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02-04. 不殺

 




 時々見る、白昼夢。


 ────悲鳴、怒号、血の匂い。


 そして動くものがなくなった後。

 モノクロームの世界で、ただ一人、彼は立ち尽くしていた。



 …………数年前の出来事。

 その筈なのに。

 自分はまだそこに立ってるような気がする。

 戦争は終わってない……誰かが自分に言い聞かせる。度々彼を襲うその錯覚は、己の罪深さを、否応なく自覚させる。


 この機械の体が動かなくなるまで、一生、背負っていくのだろう。彼は、諦念と共にそう思っていた。



 ◇◇◇



 百年前の《大災厄》────それは、人類社会を一変させた。

 陸地の一割が水没。世界各地で、天変地異と飢餓と紛争が頻発し、全人口の実に三割が減少。


 国境も目まぐるしく変わった。要人を狙った暗殺が横行し、短命の独裁政権が乱立した。


 暗黒時代に拍車をかけたのが、《遷移者》の出現だった。《大災厄》の後に生まれた子ども達の中に、鳥獣や虫、機械の部位、特殊能力を持つ者が現れたのだ。

 彼らは社会から爪弾きにされ、一部で虐殺等の深刻な被害に晒された。

 だが、彼らの中から特殊能力を生かし、活躍する者が現れると、風向きは変わった。崩壊した社会秩序を建て直すのに、彼らの力が非常に有用であったのだ。

 その後、偏見が完全になくなった訳ではないが、次第に収まっていく。


 ヴァリエントは当たり前の存在として社会に認知され、その姿を普通に目にするようになった。今や彼らは珍しい存在ではない。

 だが……人類の外見が多様化した現代においても、クロトの容貌は異彩を放っていた。


 体の大部分を特殊な機械に置き換えた、《機巧躯体者》。


 クロトは《機械系遷移者》ではなく、遷移のない《起源者》である。

 軍時代の肉体改造で、首から下に特殊な軍事用ギアである武器と強化装甲、精密機器が詰め込まれた。

 脳には躯体制御のチップが埋め込まれ、右目には軍の科学技術を駆使した義眼が嵌まっている。


 ヴァリエント場合、その特徴は体の一部のみ発現する。クロトのように、ほぼ全身機械で頭だけ生身、というヴァリエントは存在しない。


 完全変化した《機械系遷移者》は頭部まで変化し、暴走すると会話が成立しなくなるので、《レイジング・アウト》とも一応区別はつく。ストライクと出会った時のヴァリエント・マキナがそうだった。

 しかし、紛らわしいのは変わらない。

 《レイジング・アウト》が頻繁に起こるようになって、クロトは季節に関係なく服ですっぽり体を覆うようにしていた。

 完全変化のマキナに間違われたら厄介だからだ。




 少し前まで無職だった彼だが、かつては軍の特殊部隊所属だった。"三年戦争"で従軍し、何とか生還した。

 だが、生き残れたのは運が良かっただけ。彼はそう考えていた。

「一人殺せば犯罪者、千人殺せば英雄」という言葉通り、どんなに持て囃されようが、所詮は殺戮者に過ぎない、とも思う。


 オリジンでもなく、ヴァリエントでもない。

 偶然生き残った、使い捨ての、人殺しの道具。それがクロト・カガネという化物だった。


 そんな化物の自分が──軍を退役して、警察に再就職した。

 スカウトしてきた女は、「捕縛対象を絶対に殺すな」と自分に約束させた挙句、「嘘ついたらゲロ甘いケーキを百個食べさせる」と脅してくる。

 人生は本当に、何が起こるか分からない。


「……生きてるよね?」


 大熊はうつ伏せに倒れたまま、ピクリとも動かない。眉を寄せた相棒の女は、横からそれを覗き込んでクロトに尋ねた。


「生体反応はあるから、気を失ってるだけだ。お前の打った痲酔が効いてる」

「だよね、良かった」


 曇っていた顔が安心したように緩む。クロトはそれを見ながら小さくため息をつく。


 ストライクとクロトは、彼らの上司が無理やり組ませたパートナーだ。

 決定が下された時、ストライクは「納得がいかない!」と強く不満を訴えていた。クロトが嫌だという訳ではなく、単に"首輪"がつけられる事による不自由を嫌ったのだろう。


 結局、渋々パートナーとして彼を受け入れたストライクだったが、「なるべく捕縛対象を殺さない」とクロトに無理やり約束させた。破ったら苦手な甘いものを食べさせる、とも言われている。

 クロトは約束は守る男だ。出来るだけ、それに従ってはいる。だが──


 イライラする。


 擦り傷だらけの女を見ていると、なぜか無性に腹立たしい。

 大体、暴走しているとはいえ、自分を殺しかけた相手を案じる必要があるだろうか。

 完全変化したヴァリエントは危険な存在だ。なのにこの女は、「殺さない」縛りを勝手に設け、一人で何とかしようとする。

 その無謀さも、「自分が来るまで待て」と言ったのに無視された事も気に入らなかった。


「…………」


 任務完了した途端、ピリッと緊張した空気を纏わせていたのが、一気に気の抜けた炭酸のようになってしまう女。

 その、白い耳の乗った頭のてっぺんに、機械の拳が勢いよく落ちた。

 ────ゴン、という打撃音が夜闇に響く。


「ぐあっ、なにすんの!?」

「待てと言ったのに、待たなかったお前が悪い」


 頭をおさえて涙目で呻くストライクをクロトは冷やかに見下ろした。


「いい加減、変な縛りは止めろ。お前が死にかけたら意味がないだろう」

「やだ!」

「全くお前は……」


 呆れ声になったのが自分でも分かる。

 戦闘が楽しくて仕方ない様子なのに、こいつは捕縛対象を生かす事に執着している。どう考えても殺した方が手っ取り早いのに、何故そうしないのか。

 全く不可解だった。


 体の大部分を機械化した元軍人は、知らず、小さなため息をついた。


「致命傷を与える武器もあるだろう。なぜ使わない」

「あたしは殺しとかやんねーんですぅ。いっつも言ってるじゃん」


 女は腰に手を当て、フンと鼻を鳴らした。


「いつかお前が死ぬぞ」

「誰でも、いつかは死ぬよ」


 男の忠告を受け流し、ストライクは子供のような屁理屈で返した。

 金色の瞳の奥に揺れる、微かに昏く翳る。

 クロトは、女が時々するこの眼が、何より気にくわなかった。




 ────軍にいた頃、同じような目をした奴が何人もいた。そいつらは、みんなこの世にいない。生還を果たせなかったのだ。


 昏い目の奥に揺れる、絶望の光。それをストライクの目に見いだす度に、虚ろな顔で戦場に散った仲間が重なった。


 生への執着がない者の眼は、こいつに似つかわしくない。絶対に。


 クロトは物凄くムカついた。衝動に従って、もう一度拳骨をお見舞いする。

 ゴン、と音がした。


「いたいって!ホント何なの!?」


 女は再び頭をおさえて、自分をきつく睨む。ガツッと脛を蹴られたけれど、クロトの足に痛覚はなく、ノーダメージだ。


「ひどい、覚えてろ……!」


 涙目の悔しげなストライクから、仄暗い空気が消える。男は少しだけ溜飲を下げた。

 あんな眼をして、捨て身で危険に飛び込むより、ムカつく相手に仕返しを考えてた方がずっといい。



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