契約少年の一幕
狭間世界に関係するお話ですが、このお話が本編に繋がるのはかなり先になりますのでこういう子が居るんだなぐらいに考えて頂ければ幸いです。
ある事件を境に悪魔と契約し名を失った少年。その少年は世界を越えて力を集めていた。何十年、何百年、何千年の時を過ごしているが、力が集まるのは微々たるものだった。それでも少年は諦めず延々と力を集めていた。自分の希望であり絶望を討ち果たす為に。…そんな少年は今、機械がありふれている街にいた。この世界のイメージは、いわゆる『スチームパンク』というやつである。
「…くっそうるせぇな。耳を塞いでも音が響きやがる。」
昼も夜も絶えず機械の動く音が止まない。少年は路地裏を適当に歩き回り日々を過ごしていた。
「おっ、エサが釣れたな?」
少年の前後に立ち塞がる複数の男達、その手には鉄パイプが握られており少年を傷つけるには十分な装備だ。
「大人しくしろ。命までは取らないさ。お前を売って稼がせてもらうがな。」
男の内の一人がそう話しかけてくるが、少年は鼻で笑った。
「あぁ?聞こえねぇなぁ。もっとしっかり話してくれや。」
「…抵抗するなら痛い目見てもらうって事だ。」
男は不機嫌そうにしながら言った。その言葉を聞いた少年は高らかに笑い始めた。
「何が可笑しい!!」
「ひぃ…ひぃ…笑わずにはいられねぇだろ?だってよぉ…」
少年は笑うのを止めた。しかしその顔には悪魔のような笑みが浮かんでいた。
「てめぇらに勝ち目なんて一切無いんだからよぉ。」
「っ!?捕まえろ!!」
笑みにすこし怖気づきながらも男達は揃って少年に襲い掛かった。
「その距離じゃ、俺は止められねぇ。」
少年の手には一本のフォーク。少年は手の中でフォークを器用に回し、そのフォークを地面に突き刺した。
「ぐはっ!!」
少年の周りに生える無数の黒い槍。先端は三又に分かれている悪魔が持っていそうな禍々しい見た目だ。その槍が男達全員を刺し貫いている。
「…弱ぇ。」
少年はそう言うと男達の懐や荷物を漁り、一通り回収してからその場を後にした。
少年が世界を越えてから始めに行う事は大抵資金集めである。わざと路地裏を歩き、かかって来た馬鹿な輩を返り討ちにしてその荷物を頂く。これが意外と楽なのである。出来ない世界であればまともに稼ぐだけであるが…
「金はまぁ、ぼちぼちか。」
少年が戦利品を確認しながら歩いていると、再びエサが釣れたようだ。
「ボス。いい感じの子供がいますぜ。」
「丁度いい。臨時収入といこう。」
男達は抱えていた大きな袋を地面に軽く投げた。すると中から「うっ。」っと声が聞こえて来た。
(ほーん。誘拐かぁ?随分とまだ幼ねぇみてぇだが。)
声からしてまだ5、6歳ぐらいだろう。少年が袋を見ているとボスと呼ばれた男が話しかけて来た。
「これが気になるのか?安心しろ。お前もすぐに同じにしてやる。」
ボスが首で指図すると、男達が一斉にかかって来る。
「ハァ…めんどくせ。まぁいいや。遊んでやるよ。」
少年は拳を固め、殴りつける。その速度に男達はついて行けなかったようだ。一人目は顔に左フックを受け右の壁に衝突。二人目は下からアッパーを決められ宙を飛び頭から自然落下。その後も少年はフォークを使わずに手と足のみで男達をぶっ飛ばして行く。かなり余裕があるのか暇そうに「ひとーり、ふたーり…」と数を数えている。その光景を見たボスはその場を部下に任せ、一人袋を抱えて逃げ出した。
「くそ!何だあいつは!」
ボスはそのまま拠点である建物へと逃げ込む。
「どうしましたボス!!」
「警戒態勢を敷け!念の為だ!」
ボスは袋を抱えたまま自室へ逃げ込む。
(ここまでくれば問題無い。警戒態勢の中では貴族の兵隊でも易々と抜ける事は…)
「みぃーっけ。」
「はっ?」
声が聞こえると共にボスの胸から黒い三又槍が生えた。
