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「先生が来てくれたら、練習捗るのは良いんだけどさぁ」

「毎回こうなると、ホントやってらんないよねぇ。慣れたけど」

「先生のファン、人数多いからマナー悪いのも紛れ込むもんなぁ……」

コートに立ったダンとカミュランは体育館を取り囲む、異様な熱気と視線、黄色い歓声に揃ってげんなりと肩を落とす。

ネットを挟んだ対角のサービスエリアで、顧問の小城楓眞(おぎふうま)が跳び上がり、宙で背を逸らせながら鋭いサーブを撃ち込むと、カミュランがレシーブを受け、セッターである二年生がふわりとトスを上げる。トスが上がった先にダンは走り込んで跳ぶと、手のひら全体でボールを包み込むようにしてネットの向こうに叩きつけた。

「小城先生ーッ!」

スパイクを決めたダンではなく、他の男子バレー部員でもなく、練習に付き合っている楓眞への歓声で周囲が湧き立つ。人が多い分、館内に籠る熱気も春のものとは思えず、一年生の一人が換気のために壁の下方についている地窓を開けた。

「ちょっとしたアイドルのライブ会場だろ、これ……」

一挙一動で上がる甲高い悲鳴に耳の奥が痛くなるのを覚えながら、ダンはTシャツの肩袖で鼻の下に溜まった汗を拭う。

二年前ほどではないが、まだ人よりやや聴覚や嗅覚が鋭敏になっているダンにとっては、音と匂いの渦の中に巻き取られて酔いそうだった。


女子からの声援を一身に受けている、顧問の楓眞は自身の顔の良さへの自覚がないが、引き締まった顔立ちに優しさと知性を感じさせる穏やかな目元がどこまでも柔らかい印象を与える。鼻筋もすっきりと通り、肩に届くまで伸びた髪は毛先が傷んで薄らと赤茶色に脱色しているが、その髪はハーフアップのお団子にしてまとめていた。

新任教師として赴任されてから、今年で三年目の24歳と、生徒たちとの歳も近い。

背もすらりと高く、紺のTシャツとサイドに白のラインが入った黒のジャージ、黒いシューズ。見た目はやや細いが均整が取れている体付き。現役で動いているダンたちと一緒に運動が出来るほどには体力や運動神経もあり、受け持ちの歴史の授業も分かりやすい上に、物腰は柔らかく、面倒見が良くて優しい。

着任した最初の年から、在校生・卒業する生徒複数人から順々に告白されたのを全て丁重に断り、教育実習生として赴任した学校でも複数人の生徒や教師に告白されていたとの噂もある。

男子バレー部員は陰で、僻みではなく、楓眞のことを『モテ要素欲張り特盛セット』と呼び、異性や周りの視線が気になる年頃でもある彼らは、密かに楓眞の立ち振る舞いを参考にしていた。

隣で練習していた女子バスケットボール部も含め、どこから嗅ぎつけたのか、女子たちが各々体育館の入口や二階にわらわらと集り、楓眞に声援を送ったり見守っている。

校内の女子がほとんどいるのではないかと錯覚するが、そこにはちらほらと他校の制服も紛れ込んでおり、それだけの数がいても肝心の男子バレー部員に対する声援は一欠片もない。

男子バレー部たちの心境が、どこか複雑になるのも頷ける次第である。


「ごめん。やりにくいよね」

楓眞本人もやりにくいのか、ボールを片手で持ったまま眉を下げ、へにゃりと頼りなく苦笑しながら部員たちに詫びを入れた。女子たちを閉め出してもいいのだが、外から見えないように体育館を閉め切ってしまうと、まだ春とはいえ熱気と湿気が籠って暑くなってしまう。出ていくように言っても、一度出たと思うとまた戻ってきており、効果はない。

もう、この環境に部員たちの方が慣れてしまう他なかった。

高校生とは違い、肉体が完成した大人の楓眞が撃ち込むサーブはまた一段階威力が違う。その上、個人に合わせて伸ばすべきところを的確にアドバイスを出したりと、バレー未経験者ながら指導者として奮闘してくれており、ダンが入学した時は交代選手もおらず、万年地区予選一回戦止まりで終わっていた男子バレーボール部としては、勝利への道筋が見えてきたのはかなり大きい。

楓眞の熱意にも背を押され、入学から共に三年間を過ごしてきたダンとしては、ここまで尽力してくれている楓眞に対して、地区予選突破は勿論のこと、全国大会へと駒を進め、結果を残すことで応えたいと思っていた。

その為には、女子たちの圧に負けている場合ではない。

「おっしゃー! 模擬戦やるぞ模擬戦ーッ!」

ダンは、女子たちの歓声に負けないように声を張り上げる。

「先生はどっか隠れててください!」

「ごめんなー!」

楓眞は黒いスポーツタオルを頭にかぶると、大多数のファンから見えにくい位置に移動する。

「ちょっと藤代! 余計なことしないでよ!!」

「うっせー! そっちこそ部活の邪魔すんな!」

同学年の女子からのクレームにダンは大声で言い返したが、次から次へと女子たちから総スカンをくらい、その勢いにたじたじになって尻尾を巻き、カミュランに泣きついた。

楓眞も、タオルを頭にかぶり苦笑しながら声を張る。

「あーもう! みんな、来るのは好きにしていいけど、部活の邪魔になることだけは、本当に止めてくれないかな?」

「はーい!」

打って変わって楓眞の言うことは素直に聞く女子たちに、男子バレー部員たちは深いため息を吐いた。

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