表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/15

01-03. 共闘

 


 真剣な金色の瞳に見据えられ、クロトは眉を上げた。


「何だって?」

「だから、相手を殺さないでほしいんだ」

「何故?」


 思わずクロトは聞き返した。

 悠長に話してる場合ではないが、戦闘に突入するかもしれない以上、理由は確認しておきたい。


 完全変化したヴァリエントは、知性を失って凶暴化するという。それを殺さずに対処なんて可能なんだろうか。

 ……いや、かなり無理があると思う。


 しかし、軍と警察では規律が異なるのも事実。だからクロトは彼女の真意を確認しておきたかった。

 だが返ってきた答えは、


「何でって、あたしが生かして捕まえる主義だからだよー?」

「……は?」

「あ、おにーさん来たよ!」

「!」


 彼が何か言うより早く、近くのコンクリートの壁がミシリと軋んだ。直後、壁は弾けるように砕け散った。


 ドゴォオォォッ!!!!


 轟音。砲弾のように飛んでくる破片を避けて、女は空中に、クロトは横に跳んで回避する。



 シュー…………シュー………………


 …………カシャン、カシャン…………



 不気味な呼吸音。金属が地面にぶつかって生じる足音。

 破壊された壁の向こう。暗闇から浮かびあがるように現れたのは────頭の先から爪先まで、全身が鋼鉄の機械に置きかわった、捕縛対象。

 完全変化した、《機械系遷移者(ヴァリエント・マキナ)》。



「オォ………オォォ………」



 嘆きとも怒りともつかない、呻きのような、不明瞭な音声。カタカタと首を不自然に動かし、暴走ヴァリエントの赤く光る瞳が二人を見据えた。


 骸骨を思わせる禍々しい外骨格。髑髏のような頭部。その隙間に、螺子や金属で構成された複雑な機巧が覗く。男か女かさえ判然としない。

 クロトは相手を見据えた。


 《遷移者(ヴァリエント)》が完全変化すると、ほとんどのケースで巨大化するというが、目の前のヴァリエント・マキナも二メートルをゆうに越える。

 クロトの左眼が解析を開始、的確に情報を処理していく。《機巧躯体者》であり、元軍人で戦闘経験豊富な彼は、暴走ヴァリエントを前にしても動揺はなく、冷静だった。


 いや、むしろ、日常で濁った思考がクリアになってゆく。

 ただ、目の前の敵に集中する。


 完全変化したヴァリエント・マキナが、影のようにゆらりと揺れた。

 同時に、軽い発砲音。

 上空からブラスターの連射がヴァリエントを襲った。だがヴァリエントの機械の体は、高エネルギー弾を滑らせるように弾いた。


「効かねーんかい! つっかえねーなぁ!」


 女は舌打ちして、腕のギアからワイヤーを放った。それを、無造作に振り上げたヴァリエントの腕に巻き付かせる。

 よく見ると、ヴァリエントの腕の先には五本指の手がない。代わりに、鋭く尖ったスクリュー型の刃に変形していた。


 ヴァリエント・マキナが体を低くする。同時に、ウィーンという微かな振動音が響いた。

 腕の先のスクリューの回転数が上がっていく。


「物騒な武器持ってんじゃーん」


 女は軽口を叩きながら、ワイヤーの端をすぐそばの街灯に素早くくくりつけた。


 拘束を試みたのだろうが、それは失敗に終わった。

 暴走ヴァリエントのパワーは予想以上だった。

 そいつが腕を鬱陶しげに振り回すと、ワイヤーが巻きついた街灯の支柱は、ボキリと真っ二つに折れてしまった。

 そのまま自分の方に飛んできた柱を、暴走ヴァリエントはスクリューで粉砕する。


「くそっ」


 女が舌打ちして銃で牽制する。だが、鎧のような鋼で覆われたヴァリエント・マキナには効果がない。


 ヴァリエント・マキナの体が一瞬深く沈みこんで、女の方に飛びかかろうとした刹那。

