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058_出世頭の藤吉郎

 この物語はフィクションです。

 登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。

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 058_出世頭の藤吉郎

 ■■■■■■■■■■


 月に一回の出張。

 堺の屋敷に入ると、天王寺屋さんがすぐにやってきた。なにやら表情が暗い。どうしたのか?


「仲材様がお亡くなりになりましてご座います」

「え……そんな……」


 俺や天王寺屋さんのお茶の師匠である仲材様が亡くなったと言うのだ。


「年の瀬も迫った師走の二十日のことでした。法要はすでに済んでおります」


 昨年の師走の七日にお会いした時は、元気な姿を見せてくださった。それから十三日後の二十日の朝に冷たくなっていたらしい。

 まだ五十代なのに、早すぎるよ。


 悲しいことだが、人はいつか死ぬ。圧倒的な力を誇っていた魔王でさえ、死ぬのだ。俺だっていつ死ぬか分からない。


「忠治……」


 胡蝶が俺を気遣って腕を絡めてきた。


「大丈夫だ。ありがとう」


 仲材様の冥福を祈ろう……。


 粗銅から金銀を取り出し銭を造った俺は、南宗寺に墓参りをした。

 胡蝶もついてくると言ってくれたが、胡蝶は子供たちのお菓子を買いに行ってもらっている。子供たちがお菓子を楽しみにしているから、これも大事なことだ。


「天王寺屋さん。お茶を一服点ててもらえますか」

「はい。畏まりました」


 南宗寺の一室を借りて、師匠を偲んで茶を飲む。

 やっぱり天王寺屋さんが点ててくれたお茶は美味い。だけど今日は少し味が違う。なんだかしょっぱいよ……。





 胡蝶と共に子供たちにお菓子を配る。子供は無邪気でいい。


「お殿様、ありがとう!」

「おう。ゆっくり味わって食べろよ」


 月に一回の甘味に、子供たちの笑顔が眩しい。

 四千人を超える子供にお菓子を配り終わると、先程までの喧騒が嘘のように静かになった。

 寂しいな……。


 その夜は仲材様を偲んで、酒を飲んだ。

 厚い雲に覆われ、月まで仲材様を偲んでいるようだ。

 縁側で飲んでいたら、胡蝶が横に座った。黙って酌をしてくれる。


「風邪を引く前に部屋に入ろうか」

「そうじゃな」


 仲材様のことは悲しいが、悲しむのは今夜限りだ。

 明日からはまた未来を見て進もう。





 厩橋城の周囲に店や蔵を構えた商人は、新しい領地に来てくれる人が多い。

 天王寺屋さんのところの伝助さんが任されている店も、移動すると聞いた。ただ厩橋城のそばにある前橋湊は石鹸の集積地になっているから、ここの店も蔵代わりに残すらしい。


 毎月一回堺に赴いている俺が運べば楽なんだろうけど、これは俺がいなくても成り立つ仕事だから手を出していない。

 それでも天王寺屋さんは大きな儲けを出している。たしか売り先は南蛮人だと以前聞いたけど、どれほどの額で売りつけているのだろうか?


 さて、今日は品種改良を行おうかと思う。

 この時代、結構な頻度で冷害があるらしい。この世界にやってきて四年、俺は冷害らしい冷害にあってない。本当にあるか分からないけど、甲斐の武田さんは毎年のように悩まされているらしい。

 だったら冷害に強い米を作ってしまおうと思ったわけ。


 どうせなら美味しくて冷害に強い米がいいよね。思い出すのはコシヒカリ。さすがにコシヒカリが冷害に強いかどうかは知らないが、美味しいのは間違いない。あきたこまちもいいね。

 越後の米と東北地方で穫れた米、甲斐の冷害でも穫れた米を掛け合わせ、錬金術で遺伝子改造を施す。

 この時代の米がコシヒカリやあきたこまちじゃないのは分かっているが、でんぷん質の比率を変えてみる。たしかアミロペクチンという成分が多いともっちりな米だったよね。

 いくつかの品種を作って、これを今年は試してみようと思う。


 ついでに蜜柑と山ぶどう、あとリンゴも品種改良しちゃおう。

 蜜柑は酸味よりも甘味を感じられるようにした。山ぶどうはもっと多くの実をつけるように改良を加える。リンゴも酸味と甘みのバランスを調整した。


 どうせ食べるなら美味しいものがいいものね。早く収穫できるようになってほしいよ。





 書類仕事をしていると、爺やさんがやってきた。


「殿。藤吉郎を足軽組頭に昇進させたく存じますが、いかがでしょうや?」


 藤吉郎さんか。よく働いてくれるから、爺やさんのお気に入りだ。


「いいですよ。この際だから普請奉行代理と石鹸奉行代理の代理も取りましょうか」

「よろしゅうございますな。藤吉郎も喜ぶでしょう」


 多分だけど、藤吉郎さんは豊臣秀吉だろう。尾張の出身だし、言っては悪いけど容姿も猿と言われれば猿だ。

 どうせなら名前も変えてしまおうか。豊臣秀吉ではもし間違っていた時に本物に悪いから、豊富秀良にしようか。読みかたは同じだけど、二文字変えている。これなら文句を言われないだろう……しらんけど。


