


「第二ラウンドだ、クソ野郎…」マルクスは血を舐め、低く構えた。


獣は低く唸り、再び突進の構えを取る。マルクスはナイフを強く握りしめ、狼の耳を伏せた。


「俺はここで死なない。」









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