オーブ
火星の軍事基地の広大な敷地内、その一角に彼らは整列して立っていた。巨大な格納庫や、整然と並ぶ戦車と巨大な戦艦の列が、施設の広がりをさらに圧倒的に見せていた。
赤い太陽が地平線に傾き、風景全体を赤褐色に染めていた。機械や防衛構造物の滑らかで反射する表面が、太陽光を反射して眩しく輝いていた。
そのとき、一人の歴戦の兵士が視界に飛び込んできた。彼の影が新兵たちの列に長く伸びる。
彼の存在には圧があり、そしてその声は刀のように鋭く響いた。
「――よし、クソガキども!よく聞けッ!」
そのブーツが金属製の地面を強く踏み鳴らしながら、新兵たちの前を歩き回る。
「俺のことは**“サージ”**と呼べ!いいなッ!?」
「サー、イエス、サー!!」と新兵たちが一斉に叫んだ。その声は火星の乾いた風に乗って広がった。
アーニクとその仲間たちは列の最前列に立っていた。彼らの制服には赤いタグがついていた。その他の訓練生たちは青いタグだったが、赤は明らかに異質で、まるで「的」そのもののように目立っていた。
その違いは明白だった――赤タグは期待値が高い証であると同時に、これから待ち受ける試練がより厳しいことの象徴でもあった。
サージの鋭い視線が赤タグのグループに突き刺さる。
その顔に浮かんだ笑みには一片のユーモアもなかった。目を細め、彼の視線は真っすぐアーニクを捉えた。
そして彼は、まっすぐアーニクの前に立ち止まった。空気が一層重くなる。
「お前ら五人、前へ出ろ!」とサージが叫んだ。
グループは一瞬だけ視線を交わし、そして迷いなく一斉に前へ出た。他の新兵たちから完全に分離される。
「区分球を持ってこい!」
サージの声が基地全体に響き渡る。
すぐに二人の兵士が現れ、大型の発光するオーブを乗せた補強済みの台を押してきた。
そのオーブは淡い音を響かせながら光を脈打ち、表面には複雑な模様が渦巻いていた。
新兵たちがざわめき始める。不安と興味が入り混じったような声があちこちで漏れた。
サージはオーブを指さして言う。
「これが“区分球”だ。お前たちは全員、一人の“マスター”に割り当てられる。歴戦の戦士だ。お前たちを鍛え上げる者だ」
「潜在能力が高いほど、より強力なマスターが選ばれる。だが――それをご褒美と勘違いするな」
彼は一歩前に出て、低く唸るような声で続けた。
「高いスコアを取ったって、楽になるわけじゃねぇ!むしろその逆だ。マスターが強ければ強いほど、お前たちは地獄を見る!生きて帰れる保証なんか、どこにもねぇ!!」
新兵たちの間にざわめきが広がる。「えっ、それって許されてんのか……?」誰かが小声でつぶやく。
アーニクは拳を握りしめた。顎を引き締め、オーブを真っすぐ見つめる。
心臓の鼓動が速くなる。重圧が肩にのしかかってくる。
サージの目が再び赤タグに向けられた。そしてその指が、まっすぐアーニクを指す。
「中央のお前、前へ出ろ!」
アーニクは一秒だけ迷い――そして前へ踏み出した。
その拳はまだ、硬く握られていた。
オーブの光が彼の顔に映り込み、淡い輝きがその表情を包む。
サージは顔を近づけ、その口元に浮かぶ笑みは、もはや不気味さすらあった。
「見せてもらおうか、赤タグ」
アーニクが近づくにつれ、オーブの光は次第に強まり――
突如、強烈な緑色に輝き始めた。
オーブの中で渦を巻く模様の中に、名前が浮かび上がる。
アルリック・ヴェイン
新兵たちからどよめきが起きる。サージでさえ、ほんの一瞬だけその動きを止めた。
そして――爆発するような笑い声が響いた。
「パァーッハッハッハッ!運がいいな!」とサージが叫ぶ。その笑い声は基地中に響き渡った。
「とんでもねぇのを引いたな、赤タグ。……さぁ、進め!」
アーニクはごくりと息を飲み、拳を少しだけ緩めて、前へ一歩進む。
誰が自分の“教師”になるのかなんて、全く想像もつかないまま。
「次だ!」
サージの怒号が再び飛ぶ。
マルクスが前に出る。顎を引き締め、黙ってオーブへと歩み寄る。
マルクスが区分球に近づくと、光は徐々に強まり――
そして突如、炎のような橙色の光が爆発するように輝いた。
オーブの中に浮かび上がる名前:
マルリク・クラウン