「それと名前も変えましょうか。豊富秀良。豊富藤吉郎秀良とね」

「おおお! それはいい。豊に富むという意味ですな! 普請奉行と石鹸奉行にぴったりのよい名です!」


 爺やさんが我がことのように喜んでいる。息子のように可愛がっているからね。


「それでは早速藤吉郎を呼びましょう」

「時間がある時で……」


 俺の言葉を最後まで聞かずに出ていってしまった。嬉しいからって、そこまで慌てて出ていかなくてもいいのに。


 爺やさんはすぐに藤吉郎さんを連れてきた。たまたま城内にいたのを捕まえたそうだ。

 藤吉郎さんはなんで呼ばれたか、聞いてないみたいようで戦々恐々としている。サプライズしたいのは分かるけど、可哀想になるから止めてあげなよ。


「藤吉郎さん」

「へ、へい!」


 俺は藤吉郎さんに紙を差し出した。

 時間があったから、辞令というものを書いてみたんだ。

 辞令に目を通した藤吉郎さんは、目が落ちんばかりに見開いた。


「そんなわけだから、足軽組頭に昇進。それと普請奉行と石鹸奉行の代理も取るから、正式に奉行の兼務をお願いね」

「い、いいのですか……儂で」

「決定事項ですから、いいのですよ」

「わ、儂が奉行……うひっひっくひっく」


 藤吉郎さんが泣き出してしまった。嬉し泣きだね。泣き止むまで待ってあげるとするかね。


「こら、藤吉郎! 殿にお礼を申しあげぬか!」

「へ、へい。殿! 藤吉郎はこれまで以上に忠誠を尽くします! ありがとうございます!」


 泣きながら辞令を胸に抱いて頭を下げる。


「あ、そうだ。これも渡しておくね」


 もう一枚差し出した。


「へ?」


 唖然として、顔を上げた。


「藤吉郎さんさえよければ、今日から豊富藤吉郎秀良と名乗るように。気に入らなければ断っていいから」

「ななななな名までくださるのですかっ!?」

「爺やさんがとても気に入った藤吉郎さんだからね」

「殿! 四賀様! ありがとうございます! この名に恥じぬ働きをします!」

「無理をしない程度に励んでください」


 感謝感激雨あられ。そんな言葉がぴったりなくらい感激した藤吉郎さんが下がっていった。

 しかし藤吉郎さんは嬉しそうだった。このまま素直に育ってくださいね。間違っても朝鮮に出兵なんて考えないように。


 そんなことを思っていたら、変な気配を感じた。

 小太郎さんではない。もっと異質な気配だ。これは……まさかな。


「どなたですかね?」

「っひっひっひっひ。こうも容易く気づかれるとはのう」


 先程まで藤吉郎さんが座っていた場所に、竜巻と共に三十くらい女性が現れた。

 男性の坊さん崩れのような服を着て、杖を持っている。容姿は女性なのに、声は男性の老人か。違和感ありありの人だね。


「あ、ここ室内なので、草履は脱いでもらえますかね」

「おお、これは失礼したわい」


 いそいそと草履を脱ぐ様子を見ていると、悪い人ではないと思える。多分ね。

 そもそも無断でここまで入ってくる人が、悪い人でないと言えるのか? 俺にはなんとも言えないな。俺も呼ばれてもないのに魔族の屋敷に勝手に入った経験が何度もある。それとは違うと思うが、他人の家に無断で入るのはいけないことだ。特にここは厩橋城内だし。


「えーっと、白湯を飲みます?」

「っひっひっひっひ。白湯を出してくれるのかえ」


 アイテムボックスから白湯の入った茶碗を出す。


「ほ~。さすがは陰陽師殿じゃ」


 女性は毒を警戒する素振りも見せずに、一気に飲み干した。

 はてさて、どんな目的でここへやってきたのかな。


 

ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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[一言] いやまあ、実情知ったら朝鮮出兵は仕方ないわ・・・。
[良い点] 怪しい!敵か味方か!?
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