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砂地を抜けるとそこは戦地であった。顔が分からないほどに武装した者共は血で汚れることも気にせずにひたすら争いあっていた
「ほんとにこの中を突っ切るんですか〜!?」
「だってそうじゃないと辿り着けないんだもん。不安ならエマくんだけ今日は帰る?」
「うむむ…」
帰りたいのはやまやまだが、問題はカオリンのこの笑顔である。見抜かれている、
嫌われたくないこともここでカオリンだけにしたら他のかっこいい人と仲良くなってしまうかもと不安になっていることも
「ふふん、男の子ってオモシロイねほんと。
ほ〜ら、先いっちゃうよ〜」
「ま、待ってよ!」
ふと、私の頭の中で昔の曲が流れてきた
見えない鎖が重いけど
行かなきゃならぬおれなのさ
誰も探しに行かないものを
おれは求めてひとりゆく
おれは求めてひとりゆく
こんな時に風は、強い風は吹かないものか
ココロの中の雲を一気に吹き飛ばしてくれる様な強い風は
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「それで…この人たちはなんで…戦ってるんですか?」
「んーなんかー冒険者ギルド同士のいざこざらしいよーどっちがこの層を支配するかって」
「はぁ?!」
待て待て待て、私たちはダンジョンを旅するのが目的とする者達だろう。なぜダンジョンのしかも一部を支配するのが目的なんだ?!
仮にここを拠点としたところで何の役に立つ?足元に短い草が生えているぐらいしか特徴が無いこのエリアを?分からない
「おっと、邪魔ですよ」
カオリンは目の前を包丁で斬った
「ぎゃっー!!」と声を上げ、誰かが消える。
周りはそれを見ようともしない
「…相変わらず人の命をあっさり奪いますね」
「だって生き返るしどーせ」
血の付いたブラトップの背中だけを見ていても、彼女が機嫌を悪くしているのは分かった。こんな時に気の利いた言葉をかける事が出来れば私は…?いや、それもまた一時的だろう
そうして、歩いていると聞こえてくるのは
叫び、銃声、罵声、それに爆発音、それぐらいであった。斬っても斬っても次々に走ってくる。一体何人いるんだここに
「状況を変える」
そう、呟いてカオリンは両手で手榴弾を前方に投げた
水をかけられた猫みたいに目の前を覆っていた人々が避けていく
逃げ遅れた者は爆散…した
「それじゃ余計敵を増やしてますよ」
「いいのいいの、出来るだけ私に向けさせたいんだから」
ぽんぽんと手のひらの上で手榴弾を転がしながら、スキップでカオリンは先を往く
「ほらほ〜ら、逃げないと当たっちゃうよ」
手榴弾の威力は凄まじい、あんなに命を賭けた顔をして斬りあっていた二人ですら手榴弾と分かればどこかへ消えてしまう
「てめぇっ!!!」
「エマくん、靴紐結び!」
カオリンがそう言って、私は靴に顔がぶつかるぐらいに身を屈めた
「のぁぁぁぁぁあぁっ!!!」
まるでコンパスで円を作図する時みたいにカオリンは周囲を斬った
「気をつけないとダメだよ。一応ね」
「あはは…」
カオリンはにっこり笑ったが、私は苦笑いするばかりだった
「ぎゃあぁぁあっっ!!!」
また阿鼻叫喚か。もう聞き飽きたよ
って
「な、なんかちょっと離れたとこで液体に人が呑まれていたような…」
「ああ、デススライムね」
「デススライム?」
「ひぎゃあぁあぁっ!!!」
地面から突如、現れたスライムとやらは人を足から呑んだと思えばまた地面に消えてしまった
「ここはどうやらデススライムの狩場だったみたいね。あーこわい」
「めっちゃ危険じゃないですか!」
さっき人が呑まれた所は今、私たちがいる場所から約十メートルぐらいの距離、つまり下手すれば私たちもぱっくり
「でもね、デススライムより危ないのは」
「のは?」
その時だった
私たちの頭上が
みずいろに染まっていったのは。
例えるなら水族館を歩いてる時の様な
フィルムのようなうすいうすいみずいろ
「あ…これヤバ」
カオリンが呟くと同時に一筋の何かがカオリンの頭を撃ち抜いた
カオ
り…
息が…息がくるし…あれ
なんでわたしこんなとこにねてるんだっけ
みえない
なにもみえなくなる
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…いこうじゃ…ないか…
「大成功じゃないか!これで戦況は大きく変わるぞ!」
誰?
