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01-02. 誤解

 


 街灯に照らされた敵対者。その姿を捉えて、クロトは黒い目を見開いた。


 蜻蛉のような透明で薄い(はね)

 街灯の光に浮かびあがる、燃えるように鮮やかなオレンジの髪に包まれた頭には、真っ白な獣の耳が生えている。そして腰のあたりにフサフサとした尻尾が揺れる。


 おそらく虫蟲系(バグア)鳥獣系(アニマ)、二つの特性を持つ《二系統遷移者(ダブルヴァリエント)》。

 年齢はおそらく二十代前半。

 女のジャケットには、ネオンカラーで大きく"POLICE"と書かれていた。相手はどうやら警察官のようだ。


「え。えっ!?」


 戸惑う声に、手加減した拳は──空を切った。女が(はね)を静止し、ヒュッと落下して避けたのだ。


「ちょ、おにーさん待って!」


 続けて繰り出した蹴りも、宙返りで躱される。驚異的な反射神経だ。

 クロトは普通の人間ではない。軍人時代、人為的な強化措置を受けている。戦闘データもある。それなのに、こうも易々と避けられたのが信じられない。


 重力に引かれ、クロトは地上へと落下した。

 一方、女はまるで、蜂のように自在に空を飛び回っている。


 着地。足裏に、ガツンと衝撃が走った。アスファルトが抉れたように大きく窪む。

 クロトは暗い上空に目を眇めた。


 ──何か、行き違いがありそうだ。


 クロトは兵士としては特殊な部類だった。

 体の大部分が機械に置き換わった、《躯体機巧者(サイボーグ)》。それが彼を示す属性だ。

 警察による襲撃の原因は、おおかた予想がつく。彼の躯体が、完全変化した《機械系遷移者(ヴァリエント・マキナ)》に酷似してたのだろう。


 クロト自身も《レイジング・アウト》事件の報道を見る度に、完全変化した《機械系遷移者(ヴァリエント・マキナ)》に間違われるかもしれない、と危惧していたが、おそれが現実になったらしい。

 服で躯体を隠していたが、女が着用している高機能ギアマスクにスキャンされてしまえば、何の意味もなかったんだろう。


 クロトは上空にいる女を見上げ、誤解を解くために声を上げた。


「俺はヴァリエントじゃない、《機巧躯体者(サイボーグ)》だ」

「わ、喋ったぁ!てことは、思いっきり人違いじゃん!マジかーうわーごめんなさいっ」


 ふわりと着地した女は、背中側は肩甲骨までむき出しのノースリーブの黒ジャケットに、肘から先と膝下をギアで固めている。

 顔の下半分はギアマスク、目元は透明のバイザーを装備していた。

 見るからに特殊な装備で──彼女の任務は、暴走ヴァリエント制圧だと考えて間違いない。


 女はクロトをまじまじと見て、申し訳なさそうに謝罪した。


「今日の捕縛対象って《機械系遷移者》だったんだよ。だから間違えちゃったー。ほんとごめんね」

「ごめんで済むなら警察は要らん」

「だよねー。まぁ、あたしがその警察なんだけどー」


 女は、へらりと笑った。が、ギアに仕込まれた銃は油断なくクロトに向けられている。


「で、おにーさん何者?なんでそんな機械の体してんの」

「俺は元軍人なんだ」

「へーえ。なら今は一般人てことか。職業は?」

「……無職」

「えーほんとにー? 殺し屋とかやってない?」

「そんなわけあるか」

「そーかなぁ。だってそういう雰囲気あるもん」

「正真正銘の、無職だ」

「あは、そっか、ごめん疑って」


 うんざりして返すと、相手はプハッと吹き出した。それからやや表情を改める。


「一般人なら、避難命令に従ってもらわなきゃ困るよ。封鎖されてるとこウロウロされたら、めちゃくちゃ紛らわしーじゃん」

「そりゃ悪かった。落とし物をしたんで、どうしても探したかったんだ」


 こちらも謝ったら、女は金色の目を細めた。


「そしたらルール違反はお互い様だね。じゃあ、あたしが撃ったの、無かった事にしてくんない?」

「…………」

「おにーさんみたいに無職になったら、マジで路頭に迷っちゃう。お願い!」


 女は銃を下げ、拝むように手を合わせつつ、情けない顔をした。

 多少引っ掛かる物言いだが、仕事を失う、という彼女の懸念はそのとおりだろう。

 警察官がろくに確認もせず、一般人を撃った事が発覚したら、懲戒免職になってもおかしくはない。


 それに、避難命令を無視したクロトにも非はある。完全変化したヴァリエント・マキナと紛らわしいのも事実だった。

 男は小さく嘆息して頷いた。


「…………わかった。黙っててやる。俺にも落度はあったしな」

「やたー! おにーさん話が分かるね!」

「俺の探し物はお前の足元にある。それを拾ったら、大人しく家に帰るさ」

「…………これ?」


 落ちていた銀色のタグを拾って、女はこちらに放った。それをキャッチして、「煩わせたな」と踵を返そうとして──

 躯体に埋め込まれたセンサーが、クロトの脳に再びけたたましく警告を発した。


「…………どうやら、本物が接近中みたいだぞ」

「だね。おにーさんはさっさと逃げた方がいーよ」

「多分手遅れだ」


 身構えたクロトに、「応戦する気?」と女が尋ねる。


「向こうが攻撃してきたら」


 淡々と応じれば、ダブルヴァリエントの女はやけに真剣な声で言った。


「相手を殺さないって約束してよ。でなきゃすぐ逃げて、おにーさん」



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