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026_海野さんの想い

 この物語はフィクションです。

 登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。

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 026_海野さんの想い

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 ▽▽▽ 海野棟綱 ▽▽▽


 賀茂殿に呼ばれた儂は、歓喜した。

 やっとだ。やっと故郷の海野庄に戻れる日がやって来るのだ。


「本当に信濃に侵攻されるのですな!」

「ええ、そういうことになりました。そこで海野さんには、しっかり働いてもらいたいと思います」

「もちろんにござる。儂は何をすればよろしいのか」


 賀茂殿からの要望は、儂に小県郡の真田弾正忠を説得しろというものだった。今のままでは武田と心中ということだ。弾正忠は儂の妹の子、見捨てていい者ではない。できることなら共に新田様の下で大きくなっていきたいものだ。


 さっそく儂は信濃に入った。佐久郡は手をつけぬ。彼の地は賀茂殿が直にお力を示されると聞いた。新田の赤鬼。その名は儂の希望である。それを信じて儂は小県郡の砥石城へと向かった。


「久しいな、源太左衛門。いや、今は弾正忠であったな」

「伯父上。お久しぶりにございまする」


 甥の源太左衛門は、今は真田弾正忠幸綱と名乗っている。しばらく見ぬうちに良い面構えになったものよ。


「お互いに年をとったのう、弾正」

「儂も四十になり申した」

「儂など六十を超えてから数えるのを止めたわ」


 いつお迎えが来てもおかしくない年になった。今回が最後の機会であろう。ゆえに、必ず本願成就させてみせる。


「さて、弾正よ」


 儂は佇まいを正した。それを見た弾正も背筋を伸ばす。


「単刀直入に申すぞ、武田から離れよ」

「やはりそのことですか」

「知っておったか」


 弾正の耳はいい。かつては儂が使っていた唐沢玄蕃を従えている。あの気難しい男を従えたのだから、さすがよと褒めてやりたい。


「決して新田家に歯向かってはならぬ。新田の赤鬼の噂くらいは、そなたも聞いておろう」

「聞いております。あれは本当のことでしょうか」

「間違いない。玄蕃ならば金山城を見て来たであろう。厩橋城もな。そして坂東太郎よ。あの方には決して逆らうな。逆らった者の末路は、関東管領や長尾景虎を見れば分かるであろう」


 弾正は考え込んだ。これだけ言ったのだ、分かってくれると信じているが……。弾正が分からず屋ならば、息子を儂に預けさせよう。それで真田の家は保たれる。それに儂には子がおらぬ。あの日、皆死んでしもうた……。弾正の子を儂の養子に迎えて、海野の家を継いでもらいたいものだ。


「伯父上のお言葉に従いましょう」

「そうかっ! ならば、手分けをして小県郡の国人を新田家に降るように説得してくれ」


 儂と弾正は手分けして小県郡の国人たちに話を持ち込んだ。難色を示す者も多かったが、武田の支配を受け入れていない者たちも多かった。

 だが、小田井原で一戦もせずに武田軍が降伏したと聞き、難色を示していた国人たちもこぞって新田家への臣従を誓った。


「海野さん。よくやってくれましたね」


 信濃に攻め込んだ上野勢と、小田井原で降った元武田勢、さらに小県郡の国人たちの前で、儂は賀茂殿から褒められた。

 だが褒められるのが目的ではない。儂は海野庄を取り戻すためにこの地へ帰って来たのだ。早くその言葉が聞きたい。


「そうそわそわされると、勿体ぶりたくなりますね」

「賀茂殿。勘弁してくだされ」

「ははは。俺は嘘はつきませんよ。海野さんはしっかり俺の頼みを聞いてくださいましたから、こちらも約束は守ります」


 とうとうその時がやって来た!


「海野棟綱さんには海野庄を与えます。しっかり治めてくださいね」

「はっ。ありがとう存じまする」


 やっとだ、やっと海野庄を取り戻したぞ。


「あ、そうだ。ついでに村上さんとは手打ちにしてくださいね」

「むぅ……承知しました」


 村上義清は儂から海野庄を奪った宿敵であるが、今は新田家に仕える者同士。慣れ合うことはできぬが、敵対することはせぬ。


「村上義清さんは葛尾城の城代です。今回あまり働いてないですから、今後の働きで城代が城主になるようにがんばってくださいね」

「承知いたした」


 ふふふ。義清め、不満顔だわい。今回は儂と弾正の働きは認められたが、義清は調略などは苦手の脳筋だ。槍働きは素直に儂よりも上だと認めてやるが、調略では後れをとるつもりはない。

