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051_武田大膳大夫の想い

 この物語はフィクションです。

 登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。

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 051_武田大膳大夫の想い

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 ▽▽▽ Side 武田晴信(信玄) ▽▽▽


 今や甲斐の国人で賀茂忠治の名を知らぬ者はおらぬであろう。

 我らが長い年月と多くの血を流して取った信濃の佐久郡と小県郡を、一瞬で奪い去った男の名じゃ。

 あの時は頭に血が上っており、すぐに軍を起こして佐久往還を北上した。


 されど賀茂忠治は佐久往還と千曲川を見下ろす山にある、かつて木曾義仲公が築いた山城の跡地に城を再建しておった。

 しかもその山城は、あり得ないほど堅牢な防壁に守られた要塞ともいえるものだったのだ。あの城を見た瞬間、儂は血の気が引いた。


 あれ以来、儂は新田と賀茂を調べた。三ツ者たちを使って徹底的に調べた。

 分かったことは、新田の金山城と賀茂の厩橋城があの蟻城以上の城であることだということだ。特に厩橋城などは平城のはずなのに、山城のような威容を誇っていたとのことだ。


 それだけではない。暴れ坂東と言われる坂東太郎(利根川)は、堅牢な堤によって水害が起こらぬように対策されていた。

 その堤の上を多くの荷を運ぶ者たちが行きかい、坂東太郎も荷を載せた船で溢れかえっていたというのだ。


 どうしたらあのような非常識なものができるのだ。

 賀茂は本当に陰陽師なのか?

 いや、陰陽師にあのようなことができるものではない。

 では、賀茂忠治は何者なのだ? 本当に物の怪なのか?


 恐ろしいと思うた。

 知れば知るほど賀茂忠治が恐ろしい。


 羨ましい。

 賀茂忠治を家臣とする新田が羨ましい。


 賀茂忠治の力があれば、この甲斐は変わるのではないか。

 甲斐は山国であるが、平野部(盆地)もある。その平野部で十全に米が作れれば、もっと豊かなはずなのだ。

 それができぬわけは、平野部を流れる御勅使川と釜無川、そして笛吹川。これらの河川が、古来より甲斐の民を苦しめてきた。


 御勅使川が釜無川に合流する場所、釜無川と笛吹川が合流場所、どこも洪水が起きやすい。一度洪水が起きると、その被害は甚大になる。それが我が甲斐の米生産量を減らしている原因の一つだ。


 米の生産への影響は、冷害もある。さらには日照りだ。

 米が豊富に穫れる上野が羨ましいと思う。

 だが我が武田家は鎌倉よりも以前、平安の世から続く甲斐源氏の名門じゃ。この甲斐を代々統治していく宿命を背負っておる。それは呪いのように儂に重くのしかかるが、逃げ出すわけにはいかぬ。


 そして水腫腸満(すいしゅちょうまん)である。なぜかこの甲斐には、甲斐にしかない地域特有の病があるのだ。毎年多くの者が水腫腸満で死んでいく。

 水腫腸満に罹ったら最後、苦しんで死んでいくことになる。恐ろしい病だ。


 甲斐は地獄だ。口さがのない者はそのように揶揄する。

 儂とて米が多く穫れ、病のない土地に生まれたかったわ。

 貧しいゆえに他所から奪わねば生きていけぬ。貧しいゆえに奪わねばならぬ。

 豊かであれば儂とてわざわざ奪わぬ。非道なことをしても奪うのは、甲斐の民を食わさねばならぬからだ。


 儂が父を追放したのも、甲斐のためだ。

 父は家臣や民を無残に殺した。あのような行いを許せるわけがない。それを許していては、武田は滅びるであろう。そうなれば、せっかく統一された甲斐の中で内乱が起こる。

 ただでさえ貧しいのに、内乱が起こったら甲斐はまさに地獄と化す。それだけは回避しなければならなかった。


 そのためか信濃には厳しくなってしまった。おかげで仁科が儂に絶縁状を送ってきたわ。

 収穫が終わったら、仁科を攻めぬわけにはいかぬ。けじめをつけねば、誰も儂についてこぬ。

 また人が多く死ぬことになる。儂が戦う理由は、民を安んじるためだ。それなのに民が死ぬ。矛盾しておるわ。

 儂の人生は矛盾だらけよ……。


 いかん、いかんな。ぼやいていても何も変わらぬわ。


 新田の赤鬼や新田の守護神と言われ、帝より剣聖の称号を賜った賀茂忠治がやってくるという。

 さて、何を言ってくるやら……。





 これが賀茂忠治か。

 背丈は六尺程か。だが細い。

 これが赤鬼と言われる剛の者なのかと疑いたくなる容姿だが、その存在感はまさに赤鬼よな。

 その体からは真っ赤に燃える炎のような気が見えるわい。恐ろしい男だ。

 調べたところによると、地祇系賀茂氏だとか。本当に陰陽師の家系とはな。


「はい。空を飛んで来ますよ」


 当たり障りない話をしていたが、なんとも言えぬ言葉が飛び出した。

 空を飛ぶなど誰が信じるのか。だが今の上野の様子を聞けば、本当に空が飛べるのではと思ってしまうわい。


「それから仁科家から庇護を求められました」

「「「馬鹿なっ!?」」」


 驚いたわ。

 儂に絶縁状を送ってきた裏で、新田に繋がっておったのか?

