050_武田大膳大夫
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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050_武田大膳大夫
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武田家の躑躅ヶ崎館に向かう途中、海野さんが守将をしてくれている蟻三城に寄った。
海野さんと望月新六さんと禰津宮内少輔さんが歓迎してくれた。
「新田家の威光により、この蟻三城は今だ武田に攻められておりません。おかげで兵の訓練だけが捗りますわい。ははは」
以前は笑っていても悲壮感があったけど、海野庄を得てから海野さんは活き活きしているね。
「そのことで話があります」
高梨さんと仁科さんの臣従について三人に語ると、驚きを隠しきれないようだ。
「さもありなん。武田は何もかも持っていきますからな」
「左様。大膳大夫は容赦ありませんからな」
「あれは人のやることではないと存じます」
三人とも武田さんに思うところがあるようだ。
海野さんはともかく、望月新六さんと禰津宮内少輔さんは武田に仕えていたから、武田さんのやり方を身をもって体感しているものね。
「とりあえず、先触れというやつを出してもらえますか。いきなり行ってもあれなんで」
「承知しましてございます」
仁科家はすでに朝廷と幕府に使者を出して窮状を訴えた。
しかしどちらも何もしてくれない。それどころか幕府からは追い返されたらしい。
それを受けて先日武田家へ絶縁状を送ったそうだ。
今頃武田さんは仁科さんを攻める号令を発していると思う。
先触れを出して二日後の午後に躑躅ヶ崎館に訪問する。
なぜか海野さんがついてきた。
「従者は必要でご座いましょう」
「命がけですよ」
「そのようなことにはならぬと思いますぞ。それに賀茂様のおかげをもちまして念願の海野庄も奪還して思い残すことはありませんので」
死んではいけませんからね(笑)
「ここが躑躅ヶ崎館ですか? 思ったより見窄らしいですね」
「門前でそのようなこと言えるのは、賀茂様だけですぞ」
海野さんが苦笑し、門番が睨んでくる。
素直な感想だったんだけどね。まあ京都のほうは屋敷の体を成してないものが多いけどさ。
「新田家よりの使者、賀茂陰陽大允様である。武田大膳大夫殿にお目通りしたい」
海野さん、陰陽大允と呼ばないでよ。恥ずかしいから。
俺、本当に陰陽師じゃないからね。魔法使いなんだよ。
すぐにひとかどの武士が現れた。
やや面長のその人物は足取り確かで堂々としているが、驕ったような感じを受けない方だった。
「某、武田大膳大夫が臣、武田左馬助信繫と申す。ようこそおいでくださった」
立派な名乗りだ。ここは俺もちゃんと名乗らないといけないな。
「新田上野介が臣、賀茂忠治といいます。仮名はなく、官位は名乗っておりませんゆえ、忠治とお呼びください」
「……しからば忠治殿。こちらへ」
ちょっと驚いたみたい。
一般的に武士は仮名か官位を名乗るものだけど、俺が共に名乗らず諱で呼んでと言ったからだろう。これまでも忠治と呼ぶように言うと、大概の人は驚いていたんだよね。
「まさか典厩殿が案内をしてくださるとは、思うてもおりませんでしたな」
「え? 典厩?」
控室に通されると、海野さんがそんなことを言った。
それって信繁さんのことだよね?
「賀茂様。典厩というのは、左馬助の唐名にございますぞ」
「唐名……ごめん、しらんわ」
「武田のことをもう少し学びましょうか……」
凄く呆れられたけど、同じ人なのに色々な名前があるからわけ分からんし。マジで。
「典厩殿は武田家当主大膳大夫の弟で、武田家の副将です。要は武田の中で右に出る者なき重臣にございます」
「なるほど。そんな人に案内をしてもらったんだね」
海野さんが物知りというよりは、俺がものを知らないということだけど、マジで紛らわしいんだよこの時代の人の名前ってさ。
名前をコロコロ変えるなよと、言いたい。忠治なら忠治で通せよ!
