20
人気のない体育館の中で、シューズのゴムが床を擦る後と鋭くボールが打ち据えられる音が響く。
全体練習が終わっても、一人残ってサーブの自主練をしていたダンは、カゴに残っていた最後の一球を宙に投げ、身体全体をバネのようにしならせて撃った。
自分の力だけでもっと高く跳びたいと思っても、なかなか現実では難しく、身長も高校男子として平均値ではあるが、高さが武器になる競技をしている身としては、止まるのか止まらないのか微妙に伸びを続けている身体の成長ももどかしい。
中学時代に、ちゃんと部活を続けれていれば、今と身長が変わらなくても、今より高い打点で撃ち込めていたかもしれないと、苦い考えが胸をよぎるが、自分の力を抑える意識を抱えていたことや、実力でなく偶発的に手に入れた異能で跳ぶことに対する後ろめたさを覚えることに比べれば、何も考えずに目の前のボールに向かって懸命に立ち向かえる今の方が、多少苦くても格段に楽しくてやりがいがある。
中学時代に置いてきた時間を悔やむ間があれば、この高校生の中で三年間、練習を積み重ねてきた自分を信じて跳ぶしかなかった。
この夏に控える全国大会。
先に旧・神戸の出場校5組と地区予選で争い、そこから旧・近畿内の府と県の代表の中から勝ち抜き、地方の代表となることで初めて、全国で各地方の代表となったチームとの対戦になる。
宇宙人や異人も込みで、各学校で編成されるチームは露骨なまでに人間の脆弱性を浮き彫りにし、旧・近畿の中では、サッカーを始めとする他の競技の方が男子の間では断然根強い人気を持つ。そのため、余程力を入れている学校でもなければどうしてもメンバーが集まりにくく、強豪校になればなるほどフィジカルで有利な、宇宙人や異人のみで組んだチームをぶつけてくる。
ダンやカミュランたちが一年生の時は、地区大会の初戦から優勝候補の強豪にぶち当たり、交代要員もおらず、技術も体力もついていけないまま無惨な結果で終わったのだが、今年は未経験者ながら期待できる一年生も入り、練習と試合をコツコツと続けていくことで実力が上がっていく実感は確かにあった。
卒業後は就職を考えている今、地区予選が積み重ねてきた力を出し切る最後のチャンスだ。降りかかってきた目に見えない大きな力に悩み、絡め取られた時間を巻き戻せられればと思うこともあっても、一年の時に経験したあの試合の悔しさの後では、今は目の前に伸びる道を進むしかない。
ダンは大きく息を吐いて弾むボールを見送り、体育館の壁に立てかけていたスマホを手に取ると、動画で撮影した自分のフォームを見直す。それを全て見終わると、ダンは散らばったボールを一人カゴに拾い集めた。
ネットを緩めてからクールダウンのストレッチをし、小走りで床にモップをかける。
体育館の中に向かって一礼してから更衣室に向かうと、手早くもしっかりと汗を拭いて湿った服を着替え、外に出ようとした頃には最終下校時刻まで十分を切っていた。
「おっ、お疲れ様。気を付けて帰れよ」
「小城先生、さよならっ!」
体育館の前で、一度職員室に戻っていた楓眞とばったり鉢合わせ、ダンは気軽に挨拶しつつ、折り目正しく礼をする。
楓眞は部活に顔を出す時以外は左手首に古く、色が抜けて白っぽくなった組紐をブレスレットのように巻いており、アクセサリーを好んで身に付けるようには見えない彼が唯一持つ装飾品だった。
ふと、いつもなら気にならないそれが、ダンの記憶の切れ端に引っかかったが、風に舞う木の葉のように、見送る間もなくすぐに掠れて消え去っていく。
「明日の授業、小テストあるからなー」
「分かってまーす!」
楓眞の声を後ろで聞きながら、ダンは校門に向かって駆け出していた。




