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今よりちょうど二年前。

中学校を卒業し高校入学を控えたダンは、求人サイトで見つけた初めてのバイト面接を前にして、二重にした不織布マスク越しに一つ大きく息をついた。

古い雑居ビルの中で埋もれるように店を構える小さな中華料理店・大熊猫(パンダ)飯店。

形だけ、と前置きをされていたが、短い時間だけで初対面の人間に自分の話をして、判断されることは不安と緊張以外の何ものでもない。

学生バイト可。土日のみ出勤可。土地柄もあり時給も高め。

ある程度忙しいことは予想出来るが、家と学校の間の通学路でもあり、学生バイトとして条件も良い。

条件が良すぎるため、他にも応募が殺到しているかと思うと、自分が受かるのか心配になってきたが、意を決して約束の時間の五分前にダンは店の引き戸をガラリと開けた。

「イラッシャイ」

抑揚のない高い電子音がダンを出迎える。カウンターの向こうに旧式配膳ロボットが一台。

昼食の時間は過ぎ、客はいない。

「あのっ! バイトの面接で来ました。藤代ダンです! よろしくお願いします!」

マスク越しでは声がこもりやすく、旧式ロボットでは聞き取り機能が低いかもしれないと思い、ダンは緊張しながらも声を張った。

酢と醤油、ニラやにんにくの匂いがマスク越しでも強烈に匂ってくる。この時のダンは酒の名前を知らなかったが、ホールの隅に置かれている大きな壺の中からは紹興酒のすえた匂いが漂ってきた。

換気扇が回る音、薄型テレビから響く甲高い笑い声、旧式ロボット独特の唸るようなモーター音。

ここ数年で更に過敏になった嗅覚と聴覚を刺激してきて目が回りそうになったが、ぐっと唇を結んで堪える。

「『採用。早速だけどいつから来れる?』」

突然、目の前のロボットのスピーカーから流れてきた低い男の声に、ダンは目をぱちくりさせた。

「採用って……えっ……?」

ロボットのスピーカーから声が流れ続ける。

「『面接終了。ロボット相手にきちんと挨拶出来るなら、対人でも問題ないだろ。仕事内容はサイトにも載せてたようにホール業務と配達。賄い付き。仕事内容はチョウに聞いてくれたらいいから』」

「あの、チョウ……さんとは?」

「『このロボットだよ、若者よ。"超スーパー調理ロボットシリーズ4649"だから、チョウ』」

名前を呼ばれたことに反応したのか、チョウの両腕が挨拶するように上下する。

「いや、ネーミング適当……」

戸惑うダンを無視して、スピーカーの後ろから、ちょっとぉ誰と話してるのぉ? と酒に焼けた女の声が入ってきて、仕事だよ、と男の声が少し遠のいたが、すぐに戻ってくる。

「『他に質問は?』」

「えっと……無いです……」

「『それじゃあよろしくな。藤代くん』」

早々に通信が切れ、拍子抜けしたダンとチョウの間に暫しの沈黙が流れた。

応募する先を間違えたかもしれない。

「イツカラコレルカ?」

最初の、抑揚がないチョウの電子音にダンは言いごもった。

辞退するなら今のうちだ。初めてのアルバイトに対してあまりにも適当な面接に、期待よりも不安だけがどんどんと膨らんでいく。

ダンが心の天秤に条件の良さとこの不安を吊り下げて計って、答えあぐねていると、店の入口がガラリと音を立てて開いた。

「お疲れ様ー。って、あらごめんね。お客さん?」

品の良い関西訛りが耳に心地よい。

ダンは振り返ると、目を見開いた。

誰もいないと油断していたのか、少し丸くなった目と小さく開いた唇。編み上げた黒い髪とパステルカラーで纏められた清楚な出で立ち。服からはほのかにフローラルな香りが漂い、全てがスローモーションで進んでいく。

「アタラシイ、アルバイト」

チョウの音声で、ダンは我に返った。

「そうなんやぁ。あたしは麻子って言うねん。このビルの上の事務所でバイトしてるから、また会うかもねぇ」

「お、おれは藤代ダンって言います!」

「ダンくんかぁー。よろしくねえ」

麻子は目尻を下げてふわりと笑うとチョウに、油淋鶏定食一つねー、と注文して慣れたように奥のテーブル席に腰掛ける。

天秤は大きく傾いた。

ダンはカウンターに両手をつき、身体を乗り出すようにして厨房のチョウに向かって声を張り上げる。

「おれ、今日からでも働けます!!!」

最低な面接の日は、ダンと麻子のファーストコンタクトでもあった。

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