「武田大膳大夫である」
ぎょろ目で目つきが悪い人だな。
容姿でいえば、俺よりもよほど鬼だと思うよ。
お義兄さんなんか、どう見たってカツアゲされる側の気の弱い人なのにさ。威厳なんて全然感じさせないんだよ。
「新田上野介が臣、賀茂忠治です」
「まさか新田の赤鬼殿が使者として来るとは、思うてもおらなんだわ」
「話くらいなら聞きますので、いつでも呼んでください」
「ほう。儂の話をな。本当にいつでも来てくれるか?」
「はい。空を飛んで来ますよ」
「そ、空……」
武田さんが絶句した。
「ははは。面白い冗談だ」
「ははは。冗談じゃないですよ」
「「………」」
沈黙が流れる。
武田家臣団もひと言も発しないな。
「賀茂様。例のお話しを」
「そうでしたね」
静かだから海野さんの声が良く聞こえた。
「本日甲斐へやって来た件ですが」
「聞こう」
武田さんは表情を引き締めた。
「まず当家は北条家と和睦しました。これはご存じだと思います」
「うむ。武蔵を割譲するとか」
「はい。武蔵の割譲と前古河公方殿の引き渡しで折り合いました」
武蔵の引き渡しがかなり進んでいて、予定よりも早く終わる見込みらしい。
北条さんはさっさとこの件を終わらせて、新田と同盟の話に移りたいようだ。
「聞いておる話と差はないの。して、そのことを言うためにわざわざ来たのではないのであろう?」
「はい。今のは業務連絡みたいなものです」
「ぎょうむれんらく?」
「あ、気にしないでください。それじゃあ本題に入りますね」
変な顔をする武田さんを無視して、俺は本題を切り出した。
「実は信濃の高梨家が新田に臣従しました」
「「「なっ!?」」」
俺の言葉に武田さんだけではなく、この場にいる人たちが前のめりになるほど驚いたようだ。
中には殺気を放ってくる人までいる。かなり剣呑な雰囲気だ。
「それから仁科家から庇護を求められました」
「「「馬鹿なっ!?」」」
今度は立ち上がって、脇差に手をかける人までいる。
武田さんも凄く睨んでいるよ。
「落ちつけ!」
冷静な典厩さんが、威厳のある声で一喝する。
武田さんは唸って目を閉じた。
「仁科は当家の家臣。新田の庇護とはいかなることでしょうや?」
典厩さんが低いいい声で問いかけてきた。
武田家のナンバーツーと聞いたけど、さすがに冷静だね。
「武田家の統治があまりにも酷いということでしょう。当家は泣きつかれたゆえ、仁科家を庇護することにしました」
「それがどういうことか、理解しておいでなのでしょうな?」
典厩さんが話をしている。
武田さんは一言も発せず、目を閉じたままだ。怒りを収めようとしているのかな?
このままでは新田が和睦を犯して、武田勢の切り崩しをしたと言いたいのだと思う。
でもさ、うちは本当に泣きつかれただけなんだよね。
お義兄さんは現在の支配地域以上を望んでいないんだ。領地が増えると、それだけ面倒なことも増えるからね。
武蔵は海を得るためにどうしても欲しかったけど、その他はどうでもいい。それが新田家の考えだ。
「理解も何も、当家は庇護を求められただけです。そんな状況になるまで仁科家を追い込んだ武田家にいささか呆れていますよ」
「おのれ言わせておけば!」
一人が脇差を抜いて斬りかかってくる。
俺はその脇差を二本の指で摘まんだ。
「「「なっ!?」」」
俺の斜め後方から斬りつけたのに、脇差の刃を二本の指で摘ままれたことに全員が驚いている。
こんなに殺気を放っていたら、誰でも受けられるよ?
ついでにポキッと折っておいたら、絶句された。
「武田家は使者にこのような無体なことをするのですか? 仁科家が当家に庇護を求めてくるのも仕方がないですね」
え、何これ? 思うつぼなんですけど?
俺を殺そうと刀を抜いた以上、すでに新田と武田の和睦はなくなった。
「控えよ! その痴れ者を取り押さえるのだ!」
典厩さんが命令を出すが、もう遅いよ。
三人に取り押さえられた人は、抵抗はしなかった。
脇差を振り下ろした際に、俺の殺気を浴びたため気絶していると思うよ。
「一応、聞きますけど、俺を殺そうとしたのですから、和睦はなくなったということでいいですね」
「待たれよ! 当家はそのようなつもりはなかった。あの者にはそれ相応の罰を与えるゆえ、何卒待っていただきたい」
「待つも何も、今のをなしにはできませんよ」
「それは……」
「典厩」
武田さんが典厩さんを制止した。
「賀茂殿。此度のことは儂の不徳の致すところ。この通りだ。収めてはくれまいか」
武田さんが頭を深々と下げた。
これにはさすがに驚いたな。
「「「御屋形様!」」」
むむむ。武田さん、なかなかやるね。これでは矛を収めないわけにいかないじゃないか。
「仁科と高梨のことも承知した。それで収めてくれまいか」
「……分かりました。今回のことは二度と口にしません」
「忝い」
参ったね。こうもあっさり頭を下げるなんて思わなかったよ。
でも仁科家のことは丸く収まった。結果としては良かったのかな。
しかしよく俺なんかに頭を下げたね。
この時代の武士はプライドだけはスカイツリーよりも高いのにね。それが国主ともなれば、天井知らずのプライドの高さだ。
どこの馬の骨かも分からないぽっと出の俺なんかに頭を下げるということは、本当にしないんだよ。
「厚顔無恥と思うかもしれぬが、賀茂殿に一つ頼みがご座る」
なんか凄く遜ってない? どうしたのよ、武田さん。
「何でしょうか?」
「当家も支援してもらえぬだろうか? もちろんできる限りの報酬を用意いたす」
「え?」
予想外の言葉に、俺はなんと言えばいいか分からなかった。
海野さんが機転を利かせてその場を収めてくれたけど、さすがに驚いたよ。
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