053_水腫腸満対策
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
■■■■■■■■■■
053_水腫腸満対策
■■■■■■■■■■
境内で火を使わせてもらおうと思う。
魔法で竈を造り、大きな鍋を出す。薪はお寺のを使わせてもらうけど、問題は肉だ。
「和尚様。患者に肉を食べさせたいのですが、いいですかね?」
お寺だからね。肉食を許してくれないかなと。
「賀茂様があの者たちのために施すのであれば、拙僧は何も言いますまい」
「え、いいのですか?」
色々理由を考えていたんだけど?
目を瞑ってくれるなら、ありがたいよ。
「我々僧は進んで肉を食べることはありません。殺生戒という戒律があるからです。それでも肉を食べる機会もあります」
「そうなんですか?」
破戒僧ってやつ?
「托鉢はご存じでしょうか?」
「各家を回ってお米をもらうものですよね?」
「その通りですが、少しだけ違います。僧は托鉢でいただいた食べられるものは、なんでも食べます。それが米でも肉でも魚でも食べなければいけません。それが食材となったものへの供養なのです」
「進んでは食べないけど、托鉢でもらった肉は食べるのですね。初めて知りました」
「そもそもお釈迦様も肉を食べられたと拙僧は聞いております。殺生戒は殺さないということが前提であり、決して肉食を否定するものではありません」
せっかくの食材を肉だからと食べないのは勿体ないからね。
食材を無駄にせず、ありがたくいただくことが供養になるというのは、俺もそう思う。
「ですからお気になさらず、病に苦しむ者たちを助けてやってくだされ。拙僧らではあの者らを助けてやれませんゆえに」
和尚さんは南無阿弥陀仏と、最後に念仏を唱えた。
普通は肉を食べるのは許しても、自分たちでは助けてやれないなんて言わないだろう。それを和尚さんはちゃんと理解し、俺に協力してくれる。
このようなお坊さんばかりだと、日本の仏教は現代でもっと栄えたかもしれないね。
和尚さんの許可も得たことだし、肉を細かく切って鍋に投入。
この肉はこっちの世界で狩った猪のものだ。
猪の脂肪は石鹸の材料になる。残った赤身がうちでは普通に食卓に並ぶんだよね。
「あ、あの、賀茂殿。それはなんでしょうか」
「患者さんたちの食事です。しばらくは消化がよく栄養のあるものを食べて、回復を促すのです」
「なるほど……」
肉を炒めたら水を投入し、
椎茸と数種類の野菜を細かく切って、鍋にぶっこむ。
「い、今のは椎茸では……?」
「はい。椎茸ですね。美味しいですよ」
スープを作っているけど、椎茸があると風味が良くなる。
「な、なんと豪勢な……」
「そんなことないですよ」
椎茸は栽培が始まっている。そのうち原木椎茸が販売されるはずだ。
俺の場合は山の中で採ってくるんだけどね。
塩を少々。醤油を少々。
アクをとりつつ、ぐつぐつ煮込む。
いい感じに煮込めたところで、器に少しとって山本さんに差し出す。
「食べてみてください。味は少し薄くしてますが、美味しいと思いますよ」
「し、しからば……これは旨い! 口の中で具がとろけますぞ!」
お手軽に手に入るものをぶっこんだだけなんだが、栄養もあるし消化もいいからね。
「それじゃあ、これを手分けして患者さんたちに配ってください」
「こんな豪華なものをあの者らにですか……ごくりっ」
「山本さんたちの分もあると思いますので、後から食べてくださいね」
「某の分もあるのですか? 忝く存じます」
山本さんの指示で、スープが配られていく。
お代わりしたい人はしていい。それでも余るくらいの大鍋で作ったから、山本さんたちの分もある。
「和尚様もいかがですか?」
「これは忝く。ありがたくいただきまする」
和尚様が進んで食べると、他のお坊さんも食べた。
「なんという旨味。これは椎茸にございますかな」
「はい。椎茸も入っています」
「ありがたや。ありがたや」
いや、スープを拝むの止めてくださいよ。
「山本さん。俺は明日もきますので、水腫腸満の患者さんを集めておいてください。重篤な症状の方から優先でお願いします」
「はっ! ありがとう存じます。賀茂殿!」
それから半月、俺はこのお寺に通った。
毎日多くの患者さんが担ぎ込まれるが、三日もすれば自分で歩けるようになり、五日もすれば自分の足で村へ帰っていった。
「水辺に被害が固まっていますね」
「そのようにご座いまする」
患者さんから聞き込んだ情報によれば、感染源は河川に近いところに集中している。
「おそらくこの川に虫が棲みついているか、虫を持った生き物がいるのだと思います。この川へ案内してください」
「はっ」
山本さんに釜無川へ案内してもらった。
魔眼を発動させて地面や川の中を見ていく。
「………」
いた。あれだ。
寄生虫は水中に漂っている。だが、卵がない。どこだ?