その瞬間、訓練生たちの間に大きなどよめきが広がった。
「マルリク・クラウンだって……!?」「マジかよ……」「鐘が鳴って聞こえる気がする……」
マルクスの胃がひゅっと縮んだ気がした。
(まさか……イカれた奴とかじゃないよな……)と彼は思った。拳が自然と握られる。
しかし――
サージの反応は爆発的だった。
彼は大声で笑い出し、膝を叩きながら身体を折り曲げるほどだった。
「うっははは!!マジかよ!それはキッツいな、坊や!」
サージの笑い声が火星基地中に響き渡る。
マルクスは顔をしかめ、眉をひそめた。「何がそんなに可笑しいんだ?」と不機嫌そうに言う。
サージは目尻に浮かんだ涙をぬぐいながら、口角を大きく上げて答える。
「可笑しいって?……かわいそうなくらい可笑しいってことさ」
彼の声は同情のふりをした悪意に満ちていた。
「お前が引いたのは“ただの狂人”なんかじゃねぇ。本物の狂人だ。マルリク・クラウン様だ!!」
マルクスの息が一瞬止まる。
だが彼はすぐに姿勢を正し、目を細める。
サージはさらに顔を近づけ、声を低くする。
「マジで哀れだな。地獄に行きたくなるぞ、坊や」
マルクスの思考は暴れ始めたが、それでも表情は変えずに答える。
「……見てろよ」
心の中では叫びたくなるほどの不安を抱えながらも、声だけは冷静だった。
(最悪だ。最悪すぎる)
「最初の“幸運者”の横に並べ!」サージが命じる。
マルクスは無言でアーニクの隣へと移動する。背後ではオーブの光が徐々に弱まっていく。
(これは……悪夢の始まりだ)
続いて、ローゼが一歩前に出た。動きは慎重だが、揺らぎはなかった。
オーブは淡く光り、その色は徐々に柔らかな桃色に変わる。
そして、表示された名前:
望月ミウ
サージが眉を上げ、口元に小さな笑みを浮かべた。
「おいおい……面白いな」と彼は小声で呟く。
そして指でアーニクの隣を指し、「そこに並べ」と命じた。
ローゼは無言で頷き、その場に立つ。
サージが手をパンと叩く。
「急げ、寝ぼけ野郎!次!」
眠そうな目で、アイカがゆっくりと前へ進んだ。どこか上の空のように見える。
オーブが輝きを放ち、次第に鮮やかな紫色へと変わった。
浮かび上がった名前は――
ザラ・ブリッツ
サージは低く口笛を吹いた。
「また一人、当たりくじを引いたな……。こりゃあ、お前も相当鍛えられるぞ」
アイカは欠伸をしながらも、ゆっくりと頷き、ローゼの隣に並んだ。
そして――
サージの目がカイへと向く。
「次はお前だ!」
カイは背筋を伸ばし、力強く前へと進む。
彼がオーブに手を近づけると、その光はまばゆい白色に変わり、瞬く間に辺りを照らした。
現れた名前:
高島リンタロウ
サージの表情が、驚きと哀れみに変わる。
「おお……またアイツか」彼は鼻で笑う。
「どうやらまた“実験材料”が手に入ったらしいな」
その言葉は、わざと周囲の訓練生たちにも聞こえるように放たれた。
カイの顎がわずかに引き締まるが、感情を表に出すことはなかった。
無言でグループの横に並ぶと、他の訓練生たちのささやき声が背後で広がっていった。
サージが再び手を叩き、声を張る。
「よし!これで赤タグ組は全員振り分け完了だ!」
「覚悟しろ。ここから先、お前たちの人生は――もうお前たちのものじゃない!」
サージは数歩後退し、不敵な笑みを浮かべる。
「――幸運を祈るぜ」
その瞬間、彼はテーブルの側面にあるボタンを押した。
赤タグ組の制服に付けられたタグが、一斉に光を放ち始める。
ローゼの目が見開かれる。「なにこれ……?」とタグに触れる。
そして――
赤タグ組の五人は、一瞬にしてその場から姿を消した。
青タグの訓練生たちは一斉に息を呑み、騒然となる。
「今の……どこ行ったんだ……?」誰かが呟く。
サージは腕を組み、薄ら笑いを浮かべたまま立っていた。
「――マスターの元へだ」
その声は何気ない調子で放たれたが、その奥には確かな悪意と期待が込められていた。
「……そしてな、奴らは絶対に……気に入らねぇと思うぞ」
オーブの光は静かに消えていく。任務を終えたように。
残された訓練生たちはただ黙って、それを見つめていた。
まるで――自分たちの未来を、見てしまったかのように。