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あの日と同じ大百足は、真っ二つになったはずだが頭部や胴体に切断した跡があるのみで、それ以外は何事もなかったかのようにくっついて動いている。

ダンがあの時より成長しているためか、一回り小さくなっているような気もするが、それでもまだ見上げるほど大きい。

手の中で握っていた梢が熱を持ち、光る。それに呼応するようにダンの胸の中心から青白い光が火花を散らしながら円を描き、懐かしい香りが漂った。円の中から光の球体が飛び出してくるとダンの眼前でふわふわと浮かぶ。

「おっ? なんか大きゅうなっとる?」

まるで昨日ぶりに会ったかのような言い草に、ダンは光の球体に向かって思わず唇を尖らせた。

「七年経ってるんだから、大きくなるよ」

「ほー。人の子は、ちょっと見んうちに大きゅうなるのがあっという間じゃのお、まあ、そろそろ枝一本で押さえるのは大変だったけぇ、丁度えかったわ」

大百足は触覚と無数の足を揺らしながら、辺りを探っている。

「なんで、こんなとこに文字禍が出るのか分かんねぇけど、このまんまにしておけないよな」

これほど巨大な文字禍が現れたというのに、やはり警報は鳴らない。

ダンは大百足がこちらを向く前に、ズボンのポケットからスマホを取り出すと素早く緊急通報のアプリを起動させる。

画面の中で通報済みと表示され、大百足の動きから目を離さないまま、店長に電話をかけるが待てども出ない。

「あーもう! 人にはしょっちゅう電話かけてくるくせに!!!」

麻子にも電話をしようかとも思ったが、大百足の頭がこちらを向いたことで諦めて、スマホはズボンのポケットに戻した。

「いやー、にしても坊主の中で休ませてもろぅとったけぇ、ぶち力が戻っとる!」

光の球体が楽しそうに縦に揺れ、えっ、とダンは目を丸くしてそちらを向いた。

「休んでた? オレの中で?」

「そうじゃ。力貸してくれるて、ゆーたじゃろ。じゃけぇ、枝の力であやつを押さえて、その間にワシは霊力を回復させるために休ませてもろうとった」

「あっ、力を貸すって身体も貸すってこと?」

「ちごうたん?」

「いや、まぁ別に良いんだけどさ……」

ダンは困ったように頭をかきながら、ぽそぽそと言葉を濁す。店長は異界のものと身体がリンクしていると言っていたが、明らかに異界のものが、内側に入って憑依していたとは思わず、ダンはあの時の自分の軽率さに少し冷や汗をかいた。

もしも、これでどこかで事故や事件を引き起こして異界のものに身体を貸していると発覚すれば、刑事罰や罰金刑で済まず、身柄を拘束されていたかもしれない。

そもそも、バイト自体も学校で禁止されている資格絡みのものなので、こちらもバレたら謹慎処分が下る可能性もあるのだが。

光の球体は空中ではしゃぐように一度大きく回り、ダンの手の中にあった枝も更に光を増したかと思うと、手元を離れて球体の中に吸い込まれる。

あまりの眩さにダンは一瞬目を閉じたが、次に目を開いた時、目の前にいたのは光の球体でなく、巨大な狼のような獣だった。

見上げるほどの巨躯に艶やかな毛並みは薄っすらと青みがかかった白。三角の大きな耳は毛先に行くほど渋い青色に変わっており、地面に着いた四本脚の先は青く長い靴下を履いているようにも見える。ふさふさとした大きな尾が一本、機嫌が良さそうに揺れた。

目の縁は濃い青で、隈取りのような模様が浮かぶ。

野生的でやや小さな目が友好的にダンを見て、ふわりとした懐かしい香りが再び鼻腔をくすぐった。

「元々、ここは昔からワシの縄張りなんじゃけど、最近は変なのがよぉ出入りしとって。ここは人の子もよぉけおるけぇ、都度ワシが祓っとったんじゃが、最後にあの虫が入ってきた時は、もー霊力カラッケツで余裕なかったから、しゃーなし、尾っぽを全部切って、それを要石の代わりにしてワシごと封じとったんじゃ」

獣は光の球体だった時と変わらず、ダンに話しかけた。

大百足が完全にこちらを向き、顎が軋むような音を立てる。

「あの枝、全部で九本あったけど。あれ全部尻尾だったの?」

「そうじゃ」

「他の八本、消えちゃったけど」

「元よりここは異界と繋がりやすいけぇ、どっか飛んでいったんじゃろ。人の子は、ここのことを特異点とか呼びよった気がする」

「いや、そんな呑気な。しかも特異点って」

自分が枝の束を拾い上げる際に、もっと気を付けていれば枝はどこかに飛び散らなかったのかと思うと、ダンの声は少し萎む。しかし、その声色の変化を察知したのか獣は笑うように少し目を細めた。

