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本日、土曜日で学校は休み。
部活の顧問も忙しくて顔を出せないとのことで、活動時間は午前中に限定されており、ダンはクールダウンもそこそこに更衣室で服を着替えた。
「ダン」
後から更衣室に入ってきたカミュランが、レモンの香り付き汗拭きシートをダンに手渡す。
「貸してあげる。頑張って話してきてね」
無香料の汗拭きシートでせっせと身体を拭いていたダンは、がっしと力強くカミュランの手を取った。
「ありがとう! カミュラン大好き!」
「あははー。そのくらいのノリで麻子さんとも話せたらいいねー」
「祈っててくれぇ!」
制服のまま学校を飛び出し、古びた雑居ビルの中華料理店に入ると、ダンはカウンター越しの厨房に向かって声をかけた。
「チョウさん、こんにちは!」
「ダン。久しぶりだナ。ガッコーもバイトもジュンチョーか?」
旧式配膳ロボットのチョウは、昔ながらのガス火で中華鍋を振りながら、合成音声でダンの呼びかけに応答した。
昨今流行りのヒューマノイド型ではなく、鈍色に光る寸胴型。元々はこの中華料理屋でアルバイトをしていたダンとは馴染みでもある。
「ジュンチョージュンチョー!」
ダンは人懐っこい笑みをチョウに返した。
店の壁に据え付けられた薄型テレビからは、異世界に渡った流行りのアンドロイド芸人が食べ歩きロケをしている姿が映り、厨房でカラカラと音を立てて回る換気扇は真っ黒で、店の床は油と汚れで少し滑る。醤油とごま油、乾エビをたっぷりの油で揚げる香ばしい香りが店内に充満していた。
「ダンくんお疲れ様ー。こっちこっち!」
店の奥から手を振りながら、関西訛りでダンを呼ぶ声があった。
「麻子さん! お疲れ様です!」
「昨日は急に手伝ってもらって助かったわぁ、ごめんね朝練あったのに。今日も部活?」
「はい! 部活です!」
ダンはやや頬を染めながら、元気よく麻子に返事をした。
歳はダンより少し上の二十歳。大学生。艶やかな黒髪を一つにまとめ、白いシャツに深緑のチノパン。
卵型の顔立ちは上品で優雅な雰囲気を持ち、アーモンド型の睫毛の長い柔らかな目元はベージュ系のアイカラーで纏められている。
同年代とは違った大人びた佇まいと品性のある言葉遣いに、ダンは自然とどぎまぎしたが、ふと辺りを見渡す。
「あれ? 店長は?」
「二日酔いで、事務所で寝てはるわ。好きなだけ飲み食いしてエエって言うてた」
麻子は呆れたように店の天井を指差した。この五階建てビルの二階は事務所、三階から上は空き部屋になっている。
「ダンくん、何飲む?」
「コーラで!」
「食べ物も適当に頼むからね。唐揚げは要る?」
「マストです!!」