 おかげで今回は大した働きもできずに、葛尾城の城代になるのがやっとであった。多少は溜飲が下がったというものよ。




 海野庄の領有を認められた儂は、久しぶりに美味い酒を飲んでおる。酒の相手は真田弾正忠とその息子の源太左衛門信綱。同じ滋野三家の望月遠江守とその息子の望月左衛門佐、同じく息子の望月新六。さらに滋野三家の禰津宮内大輔とその息子の禰津宮内少輔が一堂に会した。

 我らは滋野三家という祖を同じくする一族だ。望月は忍の術を伝え、禰津は諏訪大社の諏訪神党に所属しておる。そして我が海野家は滋野氏の惣領である。


「こうして三家が集まって再び酒を酌み交わせるとはな」


 儂は盃を傾け、しみじみと言った。

 望月と禰津は武田の下で家を保っていたが、儂は流浪の身であった。滋野の惣領として肩身の狭い思いであったわ。


「海野殿が海野庄に戻られ、これで滋野も安泰であるな」


 望月遠江守が何度も頷く。


「そう、それよ」


 残念なことに儂には子がない。息子たちは皆討死してしまった。ゆえに滋野の血を引く者を養子として迎え入れなければならぬ。


「弾正よ、そなたの息子を儂にくれ。海野の名跡を継がせるゆえに」


 真田は海野の分家。同じ滋野である望月や禰津から養子をとることも考えたが、最も海野の血を濃く受け継いでいるのは真田だ。


「是非もなし。海野は滋野の惣領。決して家を絶えさせていいものではござらん。この源太左衛門を伯父上の子としてくだされ」

「源太左衛門はお主の嫡子だ。良いのか」

「本家である海野に源太左衛門を入れるのが筋でありましょう。真田は次男の徳次郎に継がせます」

「よく言ってくれた。これで海野は安泰じゃ! 源太左衛門もよろしく頼むぞ」

「はっ」


 これで儂はいつでも死ねる。賀茂殿、いや賀茂様の要望に応えられるというものだ。


「儂はここで海野の家督を源太左衛門に譲ろうと思う。遠江守殿と宮内大輔殿にはその立会人になってもらいたい」

「何も今すぐに家督を譲らなくてもいいのでは」


 禰津宮内大輔殿が首を傾げる。


「儂はこれより蟻三城に入る。武田への備えを賀茂様より任された。武田が攻めてきたら、この命を賭してこれを防ぐのが儂の役目よ。家督を源太左衛門に譲っておけば、なんの憂いもなく戦えるというものだ」

「あの蟻三城の守将でござるか。厳しい役目だが、やり甲斐のあるものですな。惣領殿! 某を配下にお加えくだされ!」


 望月真六か。頼もしい奴め。


「遠江守殿、構わぬか」

「お連れくだされ。真六、しっかりやるのだぞ」

「はっ」

「海野と望月だけでは、滋野三家とはなりませんな。当家からも宮内少輔を出しましょう」


 宮内大輔殿か。しかし宮内少輔は……。


「いいのか?」

「宮内少輔の妻は武田家から迎えておりますが、その父の左京大夫殿は大膳大夫殿に追放されております。そこまで義理を感じることはござらんし、大膳大夫殿は諏訪を滅ぼされた。我らにとっては怨敵と言っても過言ではござらん」


 かつては諏訪家に猶子を出したこともあり、諏訪神党である禰津家にとって大膳大夫は敵というわけか。


「いいであろう。どうせ蟻城は西南北の三城あるのだ。我ら滋野三家がそれぞれに入って、武田の侵攻を防いでみせようぞ」


 もっとも儂が大膳大夫であったら、新田家とは争わぬ。幕府か朝廷を動かして和議を結ぶがな。新田の赤鬼と戦ったらどうなるか、逃げ帰った足軽たちや物見から聞いておろう。それでも攻めてくるなら、大膳大夫はその程度の男だ。恐ろしくはない。


「それから言っておくことがある。我らは新田家に仕えるが、同時に賀茂家にも仕える。どちらかというと、賀茂家を重視する。よいな」


 儂の言葉に、皆が頷く。言葉の意味は、そのままだ。賀茂家あっての滋野三家であると心得てくれればいい。





 ▽▽▽ Side ??? ▽▽▽


 この頃何やら東に恐ろしき気配を感じるわい。

 これは噂の新田の赤鬼の気配であろうかのう。

 以前は京にもあった気配じゃわい。


 陰陽師だと聞いたが、そうでないという話もある。だが、この気配は明らかに異質。

 陰陽師でも、鬼でも、守護神でも、構わぬわい。


「っひっひっひっひ。面白き世になってきたものよな」


 興福寺を破門になって暇を弄んでいたところだ、東に遊びに行くのもよかろうて。

 儂の期待を裏切らぬ者であればよいのだがな。っひっひっひっひ。


 錫杖を鳴らし、道なき道を進もうとするかのう。




 ※ 人物紹介

 ・左京大夫 : 武田信虎

 ・大膳大夫 : 武田晴信(信玄)


 

ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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