023_対外政策
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
■■■■■■■■■■
023_対外政策
■■■■■■■■■■
京都から帰った俺は、まず最初に石鹸の増産を指示した。これまでは身内で使うくらいだったが、今度は堺の豪商天王寺屋さんが買ってくれる。要望があった一千個の石鹸を未亡人たちに作ってもらわないといけない。
指示を出した俺は、お義兄さんの金山城へ向かった。
「聞きましょう」
お義兄さん、俺、横瀬さん、あと箕輪城の長野さんを呼んで、この四人に小太郎さんが加わる。
「あの襲撃は間違いなく武田のものだ。武田晴信の弟信繁が差し向けたものだった」
小太郎さんが掴んだ情報は、上野が一枚岩になるのを防ぐためにお義兄さんを暗殺しようとしたというものだ。
「そのことは長尾の軒猿が掴んでいたようだ」
「のきざる?」
「草の者のことだ」
忍者のことか。呼び名が色々あると分かりませんよ。
「つまり長尾景虎も一枚噛んでいるのか」
横瀬さんの質問に、小太郎さんは首を左右に振った。
「一枚噛むというよりは、気づいた時にはすでに終わっていたようだ」
「つまり長尾家が知った時には、賀茂殿があやつらを撃退した後ということか。それでは責任追及できぬか……」
「長尾家が治めている場で行われたことであれば、長尾に瑕疵がないとは言い切れまい」
横瀬さんが長尾家に責任追及が難しいようなことを言うと、長野さんが吐き捨てるように責任はあると言う。
長尾さんの領地で起こったことに、長尾さんの責任がないというのは微妙な判断になると思う。
「考えようによっては、あえて黙認していたのではないか?」
「長尾景虎めぇ。賀茂様のご慈悲で生かしてやった恩を忘れおって、決して許せるものではありませんぞ」
長野さんはどうしても長尾さんに責任をとらせたいみたい。
ちょっと前は関東管領さんと長尾さんに従っていたのに、どうしたのかな?
負け戦に巻き込まれたことが許せないのかな?
「先ずは詰問の使者を出しましょう。そこでふざけた回答なら、越後を敵とします」
お義兄さんの言葉に、横瀬さんと長野さんが頷く。長野さんはお義兄さんの判断に従うようだ。さっきまで怒っていたのは、演技なのかな? うーん、分からん。
「北条さんはいいのですか? それに武田さんのことは?」
「もちろん武田には鉄槌を食らわせてやります。ただ、正直言って長尾と武田と戦うことになると、さすがに北条の相手は無理です。三方を敵に囲まれるのは、さすがに避けたいですね」
俺もお義兄さんに同感だ。負けるつもりはないけど、三方を敵に囲まれたらさすがに多少の被害を覚悟しないといけない。
「それじゃあ信濃に侵攻し、佐久郡と小県郡をちゃちゃっと取ってしまいましょう。同時に越後で内乱を起こさせます。内乱は起きるか分かりませんが、起こらなくても越後は放置して武田さんから奪った信濃二郡の防衛は海野さんや長野さんに任せます。そしたらお義兄さんが武蔵に侵攻するというのはどうですか」
俺の提案に三人が目を剥いた。
武蔵攻めは一番優先されることだったけど、そこに武田さんが入り込んだ。
なぜ武蔵かというと、お義兄さんの下には元々武蔵の国人が多くいるんだよね。彼らは関東管領に従っていたが、後継者だと名乗り出る人がいないんだ。
それで武蔵の国人が上野の国人やお義兄さんのところに転がり込んでいるんだよね。表現は悪いけど、今は国人やお義兄さんのところで無駄飯を食っているわけよ。
武蔵と上野の国人って、結構繋がりがあるらしく無下にできないんだってさ。そんなわけで、お義兄さんが武蔵を取るのは規定路線なんだとか。
もちろんお義兄さんにも思惑はある。
上野になくて武蔵にあるもの。それは海だ。
越後から塩を安く手にいれているけど、それはいつまでも続かないだろう。俺がいる間はいいけど、俺が死んだら越後だってどうなるか分からない。
それなら武蔵を手に入れて、新田の領内で塩を作りたいと思うのは当然のことだ。
それに元々北条さんが武蔵を奪ったのだから、それを奪い返すのに心は痛まない。新田として武蔵の国人のためという大義があるから、堂々と武蔵を取りにいける。そういうことらしい。
「越後の内乱は小太郎さんに任せるとして、信濃の侵攻は俺が出ます。海野庄奪還を願っている海野さんにはそれなりの働きをしてもらいますが、長野さんにも信濃侵攻を手伝ってもらいます。先ほども言いましたが、とった後の防衛は海野さんと長野さんにお任せします」
所謂、電撃作戦だね。ちゃっと行って、さっと帰って来るつもり。
「忠治殿が出るなら、一気に佐久郡と小県郡を奪うのは可能でしょう。しかし防衛は簡単ではないと思いますよ」
「殿の仰る通りです。二郡を我らに奪われて、武田も黙ってはいないでしょう。それに佐久郡は甲斐と国境を接します。故に武田は甲斐と信濃勢を合わせて一万は兵を出して来るでしょう。必死で佐久郡を取り戻そうとするはず。その軍勢を防ぐのは簡単ではございません」