「な、何故、ここが…。」
「俺は執着深くてねぇ、自分より格下のクズを見逃す事はしないんだわ。じゃあな。」
少年が槍を引き抜き、ボスはそのまま動かなくなった。少年は子供が入っているであろう袋を担ぎ、その部屋を後にする。
「さて…臨時収入と行くか。」
その顔には相変わらず悪魔の笑みが張り付けられていた。
しばらく後、街の自警団や貴族の私兵が誘拐犯の根城を特定し、乗り込んだが、その建物にはボスを含めた死体のみ残っており、金品、宝石類等の金目のものは死体の周囲含めて一切残って無かったという。
路地裏の一角。指の上でフォークを回す少年と袋の上で寝ている子供がいた。
「…ん。あれ、ここは?」
「お?ようやくお目覚めか。」
「だ、誰?」
「おぉ、いい警戒心だな。俺は気まぐれでお前を助けた恩人って奴だ。」
「そうだ。僕は誘拐されて。」
少年は子供から話を聞いた。家族に役に立たない子供として扱われ、我慢の限界で家を飛び出し、最終的に捕まったそうだ。
「はははっ!!随分な事だなぁ!おい!」
「笑い事じゃ…」
「なぁお前。俺と契約しねぇか。」
「え?」
ポカンとする子供に少年はうっすらと笑みを浮かべ語りかける。
「親を見返したいだろ?世界に認めてもらいたいだろ?その願い、俺が叶えてやるよ。」
「でも、僕に見返せるものなんて…」
「ここは随分とうるさい機械で溢れてるじゃねえか。それでも極めてみたらどうだ?頂点に立ち、世界中に崇められる。最高だとは思わねえか?」
「…うん。なってみたい。世界の頂点に!」
子供の答えに少年は大声で笑う。
「そうだ!それでいい。そうなるまでの過程を俺がこっそりサポートしてやる。力、富、名声、すべてを与えてやる。…その代わり、お前の名を借り受ける。」
「僕の、名前?」
「そうだ。お前は名前を失い、一度世界の全てに忘れ去られるだろう。だがそんなの些細な事だ。今お前には何も無いだろう?」
「…うん。お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、僕は要らないって言ってた。」
「だったら問題ない。何だったらマイナスからじゃ無く0から始められるんだ。むしろお得ってもんだ。」
「渡すよ。僕の名前。」
「契約成立だ。お前の名前は?」
「…マイク。」
「マイク。お前の名前は俺が借り受ける。だが注意しろ。お前が自分を失うか、獣に落ちた時、俺はお前の名前を返すと同時にお前の力を頂く。…忘れるなよ。俺はいつでもお前を見ている。」
少年は子供に先程手に入れた金や宝石を渡し、その場を去って行った。その後マイクだった子供は機工技術を極め、人々に無名の最高機工士と認知されていった。
そして10年後。
「よぉ。話すのは久しぶりだなぁ。元気だったか。」
「最高です!最高の気分です!もう誰も僕を越えることは出来ない!僕がこの世界の最強。そう!神と同等の存在!」
ほとんどの建物が崩れ去っている中、大きな機工人形の肩の上で天を見上げ感傷に浸っているマイクだった少年。その姿を少年は少し拗ねたように見る。
「どうだ?全てを殺し、神にすら挑もうとするその気分は。」
「おや?あなたは誰ですか?あまりにも小さすぎて気付きませんでした。」
「クククッ、随分と変わっちまったなお前は。」
「?えぇ、変わりましたとも。人間なんていらなかったんです。僕だけが居て、機械を導く神になればいい。」
「…そうか。」
少年は笑みを無くし代わりに悲しげな表情を浮かべる。
「マイク。お前にこの名を返そう。そしてお前の力を頂く。」
「何を?」
「契約執行だ。お前のその在り方はもう…獣同然だ。」
「獣?結構!!どうせそう呼べるものは居なくなり僕はこれから神になる!!誰も止める物は居ない!」
「ちっちぇえな。」
「何?」
「聞こえなかったか?もう一度言ってやるよ。ちっちぇえっつったんだ。」
