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01-04. 選択

 


 ……すごく、ホラーじみてる。

 モニターに映った女にクロトは絶句した。サーッと一気に目が覚める。


 この女が、どうしてうちのアパートメントのホールにいるんだ……?

 住所なんか教えてない。というか、素性を隠すために黙って消えたはずだ。


『やほー! おにーさん、見てるんでしょ? ちょっとお話しよー!』


 スピーカーから陽気な声がして、我に返った。

 女はカメラに向かって笑顔で話しかけている。

 焦っていて気づかなかったが、そいつは昨夜と違って私服だった。大きめのパーカーで背中の翅ごと覆い、ルーズなオフホワイトのパンツを履いている。

 よく似合っていて、かわいいと言えなくもな…………じゃない。それはどうでも良い。


 心の底から居留守を使いたかったが、相手は何しろ警察だ。私服だからといって、プライベートとは限らない。

 家を知られた以上、無視はまずい。

 クロトは観念して、階下の玄関ホールから住居スペースへ続く扉を解錠した。




 コンコンとノックされて嫌々ドアを開けると、そこに立っていた女は、渋面のクロトに、夏の大陽のような晴れやかな笑みを向けた。


「やあ、こんにちは!」

「…………どうも」

「ねえ、おにーさん。昨日はなんで逃げたの?」

「…………説明が面倒だったからだ。俺の躯体は軍事用だからちょっと特殊でな。というか、どうして俺の家がわかった?」

「んー、それはね、ちょっといい?」


 女は腕を伸ばし、クロトの首筋に触れた。


「これ。ヴァリエントと間違えた時に、逃さないように付けといたやつ」


 女の指先にくっついていたそれは、砂粒のようなサイズの発信器だった。

 おそらく最新機種。軍用の物とは周波数が違うから気がつかなかったのだろう。

 だが、本当なら付けられた時点で気づくべきだった。昨日の自分の行動は、何もかも迂闊だったようだ。


「これを剥がさないまま消えちゃったから、回収しに来たんだよ」

「……なら、用は終わりだな」

「あーーっ! ちょっと待ったぁ!!」


 若干自信喪失してドアを閉めようとしたら、女にガッとドアを掴まれ阻止された。

 こいつも結構な馬鹿力だよな……と思いながら、「何だよ」とぶっきらぼうに尋ねると、


「せっかくだからどっかお茶いかない?おにーさんに話したい事あるし!」


 割と必死な顔で言われた。

 女の頭の上では、白い三角の耳がピッと寝ている。それが更に必死感を出している。


(…………まあいいか。どうせ暇だし)


 就職支援サービスの窓口なら、明日もオープンしている。仕事探しは今日からでなくとも構わないだろう。

 何となく自分に言い訳して、クロトは女の誘いに頷いた。別にこいつが好みだったからとかではない。断じて。



 ◇◇◇



 クロトが住んでいる地区は、どちらかといえばあまり裕福とは言えない住民が集まっている。

 高齢の世帯が多いからか、若い女性が好きそうな、気の利いたカフェなんかは存在しない。

 アパートメントの近所には食堂に毛が生えたような店しかなかったが、女は「ここでいいよね!」と言って、気にせず中に入っていった。彼もその後についていく。


 クロトは《機巧躯体者(サイボーグ)》で首から下はほとんど機械だが、消化器官はオリジナルだ。食事は普通の人間と変わらない。

 適当な席に座って、目の前の女に「何か食うか?」と尋ねる。


「あたしはコーヒーでいーや。ご飯は食べてきたし」

「……そうか」


 クロトはレトロな昔ながらの唐揚げ定食を頼み、店員に出された水を飲んでいると、


「おにーさんて、無職だったよね?」


 いきなりの豪速球に水を噴きそうになった。

 辛うじて踏みとどまったが、すぐには気持ちを立て直せない。

 機械化した影響で、彼の喜怒哀楽は一気に乏しくなったので、表情にはさほど出てないのが不幸中の幸いか。

 ……いや、出てないと思いたいだけかもしれない。この場合。


「何が言いたい?」


 声が不機嫌になったのは致し方ない。だが女は気にした風でもなく、コテンと首を傾げた。


「あ、気を悪くしたらごめんね。確認したかっただけなんよ」

「…………」

「それで本題なんだけど。うちの部署って結構な人手不足でさー。おにーさんめっちゃ適性ありそうだから、スカウトしに来たってわけ。どう? うちで働いてみない?」

「……水商売の、怪しい誘い文句みたいだな」

「ちがう!ちゃんとした公務員だってばー!」


 女は不満そうに口を尖らせた。

 軽い口調に呆れたが、うちの部署、という点は興味を引かれた。

 彼女と同じ職種なら、去年あたりに発足したという《レイジング・アウト》専門の対策チームだろう。

 ────彼女の所属は、


「対暴走ヴァリエントの特殊部隊か」

「そうそれ!」


 パチン、と指を鳴らし、女は嬉しそうに笑った。そして畳み掛けるように利点を挙げていく。


「危険手当、深夜手当つくし! 基本給も悪くない! 公務員だから福利厚生しっかりしてる!

 長期休暇は無理だけど、チームで融通して、一日二日なら有給も簡単に取れちゃう!」

「…………悪くないな」


 それを聞いたクロトは、顎に手を当てて真面目に考えこんだ。


 …………聞けば聞くほど、悪くない。否、ハッキリ言って魅力的な誘いだ。

 警察なら身分保障もクリア。女の言う様に、適性に関してもおそらく問題はない。


 クロトは昨日の事件を振り返った。あの程度の暴走ヴァリエントなら、対応できる自信はある。

 軍にいた頃の経験が存分に生かせる。かつ真っ当な仕事。給料もそこそこ貰えるらしい。

 少なくなった預金残高が頭をよぎる。

 願ったり叶ったり、というか、怖いくらいに好条件だった。


 最後の可能性──この女が詐欺師である可能性について考えてみたが、彼は即座に「それはないな」と打ち消した。

 目の前の女は、確かに警察官だろう。そうでなければ、あれほど高機能な装備を身につけ、街中でブラスターをぶっぱなすなんて不可能だ。

 それに、この女は人を騙すのが得意そうに見えない。感情のままに動く白い耳を眺めながら、クロトはその確信を深めた。


 男は即決した。背に腹は変えられない。


「悪くない話だと思う。紹介してくれ」


 すると、期待をこめてクロトを見つめていた女の顔が、ぱぁぁぁっと輝いた。


「よっしゃ、じゃーさっそく上司に連絡するねー!」


 女はその場でデバイスを取り出すと、「あー課長? 例のおにーさん、オッケーだって! 面接はいつにします?」と、怒涛の勢いで連絡を取りはじめた。

 クロトはそれに少々圧倒されながら、運ばれてきた唐揚げ定食を黙々と食べはじめた。




 それから数日後。

 クロトはその上司と面接し、銃の扱いなど幾つかの実技試験を経て、あっさり採用が決まった。人手不足だと言っていたのは本当だったらしい。


 女が保証した通り、提示された給料や待遇は悪くなかった。それに彼は、即戦力としてかなり期待されている。

 事実、滑り出しは順調だった。

 幾つかの事件対応を経て、上司に「よくやってる」というお墨付きも貰った。


 だが、クロトと女にとって一つ誤算があったとすれば────

 上司命令で、彼らは職務遂行上のパートナーとして組まされた事だった。



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