049_助けて
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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049_助けて
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「あばばのばー」
「きゃっきゃっ」
鳳は元気いっぱいだ。
すくすく育っている。
「殿!」
「ホンギャァッホンギャァッホンギャァッ」
「あーあ、鳳が泣いてしまったじゃないか。爺やさん、声が大きいよ」
「こ、これは申しわけなく」
鳳をあやし、爺やさんにめっとする。
「鳳をもらうのじゃ」
「あ……」
胡蝶に鳳を取られてしまった……。寂しい。
「で、何?」
「はっ。金山の殿がお呼びにご座いまする」
「またー? つい三日前に行ったばかりじゃん」
「それだけ殿を頼りにされておられるのです」
「行ってくるのじゃ。それと鳳がもう少し大きくなったら、兄上に会わせに伺うと伝言を頼むのじゃ」
俺はメッセンジャーボーイじゃないんだよ。
「で、今日はなんですか?」
転移してさっさと要件を聞く。
「ふ、不機嫌ですね……」
「そういうのいいから、要件をお願いします」
そりゃー不機嫌にもなるよ。家族団欒の時間を邪魔するんだからね。
「それがちょっと面倒なことになってしまいました」
「面倒?」
「ええ。実はですね、信濃の国人たちが当家を頼ってきています」
「信濃ですか……」
信濃は守護の小笠原さんが、侵攻してきている武田さんと激しく戦っている場所だ。
その信濃の国人が新田を頼ってきたか。まあ分からないではない。何せ新田家が治める佐久郡と小県郡は武田の侵攻を受けてないのだから。
場所的に佐久郡などは一番最初に攻められてもおかしくないけど、武田家は新田領を避けて他の地域を攻めているんだよね。
「頼ってきたのは、高梨と仁科です」
「……誰?」
全然知らない名前なんですけど?
「高梨は信濃北部の高井郡や水内郡に勢力があります。仁科は北西部の安曇郡ですね」
地図を見せてもらいながら、説明を受ける。
アバウトな地図だけど、大体の場所を知るには問題ないものだ。
「ふむふむ……あれ?」
「気づきましたか?」
「なんとなくですが、その二家が新田に従属すると……武田さんはどうなるの?」
高井郡や水内郡は越後と繋がり、安曇郡は越後と越中に繋がっている。この三郡を押さえられてしまうと、海に続く道が閉ざされてしまう。
「信濃から越後や越中といった海のある国に繋がる場所を新田が押さえることになりますね」
武田さんが躍起になって小笠原さんを攻めているのは、甲斐よりも豊かな場所が欲しいのもあるが、何よりも海が欲しいからだ。
それなのに海に繋がる土地を新田が押さえてしまったら、どう考えても武田さんに喧嘩を売っているようなものだ。
「武田さんは怒るでしょうね……」
「そうなんですよ……。ですが新田は大きくなりましたし余力もある。それなのに頼って来た者を無下に扱ったら、誰も新田を信用しなくなります」
「その高梨さんと仁科さんは、お義兄さんに従属するのですね? 同盟じゃなく」
「はい。新田に臣従すると言ってきました」
武田よりは新田のほうがいい。そういう判断なんだろうね。
武田家はなんでもかんでも奪っていく。米も銭も人までも奪っていくんだ。そんな武田家に従うくらいならと思ったんだろうな。分かる。分かるよ、その気持ち。
「信用されなくなると色々問題ですよね。でも武田さんの恨みを買うのに、その二家を助けて新田にどんな得があるのですか?」
慈善活動するのがいけないとは言わないけど、それを新田がしなければいけない義務はない。なんでもかんでも新田が背負う義務はないのだ。
とはいえ、武田家が攻めて来たらぺんぺん草も生えないほど奪われるらしい。臣従してもそれは変わらないらしいから、悲惨で可哀想な未来しかない。
「得と聞かれると、今のところないですね。当家はすでに北条から武蔵の引継ぎ中ですから、海はそれで手に入ります。信濃に金山などがあると聞きませんし……本当に得なんてないですね」
金山といえば佐渡島だよね。あと甲斐の甲州金も有名だ。でも信濃の鉱山は知らないな。あるかもだけど、知られていないようだ。
「それと高梨はいいのですが、問題は仁科です」
「問題?」
「仁科はすでに武田に臣従しているのです」
「は?」
臣従している武田を裏切るということ? それは駄目じゃないかな? せめて武田と手を切ってから新田に臣従するべきだ。ただしそんな人を俺たちが信じるかという問題もあるけどね。
「本当に問題ですね」
「はい。問題です」
「とりあえず、高梨さんだけ受け入れたらどうですか?」
それなら武田さんもそこまで怒らないでしょ。そもそも独立勢力が誰に臣従しようと、武田さんが口を出すことではない。
「仁科領の民はもう限界を超えているとのことです。これを放置はできません。とはいえ、一度和睦した以上、こちらから武田の家臣を受け入れるわけにはいきません」
「……困りましたね。和睦を斡旋した朝廷に武田の横暴を止めてもらうことはできないのですか?」
「どうでしょうね。朝廷がそのようなことに口を挟むとは思えませんが……」
「そうですか……」
空気が重苦しい。
「まずは高梨の臣従を受け入れ、仁科には支援をすることにしましょう」
「支援をしても、それを武田に盗られるのが落ちですよ」
「それでも助けを求めてきた人を放置することはできません」
お義兄さんは甘いな。でもそれがいい。だから俺はお義兄さんを支えようと思えるんだ。
「だったら、仁科さんには早々に武田さんと縁を切るように、策を巡らせましょう」
「そんな都合の良い策なんてありますかね?」
そんなの俺が分かるわけない。それを考えるのがお義兄さんの仕事ですよ。応援はしますから。
「一言よろしいでしょうか」
俺とお義兄さんの話を黙って聞いていた横瀬さんが口を開いた。
「この際です。仁科から朝廷と将軍家に訴えてもらいましょう」
俺とお義兄さんは顔を見合って、どういうこと? と疑問に思った。
「被害を受けている仁科が朝廷と将軍家に訴えてこそ、武田の非道を非難できるというものです」
「「なるほど」」
「さらに朝廷と将軍家が動かない場合、それを理由に新田に助けを求めた。そうなれば、何もしなかった朝廷と将軍家、そして悪逆非道の武田が悪いと声高に言えましょう」
横瀬さん、怖いこと考えるね。でもそれ採用!
