052_水腫腸満
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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052_水腫腸満
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今日は堺にきている。月に一度のお仕事だ。
粗銅から銀と金を抽出し、残った銅と錫を混ぜて青銅にし、青銅で銭を造る。
午前中には終わるため、午後から胡蝶と堺の町を巡っている。
「相変わらず堺は物が溢れておるのじゃ」
胡蝶は楽しそうにウィンドウショッピングをしている。
簪や櫛などを買ってあげるというのに買わないのだ。
それなのにお菓子は買い込む。
「店にある菓子を全部もらうのじゃ」
「はい。ありがとう存じまする」
店主は手をコネて嬉しそうだ。
胡蝶は新田学校の子供たちに食べさせてあげたいと、毎回お菓子をあるだけ買い込む。
こういう買い方はもう何度目かになる。
最初は店側も冷やかしだと思ったようだが、今ではお得意様になっている。
月に一度の店買いだから、店側も気合が入るようだ。
「いつものように屋敷に届けておいてほしいのじゃ」
「はい。お任せくださいませ」
店主に代金を支払うのが俺の仕事だね。
これを数件繰り返す。新田学校の子供はたくさんいるから、一軒ではお菓子が足りないのだ。
次に堺にくる日が決まっていると注文して屋敷に届けておいてと言えるんだけど、予定はだいたいしか決まってないんだよ。
特に最近は忙しくて、今回も予定してた日から四日遅れての堺訪問だからね。
夕方前に屋敷に帰ると、お菓子が山詰みになっていた。
俺のアイテムボックスがあれば、どんなものでも収納した時点の状態を維持できる。胡蝶はそれを知っているから、好きなだけ買いこむんだよね。余ることはないが、余っても腐らないからさ。
「本日の分で二千組になります。お確かめくださいませ」
天王寺屋さんが賀茂の赤黄備えを、持ち込んでくれた。
黄色地に赤色で炎が描かれている装備は、派手で戦場でよく目立つ。いい感じだ。
「はい。確かに。支払いのほうは金と銀で間に合ってますか?」
「それはもう。こちらが差額の返却となります」
天王寺屋さんが差し出した銭箱の蓋を少しだけ開けて中を見ると、金が詰まっていた。
銭箱いっぱいに詰まっているから結構重いその銭箱を、天王寺屋さんのほうに送り返す。
「それで買えるだけの絹の反物を用意してもらえますか」
「ありがとうございます。一カ月後には用意しておきます」
次の時は絹織物を持って帰り、それで胡蝶と鳳の着物を作るんだ。
新田学校の子供たちも、月に一度のお菓子を楽しみにしている。
この時代に甘いものを食べられる庶民なんていない。武士だって滅多に口にできない。
恐らくお義兄さんより新田学校の子供たちのほうがお菓子を口にしているんじゃないかな。
「それじゃあ、俺は甲斐に行ってくるよ」
「気をつけていってくるのじゃ」
今日は甲斐へ出稼ぎにいってきます。
バビューンと甲斐へと空を飛んでいく。さすがに転移の魔法陣は甲斐に設置してない。
まあ、甲斐くらいなら十分もあれば移動できるから、現代で通っていた学校の登校時間より早く到着するよ。
ちょっと前に、武田晴信さんが上野の金山城へ赴いてお義兄さんと面会した。
「武田大膳大夫晴信と申す。この度は無理を聞き入れてくださり、感謝の言葉もご座らん」
「ようこそおいでくださった。新田上野介義純です」
堤の工事が成功したら、武田さんは新田に半従属することになる。信濃の武田領は、新田に割譲すると言うのだ。これには皆が驚いた。
これは武田さんから申し入れてきたことで、新田はそこまで要求してない。
武田さんの家臣が黙っていないと思うけど、それは武田さんがなんとかすると言っていた。
半従属というのは何だろうかと聞いたら、独立勢力ではなくなり外交権を持たないらしい。国人よりは立場は上だけど、国人ではない。家臣ではないが、家臣のような微妙な立場なんだとか。よく分からん。
まあ新田の庇護を受けられる代わりに、新田の命令に従わなければいけない。そんな感じらしい。
武田さんとお義兄さんの面会は和やかな雰囲気で進み、最後に起請文を取り交わして終わった。
そこで宴が開かれ、俺がその料理の手配をした。
山国育ちの武田さんには、やっぱり海のものがいいかなと思ったわけ。
鯛のお造り、鮪のお刺身、鮑の刺身、鯛の塩釜焼き、鱚の天ぷら、海老の天ぷら、栄螺のつぼ焼きなど海の幸を多く使った料理を出した。
「これほどの海の幸を……」
武田さんとその家臣たちが絶句している。狙いは成功のようだ。
「これは生かの?」
「生で食べられるようにちゃんと料理しましたから、安心してください」
アニサキスのような寄生虫が怖いから、ちゃんと対策してあるから安心してよ。
「刺身は醤油で食べてください」
醤油は堺で手に入れた。
この時代にも醤油がありましたよ、奥さん!
