036_信長と藤吉郎
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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036_信長と藤吉郎
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どうやら俺は歓待されているらしい。
ただ、周囲にいるのは厳つい兄さんたちばかり。
唯一の女性は、帰蝶さんだけ。
信長さんの奥さんだし、色気なしですよ。
いいよいいよ、俺は胡蝶一筋なんだから。
「賀茂殿は尾張で何をされるのですか?」
帰蝶さんに聞かれて、信長さんと同じ回答をする。
「京の都ですか! いいですわね。わたくしも行ってみたいわ」
何気に連れていけと、信長さんに行っているのかな?
この時代、京というだけで憧れの的のようだしね。
現代でも京都は人気の観光スポットだもんね。
信長さんの取り巻きが飲んで騒いでの歓待(?)は終わった。
信長さんは帰蝶さんのお酌で酒を飲んでいたけど、あれはかなり薄められた酒だと思う。俺たちが飲んでいたものと、臭いが違うものだった。
彼は酒が弱いのか、酔うと酒乱になるのかな? 信長さんはブラック上司というイメージがあるから、乱暴なところがあるのだろう。だから酔って俺に絡まないように帰蝶さんが配慮したのかな。
その夜は信長さんの屋敷に泊まらせてもらった。
見ず知らずの俺を泊めるなんて、なんて不用心なんだろか。
信長さんは翌朝早くに雉を獲ってきてくれた。
肉を食べるなんて、やるねー。上野では肉を食べる人はあまりいなかった。俺が肉食を広めたと言ってもいい。
しかしどこの馬の骨かも分からん俺に、朝早くから狩りをしてくれるとはね。
「焼く時にこれを軽く振りかけてもらえますか」
岩塩の粉と粗びき胡椒を出して、雉肉の味付けとして使ってもらう。
「む、これは……美味い」
信長さんは雉肉を食べて、目をまん丸にした。
「これはなんだ。随分と刺激的な味だが?」
「それは胡椒ですよ。明の向こう側にある場所で採れる植物ですね」
インド辺りで栽培されていると思うけど、この時代のインドってなんて言ったかな……天竺か? 三蔵法師が目指した場所だ! でも天竺なんてもう滅んでいるはずだから……うん、分からん。
もっとも俺のは異世界の胡椒だけどね。
「胡椒……帰蝶は聞いたことあるか?」
「わたくしも存じ上げません。明の向こうと仰るのですから、天竺からでしょうか?」
「そんな貴重なものを使ったのか」
信長さんが驚いているね。
鋭い視線が和んだ感じだ。
「上野ではこのような貴重な品が手に入るのか?」
「上野では見たことないですね。俺が上野に入ったのは二年程前ですから」
「その前は何をしていたのだ?」
「それは秘密です」
「む……そうか」
信長さんは言葉が少なく、何を考えているか分かりにくい。
知らないことを知らないままにしておくのが嫌のようで、なんでもずかずかと聞いてくる。
俺も言えることは教えるけど、さすがになんでもかんでもは無理かな。
「上野は安定しているのか?」
「少し前はそうでもないですが、今は安定していると思いますよ」
「どうして安定したのだ?」
「新田上野介様が上野を統一されました。今は信濃と武蔵の一部にも勢力がありますね」
「ほう。信濃と武蔵にも……。武蔵には北条がいたと思うが、退けたということか」
「北条家は戦らしい戦はせずに撤退しました。残された国人領主たちは北条に見捨てられて困ったでしょうね」
「見捨てられたか……」
戦いは深谷城くらいで、戦いらしい戦いはほとんどなかった。
今は武蔵の国人領主に調略をしかけているようだ。
お義兄さんと横瀬さんたちが躍起になっている。
北条さんは甲賀の忍びを雇ったそうだけど、関東は小太郎さんたちの庭みたいなものらしいからね。
「面白かった」
信長さんはたった一言呟くと、庭に出た。
「一手試あおうぞ」
着物から右肩を出す信長さん。
それは相撲をしようというのか?
