33
「小城先生!」
テーカーは拳を引くと両手をブレザーのポケットに突っ込み、楓眞を睨みながら不遜に立った。
カミュランを始めとする他の部員に抑えられていたダンも鼻息を一つ荒くつくと、渋々とその場から一歩引く。彼の前髪を揺らした小さな風と胸元の光は、誰にも気付かれることなく消えていた。
楓眞は、今日は運動着ではなく、白いワイシャツにチ薄いグレーのスラックス。シャツはきちんとアイロンがかけられているが、それでも長く着ているため、襟元や袖口がややくたびれ、よれてきている。
少し緩めたダークグリーンのネクタイに、袖は膝まで折り上げ、左手首には、組紐のブレスレットが控えめに存在を主張していた。
足元は黒のタクティカルブーツで、こちらもよく履き込まれている。
教師の登場に取り巻きたちは怯んだが、テーカーは自分より背の低い楓眞を見下ろすように睨みつけた。
楓眞は周囲に軽く視線を巡らせると、困ったように軽いため息を吐く。
「お前ら、もう三年だろ。何がどうした」
テーカーは楓眞の問いに答えることなく、鼻を鳴らした。
「別に。ただ、こいつらが邪魔だっただけだ」
「邪魔って、バレー部は練習してるだけだろ。どっちが先にこの場所にいた?」
「オレたちです!」
楓眞の問いに、ダンを含むバレー部員たちは自分たちを指差した。
それを見ると楓眞は困ったように眉を下げ、両手を腰に当てるとテーカーを見上げる。
「後から来ておいて、それはないんじゃないか?」
淡々と返され、テーカーの口元が歪む。
「こいつらの肩持つのかよ。地球人同士だからか?」
「教師だからとか、地球人だからってのは関係ないよ。第三者としての意見だ」
楓眞は柔らかな声の調子を変えず、静かに言い放つ。
一瞬、テーカーの喉がひくついた。楓眞の目は湖面のように穏やかで、それでいて揺らがない。
「チッ……スカしやがって……」
テーカーは苛立ちをごまかすように、唐突に目線を楓眞の左手に動かして吐き捨てた。
「それに……なんだよ、そのボロ紐。女にでも貰ったか? 似合ってねぇぞ」
「ん? ああ、これか?」
その言葉に楓眞は、何でもないように左手首を目の前に掲げると、穏やかに目を細め、へにゃりと笑う。
「形見なんだよ、友達の。昔から着けてるから、ないと落ち着かないんだ」
楓眞はまるで天気の話でもするように、さらりと返す。その声に痛みはなく、彼の中では既に昇華されている様子ではあるが、ダンや他の生徒たちはたじろいだ。
「ほら、まだ言いたいことがあるなら、続きは職員室で聞くぞ? それと、お前たちも制服はちゃんと着ろ。来週は服装検査、あるぞ」
テーカーの取り巻きたちにも目を配ると、彼らは一瞬たじろぎ、そそくさと裾や襟元を整え始める。
春の風が優しく吹き抜け、楓眞の毛先を軽く揺らす。
テーカーは楓眞の眼差しに耐えることが出来ず、大きな舌打ちと共に顔を背けた。
「……行くぞ」
苦々しく吐き捨てると、ブレザーの裾を翻しながら踵を返す。その後ろに続くように、取り巻きたちも口々と悪態を吐き、睨め付けながら足早にその場を去っていく。
テーカーの姿が遠のいていくと、やっとその場に残された緊張がふっと緩んだ。
元より積極性はあれど、コミュニケーション力の高さで意見を交わし、話し合いで解決する彼らは荒事に慣れていない。
「あ゛ーーーーーっ! 先生が来てくれてよかったーーー!!! あのまま喧嘩になったらどうしようかと思ったーーー!!!」
中でも一番気を揉んでいたであろうカミュランが、一際大きく息を吐くと空を仰いだ。他の後輩たちも口々に同意の声を上げる。
「ご、ごめんって……!」
「ごめんで済んだら警察いらない!!!」
ダンはカミュランに向かってわたわたとしながら謝り、それを見た楓眞は眉を下げて苦笑した。
「ちょっと様子を見に来たら、タイミングが良かったみたいで良かったよ」