「安心せぇ。あの時はもう、封印も限界じゃった。ほいじゃけぇ、束がばらけたんは坊主のせいじゃあないけぇの」

それを聞いてダンは少し罪悪感から救われてホッとしたが、気を取り直す。

大百足は狙った獲物をしとめようとするように、ゆるりゆるりと近付いてくる。獣はダンが手にした札をちらりと見て、二、三度前脚で地面を軽く踏み、鼻を鳴らす。

「近頃は、いなげなもンを使うんが増えたのぅ。ワシがあの虫を掻っ捌いていくけぇ、核が出てきたら燃やしてしもうたらエエけぇ」

「了解!」

ダンはブレザーを再度地面に置き、両足の靴と靴下を脱いだ。

靴の中では既に爪先が小さく縮み、踵が無くなっている。靴下の中からは白く短い毛並みに覆われた犬のような足が現れた。

二年ぶりにここまで同調が進んだが、何故かダンの心に嫌悪や不安はない。自分の中にいたこの獣の霊力に感化されて起こった変化なのだと、不透明だった原因に理由さえつけば安心さえしていた。

生まれた時から宇宙だ異界だと、トラブルにまみれた世界で育ってきたダンは、妙なところでトラブルに慣れて肝が据わり、元来の性格が素直な分、変に順応性が高い。

ぬらりと地面を這う大百足が飛びかかってきたが、獣は鋭い牙を剥くと大百足の頭に喰らい付き、ダンは一足で宙に飛んだ。

獣が喰らい付いたまま頭を振ると、大百足の頭は簡単に千切れ、校舎の窓を突き破って廊下に転がる。千切れた断面から、気化した文字が暗く燻った。

剣呑な物音に、空中からダンは振り返って獣に声をかける。

「周りのモノ壊すなよ!」

「そがいなこと言われても」

もう壊してもうたけぇ、と獣は大きな背を丸めてしょぼんと耳を伏せる。

大百足の頭は胴体から盛り上がった文字の集まりによって復活し、それを獣は鋭い爪がついた大きな手で払う。

ダンは空中で一回転すると、膝を伸ばしたまま遠心力をつけて大百足の胴体を踏みつけた。今や異界のものであるダンの足は、同じく異界のものである文字禍の胴を散らし、分断する。

ダンは分断した下半身分に向かって札を一枚かざした。青い炎をまとった札は文字に引火すると一気に燃え上がり、足一本残さず灰燼と帰す。

「核はこっち側じゃあ!」

頭を相手にしている獣はダンに向かって叫んだ。

「分かった!」

上半身の断面が膨れ上がり、盛り上がると濁流のように文字が溢れて再生する。ダンは膝に力を込めるとその奔流の上を逆走するように四歩、助走をつけて跳んだ。身体はぐんぐんと宙を昇り、高い位置から視線を走らせて核を探す。

獣は爪と牙で大百足の頭を切り刻み、裂けた頭部と胴の隙間に仄暗く濁ったものがダンの視界に入る。

「見つけた!」

ダンの声に獣はくわえていた残骸を離すと、四肢に力を込めて大きく後ろに跳ぶ。

ダンが最後の札を宙にかざすと、青い炎が燃え上がり、球体状にまとまっていく。

ダンは左手で球体状になった炎を高く上げると背を晒せ、身体全体を弓のようにしならせた。本来ならボールを打ち込む位置は空中で調整せず、踏み込みの位置で調整するのだが、今はそうは言っていられない。

深く息を吸い込むと、世界の音が遠のく。意識が深く沈み、動きは身体が覚えている。

左手を高く上げ、右手のひらの中心よりやや上で、打点の高い位置から核に向かって炎の球を叩き落とした。腕を振り切り、耳の横を鋭く風を切る音がどこか心地良い。

炎の塊は狙いをつけた場所に、突き刺さるように命中した。

核となっていたのは古く、乾いた一枚の木簡。表面は経年劣化でほとんどが朽ち果てていたが、朽ちてもなお、怨みしがみつくかのように、古い呪詛の言葉が墨で書き連ねられている。それは枯れ草に火を放ったように、一気に全身が燃え上がり、その音と共に、大百足はここで初めて断末魔とも呼べような甲高い断末魔を上げ、身を捩る。

そのボリュームにダンは思わず耳を塞ぐが、自分の耳の位置が顔の横ではなく、そこよりもやや上に移動していることに気が付いた。短い耳で覆われた三角耳だ。

「あっれぇ?」

両手で頭を抱えるようなポーズのまま、ダンは素っ頓狂な声を上げて落下した。

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