いや、俺、相撲なんてしたことないんですけど。
▽▽▽ 木下藤吉郎 ▽▽▽
儂は夢でも見ているのだろうか。眼下には碓氷峠が見える。険しい峠だ。
そう、儂は今、空を飛んでいる。
我が殿は赤鬼とか守護神とか陰陽師と言われているが、まさにその異名にたがわぬ非常識なことを儂に与えてくれた。
まさかこの儂が空を飛ぶとは……。
「寒くないですかね」
「だ、大丈夫です!」
殿の賀茂忠治様は従七位上陰陽大允という官位を、朝廷から正式に与えられている。
普通は陰陽大允を名乗るものだが、殿は決して名乗ろうとしない。とても変わった方だが、そのお力は上野の者であれば誰もが認めるものだ。
儂が今川家の松下加兵衛様に仕えていた時の話だが、儂は松下様の下人の中でも立場が悪かった。
儂はお世辞にも容姿がよくない。それは気にしてないが、容姿を理由に儂を認めてくれなんだのだ。
松下様はそんな儂にも優しいお方だったが、それ以外の人からはかなり酷いことをされた。
それを松下様も憂いていたようで、穏便に身を引かせてくださった。
松下家を辞した儂は、故郷の尾張に帰ろうと思った。そんな時だった、上野の新田様が、関東管領様を擁する越後長尾家を倒し、越後を半属国とされ、上野を瞬く間に平定し、信濃で武田を破り、武蔵で北条を戦わずして退かせたという話を聞いたのだ。
その立役者が賀茂様だった。
尾張には家族もいるが、儂はこの容姿のおかげで義父と折り合いが悪かった。
どうせ嫌な思いをするなら、飛ぶ鳥を落とす勢いの賀茂様に仕えようと思ったのだ。
しかし仕官してみたら、儂はすぐに出世した。
賀茂様も直属の上司である四賀孫九郎義家様も、容姿で人を判断されない方だった。
ちゃんと仕事をすれば何も言われないし、実績を挙げたら褒めてくださる。
おかげで今は足軽大将という過分な待遇を受け、開墾と石鹸生産を任せてもらっている。ありがたいことだ。
賀茂家に仕えだして、儂は驚くことばかりだった。
儂が任せていただいている開墾は、以前は坂東太郎(利根川)の氾濫のおかげで進んでおらなんだ。しかし坂東太郎は殿が強固な堤を築き、それいらいどれだけ雨が降っても氾濫することはなくなった。
しかもその堤は一晩のうちに築いたというのだから、殿はやはり陰陽師なのだろう。いや天狗様かもしれぬ。
石鹸は日ノ本ではなく、明や南蛮の者によく売れるらしい。
天王寺屋の番頭である伝助殿が、よく売れておるから増産してほしいと毎回言うてくるのだ。
天王寺屋と言えば、堺の会合衆の中でも特に力を持っておる商家だ。近畿を事実上治めている三好様に出入りしていると聞いている。
その天王寺屋がわざわざ関東の上野の前橋湊に店を開くなど、普通では考えられないことなのだ。
それほど天王寺屋は殿との関係を重んじているということなのだろう。
そして両替だ。儂は担当ではないが、あれはまさに天狗様のお力だと思う。悪銭や鐚銭が一瞬で良銭になるのだ。あれを見た時はさすがに腰が抜けるかと思うたわ。
極めつけが今だ。空を飛んでいる。もはや殿の正体が天狗様だと聞いても儂は驚かぬ。もう一生分の驚きを使ってしもうたわ。
その殿は豊作だった上野で米を買い、その米を高値で買い取ってくれる場所で売りさばくのだと言っておられる。
諏訪と美濃で米相場を確認しても、たった半日で尾張に到着してしもうた。
殿の考えられた商売は異常だ。普通は各国人領主の関で税を納める。それが空を飛んで移動することで、そういった税を払わなくても済む。
しかも殿は大量の米をどこかに隠され、それを自由に出し入れできるのだ。その光景を見た時は、顎が外れそうになったのを覚えている。
尾張に到着すると、儂の実家に送り届けてくださった。
殿は那古野へ向かうというので儂も供をしようとしたのだが、家族水入らずでゆっくり過ごせと仰ってくださった。
おかげでゆっくりとおっかあたちを説得できた。
賀茂様が用意してくださったお土産も良かった。渋っていたおっかあの心が動いたんだ。
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