「僕を…この僕を侮辱するかぁぁぁぁ!!」
マイクは機工人形を動かし少年に向かって鋼鉄の拳を振りかぶった。その拳はあまりにも大きく、とても躱せるものではない。
「はぁ、つまらねぇなぁ。」
ガキンと音がする。鋼鉄の拳は少年に届くことなく、フォーク一本で防がれている。
「は?」
マイクはその光景を理解することが出来なかった。とても防げるような物では無い。あんな物、どこの食卓でも見る事が出来る、金属のフォークなのだから。
「どうした?終わりか?」
「!?」
マイクはひたすら機工人形で攻撃を続ける。少年はあくびをしながらフォークで受け止め続ける。
「何故!?何故何故何故何故何故ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「…言っただろ。」
「!?」
少年は人形の拳を弾き、空高く舞い、遥か天空にその身を留める。そして上に手を伸ばすとそこに大きな禍々しい穴が開く。そこから穴ギリギリの大きさの三又槍が出現する。
「…ちっちぇえって。」
特大サイズの槍は機工人形の体に刺さり、機工人形は大爆発を起こした。マイクは地面に落ちていく。そしてマイクが落ちた所には…
「ぐはっ。」
三又槍が生えていた。その時点でもうマイクの命は無く、槍が消えると地面に血だまりを作った。
「お前の力、確かに頂いたぜ。…さて世界の裂け目でも探しますかね。」
少年はその場を離れていく。途中で振り返り血だまりに沈むマイクの死体を見た。
「人間ってのは愚かだよな。…子供のまま、夢を輝かせてりゃいいってのによ。子供のお前の瞳は、確かに輝いていたぜ。」
少年は再び前を向き、その場を後にした。
その後、少年は多くの世界を渡り歩いた。その間も何度か契約をしたが、その契約者は皆必ず彼に殺されることになった。
ある時は稀代の魔術師になり世界に破滅を起こそうとした少年が、
ある時は騎士団長となり国に操られ、傀儡となってしまった少女が、
ある時は裏社会に生き、世界を恐怖に陥れた少年が、
ある時は科学者になり、人体を弄ぶようになった少女が、
ある時は幸せに生き、その幸せを失って暴走した青年が、
そして彼はまた世界を越える。
「いてっ。」
頭から地面に落ちた場所は森の中、周りを見渡すと付近に松明が飾られた洞窟がある。
「ラッキー。」
少年は悪い笑みを浮かべてその洞窟に向かっていった。
入り口に着くと見張りの男が少年に気付き話しかけてきた。
「おいお前!何者だ!」
「あぁ?通りすがりの旅人だろ?見て分かんねえのか?」
「ここは俺達山賊の長、ゲイブ様の居る拠点だ!子供はとっとと失せろ!」
「ほーん。いい事聞いちまったなぁ~。山賊の長ねぇ~。」
少年はフォークを手に持ち男に見せつける。男は少年の行動に意味を見出せず警戒してはいるものの行動はせず少年を見続けている。少年は手に持ったフォークを反対の手の平に当てた。その瞬間男の胸から三又槍が生える。男は何が起きたのかすら分からないまま地面に倒れた。
「面白そうだし…潰すか。」
稼ぎのついでに面白そうという理由で少年は山賊を潰すことにした。
…結果、山賊はあっけなく潰されてしまった。ゲイブという山賊の長もすぐに命乞いし始めた為、少年としては消化不良である。
「ちぇ、つまんねぇ。」
山賊を皆殺しにし、洞窟を後にした少年は再び森を歩く。しばらく歩いていると街道らしき道に出た。道の先を見てみるとかなり遠いが街が見える。
「今回はあそこを拠点にするか。」
少年そう呟き、街に向かって歩こうとすると小さく赤ん坊の泣き声が聞こえて来た。
「赤ん坊?何でこんな所で。」
少年が泣き声の聞こえる方へ向かうと道沿いの木の下にかごが置いてあり、その中から聞こえてくるものだった。
「…ちっ、捨て子か。胸糞わりぃ事しやがる。」