え?誰?男の人の声?
「私にかかりゃこんなもんですよ!あーあ、みんな雑魚過ぎて笑っちゃう」
いや、女の人の声?カオリン?
カオリンがそこにいるの?
私は目を開けて目の前を見ることにした
そこには青いベレー帽に迷彩服を着た女の人が立っていて
「カオリンじゃない!」
思わず私は叫んでしまった
「カオリンじゃない!?あんた誰?!」
「は」
「はぁぁあ!?」
すぐさま私に向けられるマシンガンの銃口、どうやらここだけで五、六人はいるみたいだ
「なんなのよあんた!いきなり現れて!」
「ち、違うんです!なんか変な攻撃をうけて
気がついたらここに…」
こんな時は敵意が無いことをどうにかして伝えたいけど、左手に銃を持ってるんじゃそれは無理そうだ。ていうかマジでマシンガン持ってる人たち屈強じゃん。ひぃ〜
「めんどうだ、殺れ」
その場にいる全員に聞こえる音量で黒人ブルース歌手の様な声をした男が命令した
ベレー帽を被っていた女の人は私から数メートルほど後ろに下がった
たすけて…たすけて!カオリン…!
両手を頭より上にあげながら、つい私は涙目でそう呟いた
が、その時だった
轟音
突如、その場にいた誰もが動きを止めた
「ふ〜やっぱりロケランはキツイわぁ」
舞い上がる砂煙の中から気怠く歩いてきたそれこそほんとうに、ほんとうにカオリンだった
「かおり…ん…うわぁあぁんっ!!!」
私はカオリンの歩いてきた方を向いたまま、
ぽろぽろと涙を零してしまった
「こらこら、男の子が泣いちゃダメだって。
ん…ちょい待ち」
カオリンは首をぐるっと回した…かと思えば
瞬間、カオリンはものすごい速度でベレー帽の女の人を人質にとった
その速度と言えばまるでご褒美のハンバーグを掴んだ途端、地面に落としてしまった時のようなそんな速さだったんだよ
そして、ベレー帽の首元に包丁をつきつけるとこう宣言した
「撃つな!撃ったらコイツを殺すからな」
連中も思わずたじろいだ。そりゃそうだろうな、いきなり現れた女が戦力になりそうな人間を人質にとっているんだから
「おおっと…私じゃない後ろの奴を撃とうってのも無駄だぜ。てめぇらが引き金を引くより先に私はこいつを殺せんだからよ」
ひっ…私、狙われてたの!?そりゃ勘弁してくださいよ
「…要求はなんだ?」
黒人ブルース歌手の男はカオリンに聞いた
「簡単なことさ、私たち二人をここから先に行かせてくれりゃいい。そしたらあんたらも無事ですむって話さ」
首筋に当てた包丁の先から血が垂れていた。
カオリンはにこりと笑った
「…呑もう」
そうブルースの男が発言すると、武器は一斉に放棄された。手をだらんと下ろし、まるで海を見る少女の様に皆は立った
カオリンもすっ…と首筋から包丁を遠ざけた
「そう、それでいい。んじゃ、私たち行くわ」
「あ、カオリン…」
私の腕をぐいりと掴んで、カオリンはずかずか歩き出した
その時だった
「待て」
呼び止めたのはベレー帽の女であった
「最後に聞くがもし私が魔術を撃てる状態にあったとしたらお前はどうしていた?」
「んー」
「撃たれる前に殺しちゃう…かな?」
えへへ
カオリンは笑いながら言ったが、ベレー帽の女は酷く怯えてしまった様だ
そうして、その場から私たちは離れていったのだが
「ん?」
「どしたエマくん」
「誰かの足音が聞こえた様な…誰か来たのかな?」
「そんなん気にしてどーすんのよ!いくよ!」
カオリンは口笛を吹いて歩いた。私はどこからか聞こえる断末魔を知らんぶりしてカオリンと逸れない様に耳を塞ぎながら歩いた