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放課後。
男子バレーボール部のヒエラルキーは低い。
着実に実力を付けてきているとはいえ、毎年、地区予選止まり。最高学年はダンとカミュランの二人、高校入学以前の経験者はダンを含めて四人しかおらず、部員は増えたが、選手の経験値も全体的に低い。
県大会常連の女子バレーボール部やバスケットボール部の男女、バドミントン部が優先的に体育館を使え、どうしても体育館外での練習が多くなる。
今日は体育館の陰でひっそりと、練習を行っていた。
「体育館、もう一個出来ねぇかなぁー」
高くトスを上げながらダンは嘆息した。春の柔らかな風が部員たちの間を吹き抜け、日向で動いていると汗ばんでくるが、ひとたび日陰に入ると冷えた地面から伝わる冷気で一気に汗が冷える。
「これ、春だからいいけど夏と冬は地獄だもんね」
カミュランが同意し、一年生と二年生が続く。
「そんなにヤバいんですか?」
「夏場は日に焼けてボールが当たると痛いし、冬場は風で冷えてボールが当たると痛いし」
「痛いことしかない」
ひぇっ、と数名の一年生から声が上がった。
一通りの基礎練習を終えると、カミュランはボールを両手で抱え、辺りを見回した。
「それじゃあ、ボール片付けて。みんなが大好きな、シャトルランやるよ」
カミュランの号令で、ダンを含む部員全員から絶望の悲鳴が上がった。
しかし、そこへやってきたのは三人の男子生徒と二人の女子生徒の五人組。全員、頭髪を染めたり華美なアクセサリーを着け、制服は着崩したり、改造したりと分かりやすく荒れている。人種も人に近い姿形ではあるが、爬虫類や樹木型、異人と宇宙人で構成されていた。
「げっ、テーカー」
その中でも、リーダー格のテーカーは、ダンとカミュランの同学年で、全身が強固な赤みの強い岩石のような皮膚を持ち身長も2メートル近い。関節部の隙間は暗い灰褐色で、ダンたちと同じデザインの制服を着ていても、その姿は頑健な岩山のようだ。
テーカー自身は他文化との交流のためにこの春に編入してきたのだが、それは建前で、旧・神戸に移住してきたのは、粗暴な性格ゆえ故郷の星で問題を起こし、ほとぼりが冷めるのを待つためだともっぱらの噂だった。親がナノマシンを始めとした、宇宙技術を取り扱う企業の重役であることは有名で、謹慎や退学などの処分が下らないのが不思議な程、この短期間で様々な問題を起こしている屈指の問題児だ。
テーカーは黒曜石のような目を歪め、ダンたちを見ると鼻で笑った。
「弱小バレー部じゃねぇか。仲良くキャッチボールか?」
「何だとてめぇ!」
「ダン! ストップストップ!!!」
同級生とは言え、自分より体躯に恵まれた相手にも臆することなく突っかかっていくダンを、カミュランや他の部員複数名で慌てて止めた。
「バレーはキャッチしねぇ! パスとトスとレシーブだ!」
「そこぉ?!」
「お願いだから、ほんと相手は選んで!」
部員たちに押さえられながらも、ダンの鼻はテーカーのポケットに入れられた煙草の臭いを嗅ぎつけ、あからさまに眉をしかめた。
「ここはあたしらが使うから、弱小はどっか行ってよね」
「そうそう、練習なんかしても無駄だろお前ら」
テーカーの取り巻きたちが甲高い声で嘲笑する。
「オレたちが先に使ってんだ。退く必要ははねぇだろ。お前らが他所に行けよ!」
「ああん?」
170センチと平均的な身長のダンより、相手は頭一つ以上は大きい。
テーカーは、怯むことなく真っ直ぐに目を見てくるダンを苦々しく見下ろすと右の拳を振り上げる。
「どけって言ってんだよ!」
テーカーから目を逸らすことのないダンの胸元が淡い青に光り、吹き上がる風でかすかに前髪が揺れた。突然辺りに漂う、どこかで嗅いだことがあるような懐かしさを覚える香りに、周囲は心の中で不思議そうに首を捻るが、それよりも目の前で行われようとする暴力を前に固まっていた。
しかし、その拳が振り下ろされる前に呆れたような声が響く。
「何を揉めてるんだ、お前ら」
バレー部員たちは、助かったとばかりに声の方を見た。




