028_果実探しの旅に出かけてみた
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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028_果実探しの旅に出かけてみた
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信濃侵攻は武田との和議で決着がついた。武蔵侵攻は賀美郡、児玉郡、那賀郡、榛沢郡、幡羅郡、大里郡、そして埼玉郡の北部を押さえ、深谷城と須賀城を堅牢な城に改修した。北条さんとは和議も何もしてないが、収穫時期になったことで自然と戦いは終わった。
「そうだよ、これだよ。うん、やっぱり胡蝶の膝枕だよねぇ」
久しぶりの胡蝶の膝枕。このために俺は生きていたのだと実感する心が休まる時間だ。
「殿が不在の間、悪銭が一万六千五百貫分溜まっております。その分良銭が少なくなっておりますが、まだ余裕はございます。ですが、早めに補充をお願いします」
爺やさんがまったく気を遣わない。久しぶりの夫婦の触れ合いを邪魔して楽しいのかな。見て分かるかな、俺は胡蝶の膝枕の感触を楽しんでいるわけだよ。
「忠治。爺やの職務なのじゃ。ちゃんと聞いてやるのじゃ」
む、胡蝶に言われると、ちょっと心にくるものがある。しょうがないなぁ。
「北の方様、ありがとうございます」
「爺やがいるからこの厩橋城は回っておる。忠治もそのことをよく考えるのじゃ」
「……分かったよ」
俺が小言言われてしまった。はぁ、だから領地経営なんてできないと言ったのに……。でもそれを言ってもしょうがないことだ。今は俺がこの厩橋城の主で領民たちに責任がある。やらなければいけないんだよな。
「石鹸の収支ですが、一千個の売り上げは五百貫。生産者に支払ったのが二百六十貫ですから、収支としては二百四十貫になります」
一個五百文で売れたのね。利益はほぼ五割。俺は生産者から買い上げて天王寺屋に横流ししただけなんだから、そんなに利益がなくていい。
未亡人は子供を抱えて大変な思いをしている人が多いんだから、もっと多くを与えてもいいと思う。それに、獣の脂もただじゃないし、材料費がかかっているんだから。
「生産者に七割が行くように買い上げ額を上げてもらえるかな。あと誰がどれだけ生産してくれたか、しっかりと把握しておいてください。それで一万個納品した人に金一封を与えてください」
「それでは当家にあまり残りませんが?」
「石鹸の生産は未亡人への救済処置なんだから、うちが儲けなくていいの。よろしくね」
「承知しました」
利根川の堤防を築き、農業用水も整備したから今年の収穫は豊作なんでしょ。いつもよりも三割は多いって話じゃない。そういった地道なところでプラスになっているんだから、そんなにがめつく商売しないの。
「あとは以前から殿が提唱しておりました銭で足軽を雇う話ですが」
そういえばそんな話をしてたね。
「昨年の当家の石高は三万二千石で、税が五割ですから税収は一万六千石になります。ですが、農業用水の整備が進んで今年は四万一千石が見込まれております。ゆえに税収は二万五百石の予定です」
この厩橋城の周辺は利根川の氾濫がなければ、かなりの石高が見込める場所なんだとか。今まで三万二千石の領地だったのが、今年は四万一千石になっている。開墾や加増はほとんどないけど、利根川の河川工事と農業用水の整備をしただけでこれだけの収穫アップがあった。
「元々殿は無駄遣いをしませんし、石鹸販売と両替を行うことで資金も豊富。米を商人に売る必要はございません。よって一千五百の常備兵を雇っても問題ないかと存じます」
足軽には年間で米を四石と四貫を支給することにした。これは足軽への給金としてはかなり高いらしい。俺が高めに設定してと言ったんだけどね。
こんなに銭と米をくれる家のためなら、一生懸命働こう。そんな気になってくれるとありがたいかな。
「年間六千石と六千貫が必要になりますが、それ以外に武具を貸し与えるなど費用がかかります。それは最初五千貫を見込んでおりますが、その後は年間一千貫ほどと想定しております」
結構な物入りだけど初期投資が高額になるのはしょうがない話だね。それでも常備兵なら毎日訓練漬けにできるし、災害時は人命救助にも使える。戦争がなくても給金払っているんだから、そういう使い方もありだよね。
「うん。それで進めてくれるかな」
「承知しました」
さて、爺やさんの圧が増していくから、悪銭を良銭に替えるか。
悪銭の良銭化が終わったから胡蝶とゆっくりしようとしたんだけど、お義兄さんの奥さんの足利の方さんが懐妊したという情報がもたらされた。俺と胡蝶はお祝いを言うために金山城へ向かった。
「お義兄さん、おめでとうございます」
「兄上。良かったのじゃ」
「二人ともありがとう」
お祝いを言うのだが、お義兄さんの表情が暗い。どうしたのか?