「………」
見つけたぞ!
どうやら寄生虫は貝を宿主にしているようだ。
寄生虫を根絶するには、貝をなんとかしないといけない。
「山本さん。この貝はよく食べられるのですか」
手に取った貝を山本さんに見せる。
「某は食べませんが、少々お待ちください」
山本さんは近隣の農民や村民に聞き取りを行ってくれた。
「その貝を食べたことはないそうでご座いまする」
「とすると、水か……」
一応、周辺も調べるか。
それから十日ほど調べ、寄生虫の感染経路を断定した。
「釜無川に棲む巻貝が一次宿主で、釜無川の水に浸かったり飲んだ動物が二次宿主、人間は二次宿主にもなりますし、二次宿主を食べたり接触することで感染します」
「そのような虫がいるのか……」
武田さんが絶句した。
目に見えない、見えても小さいから見落とすような虫に、武田家臣団も青い顔をしている。
「貝があると虫を根絶するのは難しいです」
「難しいということは、根絶しようと思えば、根絶できると考えていいのだろうか」
「時間はかかりますが、できると思います」
「「「おおお!」」」
いや簡単じゃないんだからね。
貝を根絶するために、貝が棲めないようにしなければいけない。それは薬を使って貝を殺し、さらに川底などを硬く固めて生息環境を破壊しなければいけない。
これらをすれば魚にも影響が出るし、他にどんな影響があるか分からないんだからね。
「魚も棲めなくなるのか……」
「可能性として、そうなるかもということです」
絶対じゃないけど、現代の河川を見ていれば想像はつく。
釜無川は洪水対策として堤を築き、日照り時の渇水対策としていくつか溜池を造成する。
寄生虫対策として川の環境を大きく変えるため、魚は住みにくくなるかもしれない。
「とにかく虫(貝)の根絶には、年単位の歳月を要するでしょう。それまでに虫に侵された人は薬で治療を行います。ですが、基本的には水に入らない。生水を飲まないということを徹底するしかありません」
「生水を飲まぬというのは理解できるが、水に入らぬというのは難しいであろうな……」
そうなんだよね。川から水を引いた田圃で農作業をしたらどうしても虫に侵されてしまうのだ。
「農家の人以外に徹底するしかないでしょう。河原者という人たちも、今回多くの人が虫に侵されておりましたので、貝のいない場所に移動してもらうしかないですね」
そういった住民の移動は武田家で行ってもらう。
「薬はできるだけ用意しますが、無限にあるわけではないですから、できるだけ自分たちで予防してください」
「うむ。ここまで教えてもらったのだ。その辺はしっかりやらせていただく。皆の者もよいな。賀茂殿の言葉をしかと守り、川辺に住む者たちに徹底させるのだ。典厩よ、住民たちへの注意喚起はそなたが主導して行うのだ。従わぬ者もおろうが、辛抱強く説得せよ」
「はっ」
「「「ははぁーっ」」」
水腫腸満のほうはこれでよし。
あとは洪水対策だ。もうすぐ秋だから台風の季節になる。早めに対策しないとね。
ご愛読ありがとうございます。
これからも本作品をよろしくお願いします。
また、『ブックマーク』と『いいね』と『レビュー』をよろしくです。
気に入った! もっと読みたい! と思いましたら評価してください。
下の ☆☆☆☆☆ ⇒ ★★★★★ で評価できます。最小★1から最大★5です。
『★★★★★』ならやる気が出ます!