少年がかごの中を覗くと赤子と目が合う。そのまま見続けていると赤子は笑顔になり喜んだ。
「何で俺の顔見て笑うかねぇ。まぁいい。このまま置いてく選択肢はねぇしな。」
少年はかごを持って街へと歩き始めた。
…15年程過ぎた街中、フードを被り、バックを背負った一人の少女が路地裏を歩いていた。その少女の進む道を塞ぐように男達が現れる。
「やぁお嬢ちゃん。君のその荷物をおじさん達にくれないかな?おじさん達お金が無くってさぁ。」
「………。」
「ねぇ頼むよ~。」
「………。」
「おい、黙ってないでなんか言えよ。」
何の反応を示さない少女に男達のリーダーが機嫌を悪くする。
「ちっ、つまんねぇな。おい!捕まえろ!傷はつけるなよ!価値が落ちちまう。」
複数の男達がゆっくりと近づいて来る。少女はゆっくりとフードを外し、夜空の様に深い青色の髪を晒す。それを見た男達は立ち止まる。
「その髪色、ま、まさか!」
「流星の…ステラ…!!」
少女は首をちょこっと傾けて一言、男達に向かって表情も変えず言い放つ。
「…実力差も…分からない?」
男達はその言葉に憤怒したり恐怖したりしたが、その誰もが次の行動を起こすことが出来なかった。
既に上半身と下半身が分かたれていたから。
ステラと呼ばれた少女は動かなくなった男達の懐や荷物から金や有用そうなものを全て抜き取り、その場を後にした。
次にステラが向かったのは冒険者ギルド。彼女が冒険者ギルドに入ると受付の人が迎えてくれる。
「あら、ステラちゃん。お疲れ様。依頼の件?」
「ん。」
ステラは受け付けの台に依頼された素材を並べる。
「一つ、二つ…うん。ちゃんと足りてるね。これで依頼は達成です。お疲れ様。」
「ん。」
「ちょっと疲れてるかい?これあげるから少し休んで来な。」
少女は受付の人から貰ったカップを持って壁際のベンチに腰掛ける。カップの飲み物を飲みながら休んでいると受付の人から声をかけられた。
「ステラちゃん。ギルドマスターから呼び出しがあるわ。」
「…ハァ。」
ステラは最近よくギルドマスターに呼び出される。その理由はいつも同じである。
「君に悪魔の討伐隊に参加して貰いたい。」
「…断る。」
数年前からこの街の付近に出没している悪魔。人の姿をしており、魔族の偵察隊ではないかと噂されている。
「何度頼まれても受けるつもりは無い。」
「理由を教えてはくれないのかい?」
「無理。」
ギルドマスターはため息をついてからしょうがないと立ち上がる。
「これだけはしたくなかったのだがしょうがない。」
「…何を…っ!」
ステラは突然眠気に襲われ、地面に座り込む。その姿をギルドマスターは見下す様に見る。
「大人しく従っていればこんな事しなかったというのに。」
ステラは意識が無くなるまでずっとギルドマスターを睨めつけていた。
それから数日後、街の外、少し離れた平原にひとりの少年が立っていた。
「『臆病者でなければ今日平原にて姿を現せ』って町中に張られていりゃ嫌でも目に付くぜ。ったく、何を企んでるんだか。」
少年は赤子が育った後、赤子に契約を施し、街を後にして周囲の森や洞窟を回り、賊が居れば強奪し、強そうな魔物が居れば狩っていた。
「どうせあのギルドマスターが嚙んでんだろ?」
少年は所々の賊のアジトを潰していく中、賊と積極的に交流している人物がいる事を掴んだ。それがギルドマスターであった。なんとギルドマスターが違法の品の売買や、人の誘拐を手助けしていたのだ。
「遅ぇな~。」
少年は平原に寝っ転がる。そのまましばらくいると街の方から足音が聞こえてくる。その音を聞いて少年は起き上がり、目線の先にある小隊を見た。
「おいおい、あいつ何やってんだ?」
その小隊の先頭には、少年が赤子から育て、冒険者となっていたはずの少女の姿があった。
(確か今はステラって呼ばれてるんだったか?)