「足利の方は体が丈夫ではないのです。だから子を産めるだろうか、子を産んだ後の足利の方の体は大丈夫だろうかと心配で」
以前から足利の方は虚弱体質だと聞いていたが、たしかに心配だね。怪我や病気なら治してあげられるけど、体質改善は専門外だ。残念ながら魔法はなんでもできるわけではない。
「今は悪祖が酷く食事も摂れないのです」
食事が摂れないと体力もつかないか。
悪祖というのはつわりのことみたい。これも魔法じゃどうにもならないんだよね。病気じゃないから。
「それなら果実を食べることはできませんか」
「果実ですか」
妊婦には檸檬! と聞いたことがある。今の日本に檸檬があるのか知らないけど、柚子や蜜柑ならあると思う。あと香母酢はあったはずだ。九州が原産地や育てている場所だと思うんだけど、うろ覚えなんだよね。
「ちょっと九州まで行ってきますね」
「は? 九州? いやいや、今忠治さんが上野を離れるのはよくないですから」
「大丈夫ですよ、数日で帰ってきますから。胡蝶はここで待っててね」
「妾も一緒に九州へ行きたいのじゃ」
胡蝶も……いいかも。二人で旅をして楽しく過ごそうか。もちろんメインは果実探しだけどね。
「それじゃあ、胡蝶も連れていくね」
「やったのじゃ!」
「ちょっと、私も行きたいんですけど」
「「駄目っ」」
「えっ!?」
お義兄さんはお邪魔虫なの。せっかく胡蝶と二人っきりの旅なんだから、ついてくるな。
「兄上は義姉上のそばにいるのじゃ」
「うんうん。それ大事」
「うっ……分かったよ……でもお土産よろしくね」
「ゴホンッ。遊びに行くのではないです。お義姉さんが食べられるような果実を探しに行くんですよ」
お義兄さんはショボンとした。
ふふふ。胡蝶と二人旅か。九州なら別府温泉かな。いや、鹿児島の指宿か。あくまでも果実を探す経路上に温泉地があるのだ。
胡蝶をお姫様抱っこして空を飛ぶ。風対策に風魔法で防壁を作っているので無風だけど、軽くマッハ越えの速度だ。
「やっぱり忠治は物の怪の類なのか」
俺の首にしがみつく胡蝶が真剣な目でそう言った。
「物の怪ならどうする?」
「物の怪の妻というのも乙なものじゃな」
「胡蝶は豪胆だな。安心していいよ。俺は物の怪でも天狗でもないから」
「最初からそんなこと思っていないのじゃ」
「聞いたくせに」
「うるさいのじゃっ」
ぷくりと頬を膨らませた胡蝶も可愛いな。ちゅっ。
「ななな、何をするのじゃ」
「え、妻の頬に接吻しただけなんだけど?」
「むう……する時は言うのじゃ」
「えー、慌てる胡蝶が可愛いから嫌」
「まったく忠治はっ!」
おい、暴れるなよ。落ちるから、危ないって。
などとやっていたら四国の上空に到着。そういえば愛媛県の瀬戸内側で蜜柑や香母酢を作っていたんじゃないかな。うろ覚えだけどね。
海沿いの町の商人に酸っぱい果実のことを聞いてみたら、意外と簡単に情報が得られた。
香母酢は豊後国、柚子はこの四国の土佐で作っているらしい。蜜柑は知らないと言われた。土佐は愛媛県ではなく高知県だよね? 坂本龍馬の出身地だから、俺でも知っているよ。しかしいきなり三分の二の情報が得られたよ。嬉しい誤算だ。蜜柑が手に入らなくても、それだけでやって来た甲斐があったというものだ。
そういえば四国には道後温泉があったよな。日本最古の温泉と言われていたはずだ。これは行かないといけないよね!
「胡蝶、道後温泉を知っているか?」
「もちろんなのじゃ。最も古い温泉と言われているのじゃ」
うん、俺の知識と同じだ。
「そこへ行こう!」
「行くのじゃ!」
「で、どこにあるの?」
「忠治……。伊予国にあるはずなのじゃ」
伊予ってどこよ? まあいい。誰かに聞けばいいだろう。
道を歩く身なりの良い商人風の男性に聞いてみる。
「道後温泉なら温泉郡にありますよ。あちらです」
なんと、温泉郡なんてあるのかよ!? 温泉群じゃなく、温泉郡。道後温泉のための郡?
男性に礼を言って、温泉郡に向かう。
ご愛読ありがとうございます。
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