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「どりゃあッ!!!」

距離を詰めたダンは勢いをつけて人面犬に飛びつくと、後ろから抱きついた。

顔はおっさんだが、きゃいん! と可愛らしく甲高い悲鳴を上げ、人面犬はぽろりとくわえていた剛人の右手を取りこぼす。

「やった!」

ダンも思わず歓声をあげ、目を輝かせてずっしりと思い鋼の右手を片手で拾い上げ、肩で息をしながらマスクを外し、鼻の穴に詰めて栓にしていたティッシュを取る。

人面犬は大人しくダンの腕の中に収まり、彫りの深い目元を細め、口を開けて舌を出していた。かなり不気味だ。

流石に走りすぎて疲れたダンは、人面犬を抱えたまま道の端に座り込む。

気が付けば山の手に上がり、北野の住宅街の中に迷い込んでいた。平日の昼間で人通りはなく、もう少し登れば街や港が一望できる。

明治初期に建てられた外国人住宅である、通称・異人館街は、開国後の来日外国人の居留地であった。

周囲にベランダを巡らせた西洋館であるコロニアル洋式に形が集中しており、下見板張りペンキ塗りの外壁に出窓、鎧戸や赤煉瓦化粧積み煙突などが特徴であり、ヨーロッパに比べ、湿度の高い風土の中で通風を良くするための形式が起源とも言われているが、第二次世界大戦を経てからも植民地を経験したことのない土地が植民地様式とも呼ばれる文化財を擁し、宇宙や異界による侵攻の入口となった後、交流の窓口となっているのもどこか皮肉めいている。


深く空気を吸えば呼吸は楽になったが、空気中を漂う匂いや街中に溢れる音が洪水のように情報として押し寄せてきた。

人面犬の後頭部は干した布団のように香ばしく、春の風はふわりとした温みの中に、柔らかな花の香りを纏う。近くの家からは乾きかけの洗濯物。

売店も点在しており、焼き菓子や香水の匂いも混ざり合って、鋭敏になった嗅覚では少し気持ち悪い。

室外機のモーター音。木々の葉擦れ。意識を集中させなくても、街中に溢れる電波の送受信機から発せられる人の耳では捉えられないような、微かな音まで聞こえてくる。

その中で突如、特異な臭いが鼻をつき、甲高い悲鳴のような音が耳につく。

ダンは息が整わないまま思わず立ち上がると、人面犬も臭いと音を察知したのか、尻尾を巻いて足の間に垂らすと情けない声を上げた。

ダンが鼻をひくつかせると、茹で卵が腐ったような硫黄の臭いが微かに漂う。悲鳴のような音は黒板を引っ掻くような不快な音に変わってゆき、ダンは仁の右手と怯える人面犬を抱いたまま、噴き出してくる汗を服の肩で拭いながら小走りで坂道を下る。

しかし突如、ポケットの中のスマホがけたたましい警告音を発した。

スマホの画面見なくても少し振り返るだけで、閑静な建物に挟まれた坂の上に赤黒い炎が火花を散らしながら円を描き、円の中には幾重にも呪いの文字や図象が重ねられ、塗りつぶされ、表面がどす黒く盛り上がっていくのが見える。硫黄の臭いも強く濃くなった。

スマホのスピーカーから鳴り響いているのは、怪異警報。

普段は目に見えないが、地球上に同じ時間軸を持って存在する異界と、旧・近畿地方内で時間軸が重なり合った時に発せられる警報。

普段は互いの世界は見えず、そう関わることはないのだが、旧・近畿内に点在する特異点と呼ばれる、時間影響を受けない位置で互いの時間軸が重なることで、異界と繋がるゲートが出来る。

古くから精霊や妖怪、幽霊といった想像上の生き物とされるものが現世に存在たらしめたのは、あちら側からこちら側に入り込んできた異界のものが顕現し、各地に紛れ込み、目撃されたものだ。

地球上に並行して存在する世界線であるため、現状の地球よりも高度な機械技術は持ち合わせていないが、エネルギー法則は物理的に異なり、寿命や文化も種族によって違う。

魔法のような超常的な能力を持つものや、人に近い姿や言葉を操るものもいるが、害をなすものもおり、警戒すべき存在ではある。しかし、レーダー等で予め補足しやすい宇宙船からの来訪に比べ、異界は時間軸が重なるタイミングがそれぞれ条件が異なり、ゲートの発生を事前に把握することが難しい。

複数点在する異界の、その中でも特に友好的な大国であった『希望の川』が中心となり、こちら側へと侵攻を進める他の異人による侵略を押し留め、復興への多大な支援もあったのだが、その恩もあるため旧・近畿も強くは出られず、半ば希望の川の属国のような立場となっていた。

現在、地球で捕捉され互いに行き来が可能な異界は、希望の川を含め八十八ヶ所あるが、未確認の場所の方が遥かに多いとされている。そして、正式なゲートを使わずに渡ってくるもののほとんどが、所謂、招かれざるものたちだった。

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