「どうせ朝廷も将軍家も何もしないでしょう。信濃には小笠原という守護家がありますし、そちらに話せと言うやもしれませぬ。その際は、小笠原に力がないことも強調しておいてもらいましょう」
ついでに小笠原家のイメージを下げようというのか。悪だくみをさせたら横瀬さんの右に出る人はいないね!
「早速、仁科から朝廷と公方に使者を出させましょう」
そんなわけで直近の対応として、仁科から朝廷と将軍家に使者を出して武田の悪逆非道さを訴えてもらう。
その際には新田の支援でなんとかなっていると付け加えてもらう。
あと、高梨家と仁科家が新田に臣従したら、長期的な支援をしなければいけないだろう。
信濃といえば長野県。長野県といえば……なんだろうか? そば? 林檎? ブドウ? おやき? あとなんだろう……? いかん、あまり思いつかない。でも林檎やブドウの産地として信濃を有名にしていってもいいかもね。
武田さんも侵略じゃなく、国内を豊かにすることを考えればいいのにね。
せっかく金が採掘できるんだから、その資本を使って洪水対策や米に頼らない食料自給率を上げる試みをしたのかな?
それをやらずに他から奪うのがこの時代のマストな考えらしいから、やってない気がするな……。
「信濃では海野さんたちが林檎の栽培をしてくれています。今のところ順調で、このままいけば数年で収穫ができるようになります。その高梨さんや仁科さんがやる気なら、そういった果物の栽培をしてもらいましょう」
「それはいいですね。穀物以外の収入があれば、両家とも楽になるでしょう。あと問題は……」
「武田さんですね」
「ええ、高梨はいいとして、仁科については怒るでしょう。使者を出しますが、生きて帰ってこれるか……」
お義兄さんは誰を使者にするのか、困ったように考え込んだ。
今は朝廷が斡旋して和睦によって不干渉の状態だが、仁科家に手を出すなと言えば怒るに決まっている。それによって使者が殺されて帰ってくるかもしれない。使者が死者になったでは、シャレにならん。でも使者を出さないと話が進まないよな。
「仕方ないですね。時期が来たら俺が使者として武田さんのところに行きます」
「……危険ですよ」
「なんとかしますよ」
「……ありがとうございます」
お義兄さんは武田と戦になることを考慮し、長野さんたち西上野衆に準備を怠らないようにと触れを出してもらった。
俺は伊勢守さんのところへ向かった。
「ご無沙汰しております。師匠」
「元気そうで何よりです」
兵士の訓練中だった伊勢守さんは、小麦色を通り越して松崎●げるのように黒くなっていた。
実はうちの常備兵は伊勢守さんに鍛えてもらっている。戦になると、伊勢守さんがうちの兵を指揮してくれることになっているんだよね。
その代わりじゃないが、うちの藤吉郎さんが伊勢守さんの領地も開発を行っている。適材適所ってやつだ。
伊勢守さんは一応俺の家臣らしいので、そういった融通が利くんだね。
でも、伊勢守さんを羨む国人は多い。色々俺のところに援助を頼んでくる国人もいる。そういう時は、全部お義兄さんに回しているからさ。
「高梨家と仁科家が臣従を申し入れてきましたか。武田に降るよりはよほど良い扱いでしょうから当然でしょうな」
武田家の悪名は周辺諸国に轟いているからね。
「時期が来たら俺が武田さんのところに行って、両家が臣従したことを伝えます」
「……師匠ですから大丈夫だとは思いますが、お気をつけて」
「うん、そのつもり。そんなわけで武田と戦になるかもだけど、よろしくね」
「戦になりましょうか?」
「武田さん次第かな」
「ならば、すぐにどうこうはならぬでしょう」
「どうして?」
「師匠がいるからです」
そんな目で見ないでよ。
俺もそれなりに抑止力になっている自覚はあるけどさ。
とりあえず、備えておいてね。
ご愛読ありがとうございます。
これからも本作品をよろしくお願いします。
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