少年は不思議に思いながら小隊の到着を待つ。小隊が到着すると小隊からステラともう一人、大柄の男性が歩み出てくる。少年はこの男性がギルドマスターであると直感した。
「貴様だな!数年前からこの付近を荒らして回っている悪魔というのは!」
「この付近を荒らして回ってるって?そうだなぁ。あんたと関わりのある賊の連中なら何度も潰してやったが?それがどうかしたか。」
「貴様が居なければもっと早くこの街は私の物になっていたというのに!」
(後ろの連中に動揺の気配無し、か。まぁ、あいつの状態を見ればそうだろうなぁとは思ったが。)
ステラの眼に意志は感じられず、まるで人形の様に付き従っている。
(あれじゃあ、ダメか。…あれだけ注意するように言ったのにな。ったくよぉ。)
「この娘は貴様の知り合いか?」
「あぁ?そうだな。一応知り合いだな。」
「そうかそうか!ではこれの命が惜しければ貴様の首を差し出せ。」
「はぁ?」
少年は心底驚いた。冒険者のギルドマスターがステラの首筋にナイフを当てながら取引を持ち掛けてくる。それがさも当然であるかのように。
(なるほど…なるほどな。)
「どうした!早く首を差し出せ!」
「あーはいはい。」
少年は自分の顔と同じ顔を作り出し、ギルドマスターに向かって投げる。…もちろん上投げで。
「うおぉ!?」
ギルドマスターは咄嗟に回避したが、顔はそのまま後ろに飛んでいき、小隊と馬車の所で爆発を起こした。
「き、貴様!いきなり何をする!」
「えぇ~?言われた通り首を差し出しただけだろーが。後ろ見てみろよ、お前が躱しちまったから小隊無くなっちまったぜぇ。かわいそうに。」
「こ、この人殺しめ!」
「人殺しぃ?ハッ!笑わせてくれるぜ!てめぇ自分が人を殺した事無いみたいな言い方するじゃねぇか!」
「私は悪人を罰した事はあれど善人な者達を殺した事は無い!」
「クハハハハ!お腹いてぇ!随分とジョークが上手なようだ!自分の部下である冒険者たちをよぉ!薬を使って?精神を崩壊させた挙句?自分の駒として利用しているお前が!善人な者達を殺した事が無い!?クハハハハ!!冗談も大概にしろよ!」
「貴様!!その態度気に食わん!今すぐこいつを殺してもよいのだぞ!」
大声で笑っていた少年は笑うのを止め、突然無表情になりギルドマスターに顔を向ける。
「あ?殺せよ。」
「な、何!?」
「聞こえなかったか?とっととそいつ殺せっつってんだよ。」
「貴様、こいつの知り合いじゃないのか?」
「知り合いだよ。特別な契約をした仲でなぁ。そいつは契約違反を犯した。だからそいつは殺さなくちゃならなくてよぉ。お前が代わりに殺してくれるなら万々歳だ。ほら、どうした?とっとと殺せよ。お前がそいつを殺した後、俺がお前を殺してやる。そうすりゃ全部解決だ。あぁ、善人な者を殺した事は無いんだっけか?それは良かったなぁ!俺と同じ人殺しになれるぜぇ?」
「きぃーさぁーーまぁーーー!!」
「おお、怖い怖い!流石ギルドマスター様だ!戦闘の実力も無い癖に迫力ある顔をしなさるぅ~。」
「殺せぇ!あのクソガキをお前の剣技でみじん切りにしてやれ!」
ギルドマスターがステラに指示をだすとステラが戦闘態勢に入る。
「何だ。もう終わりか。じゃ、てめぇは死んどけ。」
少年がフォークを手の甲に突き立てた瞬間、一本の三又槍がギルドマスターを後ろから貫いた。
「…は?」
「何だ、協力者の奴から俺の攻撃方法すら聞いてなかったか?あぁ、わりぃわりぃ。俺を直接見た奴は皆あの世行きだったな。」
「この…化け物め!」
「化け物で結構。俺、お前の事嫌いだからよ、特別コースで殺してやるよ。」
少年は複数のフォークを取り出し、それを地面に投げつける。投げられたフォークは綺麗に地面に突き刺さり、その分の三又槍が地面のあらゆる方向からギルドマスターの体を貫き、それにより宙に浮いたギルドマスターの体はもう動く事は無かった。
「さてと…。」
少年はステラを見る。相変わらず瞳に生気は無く、何も映しているようには見えない。
