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02-03. 機巧



 大熊が手当たり次第、こちらに物を投げつける。その間隙を突いて、ストライクは建物の屋上から飛び出した。

 空中を移動しながら、腕のギアに仕込まれた銃を続けざまに四発撃つ。眩しく発光するブラスターが、暗闇に白く尾を引いた。

 全弾命中。だが、動きを止めるには至らず。

 厚い毛皮と筋肉に覆われた完全変化のヴァリエントには、然したるダメージにならなかったようだ。怒りを煽るだけの結果になった。

 ストライクは舌打ちする。


「ちっ、やっぱこれ使えねーなぁ!」


 そういえばこいつは《機械系遷移者》の時も役に立たなかった。機動力重視で選択したが、もう少し高火力な武器に変えた方がいいかもしれない……と、空中を移動しながら考える。


「グォオオオオオォォッ!!!」


 怒りに満ちた咆哮が耳をつんざく。

 大熊は手近にあった壁を拳で殴って破壊し、コンクリート片を次々投擲した。小さな石を投げるかのような無造作な動作だが、コンクリート片は人の頭より大きい。当たれば大怪我は必至だ。


「ちょっとは落ち着こーよ、っとぉ!」


 高速で飛翔して石塊を回避しながら、声をかけてみる。だが、獣はグルル……と唸りながら自分を睨みつけるだけだ。


 暴走したヴァリエントは知性を失う。話しかけても人間らしい反応をする事はない。ストライクもそれは分かっている。

 何らかの応答を期待してるわけじゃないけれど、それでも、彼女は話しかけずにいられなかった。

 なぜそうするのか、自分でもよく分からない。


 同じヴァリエントだから。仲間意識があるから。それも少しはあるだろう。

 或いは「自分もいずれこうなるかも」という恐怖や、同胞をぶちのめす後ろめたさがそうさせるのか。多分それもある。


 内心は複雑だが、同時に、ストライクは暴走ヴァリエントとの戦闘も堪らなく好きだった。


 生きるか死ぬか。命の在処を確かめるような興奮と高揚。「生きている」という、この上ない実感。


 自分がずっと求めていたのはそれで、そういう風にしか生きられないのだろう、と思う。完全変化したヴァリエント達には申し訳ないが。

 腕のギアからワイヤーを対象に向けて発射する。

 ワイヤーは大熊の片腕に巻きついた。それを引く寸前、ヴァリエントが腕を振り回した。


「うわぁっ!」


 バゴッと激しい音がして、ストライクの体がコンクリートの壁を突き抜ける。壁には派手な穴が空いた。激突寸前、足のギアを咄嗟に壁側に向けたお陰で擦り傷程度だが、一歩間違えれば致命傷だ。


「ってぇな、っと!」


 さっと体を起こす。ワイヤーは壁にぶつかる寸前に外した。あのままこっちが振り回されては堪らない。

 道路に飛び出し、ストライクはその勢いでガードレールを力任せに引っこ抜き、大熊に向かって投げた。


「歯には目を、目には脳髄を!」


 でたらめを呟きながら、投げたガードレールを盾に目標に接近する。

 大熊がガードレールを腕力に任せて弾き飛ばした。一瞬、がら空きになった背中に回り込む。

 ストライクは拳を握って、それを首筋にぐっと押し付けた。瞬間、ギアから突き出た小さな針が暴走ヴァリエントの首に突き刺さった。


「おっしゃ!」


 それは、大型の獣を秒で昏睡させる超強力な麻酔だ。針は毛皮を貫いて、筋肉層に到達した筈だ。確かな手応えがあった。

 勝利を確信した、次の瞬間。

 隙を突いた大熊が、女をゴムボールのように弾き飛ばした。


「ぐっ……!」


 腕のギアで頭を庇いながら、再びコンクリートにめり込む。地面に崩れ落ちた女に、暴走したヴァリエントが襲いかかる。


「くそ、まだ動けんのかよ!タフすぎだろぉ!」


 大型の獣を眠らせる即効性の痲酔だが、大熊は体格が良すぎて効果が薄かったらしい。

 効果がないわけではない、と思いたいが──

 目の前の大熊は、麻酔の効果を全く感じさせないほどピンピンしている。

 ストライクの脳裏に嫌な考えが過る。

 しくじった、かもしれない。


 ストライクは、振り下ろされた足を横に転がって避けた。

 大熊の足が床にめり込み、床が砕け散る。その足を全力で蹴りつけたが、ギアのパワー補正を持ってしても僅かによろめかせただけだった。

 再び蹴り飛ばされ、ストライクの体は軽々と吹き飛ぶ。


 向かいのビルの壁にぶつかって止まった女を、真っ赤に染まったヴァリエントの目が見据えた。体を低くした獣は、四つ足で駆けてくる。そのスピードはおそろしく早い。


 選択肢は一つ。

 一度空に逃れて体勢を整えるしかない。飛ぶのが間に合えば、の話だが。

 間に合わなければ──その後はあまり想像したくない。大怪我レベルですめばいいな、と思う。


 半身を起こし、背中の翅を羽ばたかせた直後。

 頭上からストライクと獣の間に割って入った影が、暴走する獣を力づくで止めた。




 ────獣を掴んだ機械の腕から、白い火花が散った。辺りが明るくなる程の雷撃が放たれた。


「ガァアアァァッ!!!!」


 堪らず獣が悲鳴を上げた。

 大熊が身を捩って暴れる。拘束する腕に噛みつき、合金に食い込んだ牙が、ミシリと嫌な音を立てた。


 ヴァリエントを止めたのは、頭部以外の殆どが機械化された男。再度、彼の腕からバチッと火花が上がった。二度目の雷撃が獣を襲う。

 大熊は暫く暴れていたが、体から徐々に力が抜けていく。男が手を放すと、ドサリと崩れ落ちた。


 静寂が漂う。

 男がふと口を開いた。


「………ケガは?」

「あー、大きいのはないよ。かすり傷ばっか。つーかほんと助かった。ありがと」


 へらっと笑って礼を言う。


「それはいいが、毎度無茶ばかりするな」


 自分を見下ろす男は無表情だが、淡々とした声には苛ついた響きがあった。

 鋼鉄の手が差し出される。それを握ったらぐいっと引かれて、ストライクは立ち上がった。


 金属装甲と、機械に置き換わった体。闇に溶け込むような黒目黒髪。無表情で冷静──に見えて、案外感情が豊かな元軍人。

 多分、本人はバレてないと思っている。


 彼は──クロト・カガネ。上司に脅され、渋々相棒として受け入れた、特三期待の新人だ。



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