山葵は駿河の山の中にあると聞いたので、探しにいったよ。
サメ肌のおろし器で擦って、お好みでどうぞ。
サメも狩りました(ボソ)
「う、旨い! こんな食べ物が世の中にあったのか……」
武田さん感涙してるよ。家臣たちも。
「これは私も初めて食べましたね。とても美味しいですよ」
お義兄さんは鱚の天ぷらを食べて顔をほころばせた。
鱚の天ぷらは俺も好きだね。美味しいよね。
「賀茂殿。この辛いのはなんでご座ろうか?」
「それは山葵ですよ、大膳大夫殿。魚の生臭さをスッキリさせてくれるものです。一度に多く食べるとツーンとして涙が出ますので、俺はこのくらいをつけて食べるのが好きですね」
箸で山葵を摘まんで鮪の刺身に載せて、醤油をつけて食べる。美味しい!
胡蝶にも食べさせてあげよう!
最後は鯛めしで締めくくった。
甲斐の人も上野の人も海の幸はあまり食べられないから、本当に喜んでくれたと思う。
初出勤。
躑躅ヶ崎館から少し離れた場所に降り立つ。
そこにはすでに人が待っていた。
「賀茂殿!」
「おはようございます。山本さん」
「ようこそおいでくださいました!」
この暑苦しい人は、山本勘助さん。
武田さんについて金山城を訪れた際、隻眼と足を引きずっていたから大変だろうと思って、共に治してあげたら懐かれてしまった。
強面の六十男性に懐かれてもね……。
「早速案内をいたそうと思いまするが、よろしいでしょうか」
「ええ、お願いします」
馬が用意されていたので、乗って十五分くらい進んだ。
同行するのは山本さんの他に十人。名前は知らないけど、年配の人から若い人までいる。
「こちらに水腫腸満の者たちを集めております」
お寺さんに集められた人たちは酷くやつれている人ばかりだ。
「まずは原因を探ります」
「はっ。よろしくお願いいたしまする」
苦しんでいる患者さんの横で膝をついて魔眼を発動させる。
俺の目が光ったのを見た山本さんたちから声が漏れる。病人たちはそれどころではないようだ。
頭部から徐々に下へ向かって目を動かす。
患部は腹部だ。これは寄生虫の類が原因だな。
寄生虫による病は異世界でも結構多かった。
治療法は寄生虫を殺す虫下しを飲ませるだけだ。その薬で寄生虫を殺し、排便させ、しばらく安静にしていたら治る。
錬金術師はそういった薬を作るのも仕事の内なんだよね。俺はその薬をこの世界でも作れる。
他の患者を診ても皆寄生虫に侵されていた。
どうやらこの寄生虫は皮膚を貫いて体内に入るようだ。口からも入るみたいだけど、土か水などに触れている際に寄生虫が体内に入ったようだな。
とりあえずアイテムボックス内にある虫下しを飲ませてやろう。
「山本さん。この薬を飲ませてください」
「この薬を飲めば治るのでござるか?」
「彼らの病は寄生虫、要は虫が腹の中で育つものです。一日に一回、その虫下しを飲ませれば虫は死にます。二、三日続ければ排便されるでしょう」
「む、虫にご座いまするか……」
「水腫腸満で死んだ人がいたら、腹を裂いてみてください。それで虫がいるのが分かります」
「それは……」
「死者への冒涜だと思いますか? 俺は特殊な術で原因が分かりますが、普通の人は原因が分からないのに、対策など打てないでしょ? そういう意味で、病を知るにはやらねばいけないこともありますよ」
「な、なるほど……賀茂殿は陰陽術で病の元が分かるのですな」
皆、俺が陰陽師だと思っている。否定するのも説明するのも面倒なのでしないけどさ。
「それから飲み水は、必ず沸騰させたものを飲ませてください。虫は目に見えないほど小さなものもいます。水を一度沸騰させれば虫は死にますので、これは必ず守ってください」
「はっ。そのように指示いたします」
山本さんの指示でお坊さんたちが手分けして薬を飲ませていった。
薬を飲めば寄生虫と卵は死ぬから、苦しみは収まるはずだ。
さて問題はこの寄生虫がどこからやってきたかだ。
「山本さん。患者たちが回復して喋られるようになったら、どんな仕事をしていて食事は何を食べていたか、あとよく行く場所を聞いておいてください」
「それを聞くとどうなるのでしょうか?」
「虫をどこで拾ったか、特定できるかもしれません。ですから、全員にできるだけ細かく聞いてください」
「なるほど。承知いたしました」
山本さんは俺の話を素直に聞いてくれる。
目と足を治したのがよかったんだろうね。
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