 クロトは咄嗟に、体当たりでそれを突き飛ばした。ヴァリエントの巨大化した体躯が轟音を上げて、ビルの壁に突っ込んでいく。


「わお、おにーさん馬鹿力だね!」


 感嘆を聞き流し、クロトはヴァリエントに接近する。相手が起き上がる前に、回し蹴りで再度沈ませた。


「おにーさん、ちょっと避けて」


 その声を聞いて、反射的に一歩横に退いた。

 女が再びワイヤーを繰り出す。


 今度は巻き付けるのではなく、鋼鉄を貫通する勢いで撃ったらしい。矢じりのようなワイヤーの先が、ヴァリエントの肩に突き刺さる。

 ヴァリエントがそれを掴んだ。だが、抜かれる前に、ワイヤーを通じ高圧電流が迸る。


 網膜を灼くような、強烈な光が辺りを照らす。


 が、それはほんの一瞬だった。

 辺りはすぐ、元の闇に戻る。

 物が焼ける、焦げ臭い匂いが辺りに充満した。見ると、捕縛対象はネジの切れた玩具のように、ぐったりと動かなくなっていた。


「…………あんた、さっき俺に、『ヴァリエントを殺すな』とか言ってなかったか?」

「電圧加減したから生きてるよ。ちゃんと生体反応もあるからだいじょーぶ!」

「…………」

「よし、捕縛成功ー!善良な市民のご協力に感謝します!」


 ビシッと敬礼されたが、いまいち軽い。

 ニコニコと機嫌の良い女を横目で見ながら、ため息をつく。

 と、そこに「おーーい!ストライク、お前また先走ってるやんか!!」と怒声が降ってきた。

 見上げると、車体に"POLICE"と書かれたエアロバイクが二台、降下してくる所だった。

 警察の仲間がやってきたらしい。


 面倒だな……と思ったクロトは、早急にこの場を立ち去ろうと決めた。

 幸い、彼はヴァリエントや女から少し離れた、薄暗い場所に立っている。降下してきた連中にはまだ、気づかれてないだろう。

 …………事件に関わったとなれば、詳しい調書を取られたり、素性を探られる。軍事用に開発された彼の躯体は、説明がかなり面倒なタイプだ。警察とは出来るだけ関わりたくない。


 男は、闇に溶けこむように路地の奥に退がった。さっと踵を返し、静かに走り出す。

 直後、「あれー、おにーさんどこいった?」と自分を探す女の声は、聞かなかった事にしておく。

 全力で夜の街を駆け、避難区域外に出たところでようやく一息つく。


「…………鎖、早いとこ交換しよう」


 拳に握ったままだったタグに視線を落とし、クロトは家に向かって歩きだした。



 ◇◇◇



 そして翌日。


 思いきり体を動かしたせいか、久々に夢も見ずに深く眠った。そのせいかスッキリした気分で目が覚めた。


 クロトは無職である。だから朝は遅い。時間に追われず悠々自適に生きている……と言えば聞こえはいい。だが、所詮は無職である。

 当然ながら、クロトの懐事情はあまりよろしくない。懐が寒い、を通り越して、真冬の北極寸前だ。

 退役する時に貰った退職金は底を尽きかけ、恩給はため息が出るほどに少ない。更に、この躯体はメンテナンスにやたら金がかかる。


 無職だと身分的にも不安定だ。例えば昨日のような事件に巻き込まれた場合、不審者として長期勾留されかねない。その事実に、クロトは今更ながら気がついてしまった。


 働きたくはなかったが、仕方ない。

 クロトは黒髪の頭をかきながら、「今日は就職支援サービスの窓口に行くか……」と呟き、ベッドから起き上がろうとした。その時。

 ブー、ブー、と来客を告げるブザーが狭い部屋に鳴り響いた。


「なんだ、朝っぱらから……」


 彼は眉を寄せた。デリバリーや来客に心当たりはない。今月の家賃はもう納めた。

 誰だろうと思いながら、モニターを起動。

 すると、そこに映っていたのは────


 昨夜、暴走ヴァリエントを止めるために一緒に戦った、鮮やかなオレンジ髪の女だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