「お前も今までの奴と同じ末路を辿っちまったか。無知であるが故に大人に利用されちまう。だからあれだけ口酸っぱく言ったんだ。たとえ信用できる奴が出来たとしても、常日頃最低限は警戒しておけと。」
ステラはあまりギルドマスターを信用していなかったが、名前が無いと言った自分に名前を付けてくれた受付に小さくない信頼を置いていた。だから嵌められてしまった。部下は上司に歯向かう事は出来ないのだから。
「…契約執行だ。ステラ。お前は自分を失った。今こそお前に真の名を…」
「…じゃ…ない。」
「ん?」
少年が口上を述べている途中、ステラから小さな声で反応があった。
「…す…てらじゃ…な…い……もん…。」
「お前、意識が残ってんのか。」
ステラは途切れ途切れの言葉を紡ぐ。目から涙を流しながら。
「…にこ…だもん…。お…とうさん。」
「…失った名は忘れるはずなんだけどな。なんで覚えてるんだ?」
「…けいやく…したら…でしょ?」
「あぁ、なるほど。」
契約を交わしたあの日、少女が結んだのは契約では無く、約束だった。
『けいやくはわかんないからやくそく!』
『ったく、何度言っても聞きやしねぇ。』
『やくそく!ゆびきりげんまん!』
『はいはい。わぁったよ。』
結果、契約は結ばなかったが、少女は約束通り、本当の名前を名乗ることは無かった。また、少女の事を知るのは元々少年以外誰もいなかった為、世界から忘れられた所で変化が無かった。
「お前、あの時本当は理解してたな?よくこの俺を欺けたものだ。」
「…わすれ…たく…なかった…。おとうさん…だいすき…だから。」
「ったく、困ったやつだよ。お前は。」
少年は空を見上げ、目を閉じる。今まで数多くの契約を行い、その全ての契約が破られ、契約執行してきた。それが今回契約を交わさないという今までに無い行動をして見せた。少年の事を忘れたく無いという理由で。少年は笑みを浮かべていた。今までで一番、優しい笑みを。
「…おとう…さん…。わたしを…ころして?…もう、からだが…うごかないの。」
ステラ…真の名をニコ。ニコは剣を前に構えている。死ぬ前のギルドマスターの指示が、無情にも彼女の体を動かそうとしている。
「おとうさんと…けんか…したくないよ。」
「喧嘩にゃならねぇさ。親が子と遊ぶだけだ。だから安心してぶつかってこい。」
少年はフォークを仕舞い、拳を構える。
少年とニコのぶつかり合いが始まる。
「ははっ!速くなったなニコ!」
「………。」
ニコが流星と呼ばれていたのにも理由がある。彼女は剣を振るのが速く、また滑らかに体を動かす事で剣筋の予測が付きにくい。その動きで相手に反撃を許さず、そのまま相手を叩き潰すのだ。だがしかし、その動きを教えたのもまた彼であった。
「あれから長い事経った。お前も成長してきたんだろうな。」
「………。」
ニコから返答は無い。今の彼女は意思が無くただ襲い掛かって来るのみだ。少年は躱すか拳で剣の腹を叩くことで軌道を逸らせている。
「だが俺はそんなお前をずっと見守って来た。お前に負ける要素は、一つも有りはしねぇさ。…なぁ、ニコ。お前のその洗脳、必ず解いてやる。あまり頼りたくは無いが、あらかた何でも出来るイカれた知り合いがいんだよ。そいつに頼むことにする。」
少年はニコの縦切りを白刃取りして動きを止める。ニコの口がゆっくり動く。
う・れ・し・い
声は出ていなかったが、確かにそう動いていた。少年は笑う。
「その時が来るまで、おやすみなさいだ。」
剣を横にずらし、ニコが体勢を崩した所に腹に拳を打つ。ニコの意識は完全に断たれ、力なく少年に向かって倒れる。少年はそれを受け止める。
「ゆっくり休めよ。」
少年の周りを黒い風が包む。風が止まった時には少年の手の上に一つの球体が残っている。その中には、体を丸めて眠っているニコの姿がある。少年は球体を自分の占有領域にしまう。
「…俺も運命の分け所かね。力を集める効率は相変わらずだしな。…そろそろあいつと真正面から対峙するべきか。」
少年は世界を越える為に手段を探し始める。自分の未来と、ニコの命の為、物語の賢者が住まう、狭間の世界へと。
物語の賢者…さていったいどこのチート少女でしょうね。