 ふふふ。怒りよりも先に、笑ってしまうわ。儂の馬鹿さ加減に嫌気がさすわ。

 信濃の国人たちが新田に繋がることは考えられた。それに気づかぬ儂は、所詮はその程度の者であったということか。

 これでは仁科を攻められぬ。攻めたら最後、新田との戦いになる。仁科右衛門大夫め、やってくれたわ。


「理解も何も、当家は庇護を求められただけです。そんな状況になるまで仁科家を追い込んだ武田家にいささか呆れていますよ」

「おのれ言わせておけば!」


 考え込む儂に代わって典厩が話を進めていたが、愚か者が賀茂忠治に斬りかかった。

 これは戦になると、身を強張らせる。


 しかし警戒していたとはいえ、後方から斬りかかった者の刃を人差し指と中指で掴みおったわ。

 これが賀茂忠治か。


 勝てぬ。勝てぬわ。

 あれはやはり人ならざる鬼よ。いや、守護神か。どちらでも人である儂に敵う相手ではない。


「一応、聞きますけど、俺を殺そうとしたのですから、和睦はなくなったということでいいですね」

「待たれよ! 当家はそのようなつもりはなかった。あの者にはそれ相応の罰を与えるゆえ、何卒待っていただきたい」

「待つも何も、今のをなしにはできませんよ」

「それは……」

「典厩」


 必死に弁明しようとしておる典厩を制止する。

 仁科と高梨を押さえられた以上、北の海は望めぬ。

 だからといって南には今川がおる。

 北の新田か、南の今川か。今川のほうが楽であろうが、どちらに進んでも地獄よ。

 であるならどうする……。


 ―――儂の腹は決まった。


「賀茂殿。此度のことは儂の不徳の致すところ。この通りだ。収めてはくれまいか」


 深々と頭を下げた。

 これ以上はいかぬ。ただでさえ地獄の甲斐が、さらに地獄になる。

 儂が折れれば、少しはマシになるやもしれぬ。であるなら、こんな頭などいくらでも下げるわ。


「厚顔無恥と思うかもしれぬが、賀茂殿に一つ頼みがご座る」


 儂は賀茂殿に頭を下げたままだ。

 もはや恥も外聞もない。

 この甲斐を少しでも豊にするために、儂はなんでもする。そう決めたのだ。


「当家も支援してもらえぬだろうか? もちろんできる限りの報酬を用意いたす」


 甲斐が誇れるものは、金山だ。

 豊富な金を、儂が持つ金の全てを差し出してもよい。

 それで甲斐が豊かになるのであれば、後悔はせぬ。





 ▽▽▽ Side 海野棟綱 ▽▽▽


 なんとまあ、驚いたことになったわい。

 賀茂様の従者として甲斐の躑躅ヶ崎館へと入ったのだが、まさか武田大膳大夫が頭を下げるとはのう。

 しかも甲斐の国を豊かにするために、賀茂様にお力を貸してほしいと。

 儂も六十を過ぎて、賀茂様以外で驚くことはないと思っておったのだがな。

 武田大膳大夫、それほどに追い詰められてしまったか。


 さすがの賀茂様も、いきなりのことで固まっておられた。

 差し出がましいとは思ったが、賀茂様に代わって儂がなんとか話を保留した。


 とりあえずは金山の殿の下に向かった。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 儂は今、空を飛んでいる!

 信じられぬ。死ぬほど驚いておるわ!


「はぁはぁはぁ……し、死ぬかと思った……」

「たいして速度を出してないですよ」

「そういう問題ではご座らん!」


 賀茂様はやはり鬼なのか?

 儂は最後までお供すると決めたのだ。鬼でも守護神でも、どちらでもよいわ。





「大膳大夫殿が? 怒りまくったのではなく?」

「ええ、びっくりです」


 びっくりとはどのような言葉なのか?

 賀茂様は時々おかしな言葉を使われる。ほんに不思議なお方よ。


「忠治殿次第ですが、私はこの話を受けてもいいと思いますよ。ただし城などを強化するのは止めてくださいね」

「なんでも毎年洪水を起こす河川の堤と、できれば水腫腸満を何とかしてほしいということです。城の強化は依頼内容に含まれていませんから大丈夫ですよ」


 水腫腸満のことは儂も聞いたことがある。

 一度罹ってしまったら発熱や下痢を起こし、最後には死に至る病だとか。なんとも恐ろしいものよ。


 賀茂様は水腫腸満をなんとかできるのであろうか?

 陰陽師がそんなことをできるなら、もっと早く対策できたはずだが……。

 だが、賀茂様であればやってしまいそうだわい。


 ふふふ。楽しみよのう。

 賀茂様がいかに武田を取り込むのか。儂が生きている間に、甲斐はどれだけ変わるのか。

 あの大膳大夫がどう変わるのか。


 それを見てからあの世にいけたら、先に逝った者たちへのよい土産話になるであろうよ。


 

ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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