お義兄さんと横瀬さんが防衛が難しいと眉間にシワを寄せる。
「防衛強化はしますよ。この金山城や厩橋城のように」
「なるほどっ! それならば防衛も可能ですな!」
長野さんがバシンッと膝を叩いた。
なんなら街道を完全に塞いでしまい、その間に武蔵のほうを攻める。塞いだ街道が重要なら、武蔵がある程度落ちついてから通れるようにすればいいし。
信濃侵攻は長野さんたち西上野勢にも旨味があるものだ。西側の吾妻郡、碓氷郡、甘楽郡は山間部ということもあって、あまり米が穫れない。しかし佐久郡と小県郡には盆地があってそこそこの米が穫れる。
すぐ横にある豊かな土地だからできれば侵攻したいが、武田との潰し合いはしたくない。しかし金山城のような堅城があれば、話は変わってくる。少数でも防衛できる城があれば、時間を稼いでいる間に俺やお義兄さんの援軍が期待できるからね。
「殿。賀茂殿が築城されるのであれば、武田の侵攻を防ぐことも可能でしょう。武田を放置できない以上、賀茂殿の案を採用されてはいかがでしょうか」
俺は築城とは言ってないけど、まあ似たようなものだからいいか。とりあえず行ってから考えるよ。
お義兄さんも武田を放置するつもりはないので、長野さんの言葉に頷かれた。
「すぐに評定を行います。皆を集めてください」
「「はっ」」
評定はすぐに開催され、武田さんがお義兄さんを襲ったこと、長尾さんがあえてそれを見て見ぬふりをしたのではないかと説明された。
武田討つべしという声に、お義兄さんが今後のことについて説明する。
まずは信濃の佐久郡と小県郡を取る。これは吾妻郡、碓氷郡、甘楽郡と群馬郡の一部の国人によって行う。これを聞いた西上野勢は野太い声で気炎を発した。
豊かな土地を得るチャンスだ。取った後の武田の反撃はあるだろうが、その対策として堅城を築くと言うと誰もが甘い汁を吸えると頬が緩む。
「信濃二郡の後は武蔵を攻め申す。こちらは信濃に攻め込んでいない者たちによって行います」
横瀬さんが武蔵も攻めると言うと、大歓声だ。広間が壊れそうになるくらい皆が気合を入れて騒いだ。
上野国の全国人や土豪に触れが出されると同時に、甲斐国武田家に対して宣戦布告の使者が送られた。
さらに小太郎さんが越後の反乱勢力を煽り、景虎派にも反景虎派や揚北衆が攻めてくると噂を流す。プラス、俺が今回のことで怒っていると噂を流してもらう。
無事に天王寺屋の番頭の伝助さんがやって来た。この日のために未亡人たちにがんばってもらい石鹸の数を揃えた。
「三カ月ほどしましたら、また石鹸を購入したく存じます。今度は三千個をご用意いただけないでしょうか」
「そんなにですか? しかしいくら海を越えた先で売れるといっても、三千個は多くないですか?」
「主が言うには、間違いなく売れるものですので最低でも三千個を仕入れたいとのことです」
「つまり三千個以上でも買い取ってくれると?」
「もちろんです」
豪勢だねぇ。
「爺やさん。皆にどんどん作るようにお願いしておいてください」
「承知しました」
嬉しい悲鳴だね。こういう悲鳴は大歓迎だ。
「ところで賀茂様」
「ん、何ですか?」
「戦があるとか」
「うん。残念なことに、上野介様を暗殺しようとした武田家を成敗することに決まりました」
「暗殺ですか……」
「そうだ。上野介様のところに行けば、商機があるかもしれませんよ」
「それは是非お伺いしなければいけませんね」
「うん。商人なら貪欲に儲けなければね」
「賀茂様は商人のことを分かっておられるようですね」
「武士は戦うこと、商人は商売をすること、農民なら田畑を耕すこと。それが仕事ですからね」
武士は統治というよりは戦うことが仕事だ。統治というのは政治家の仕事だけど、困ったことに武士で政治家の素質がある人はあまりいない。
それで成り立つのだから、戦国時代は結構いい加減なものだと思う。そのおかげで戦乱が続いているのかもね。
その点、お義兄さんは政治家っぽい。武士の才能はよく分からないけど……なさそうだけど……政治家の才能の片鱗は見せていると思う。いくら俺にビビったとしても上野の国人たちをまとめ上げて従えているんだから、お義兄さんの政治家としての手腕はそれなりのものだ。
甲斐国へ送った使者が帰って来た。
こちらは謝罪の意志を確認し、ノーと言われたら宣戦布告する段取りだった。
もちろん武田さんは完全否認。よって宣戦布告をし、使者は帰ってきた。
「一気に佐久郡と小県郡を落とす! 進軍!」
「「「おおおっ!」」」
長野さんの号令で、上野三郡の国人からなる軍およそ三千五百が進軍を開始した。
宣戦布告していることから、武田さんも佐久郡の守りを固めているだろう。
小太郎さんの配下の情報では、武田軍はおよそ三千で、小田井原に布陣しているらしい。甲斐から連れてきた兵と佐久郡から掻き集めた兵たちだ。
俺たちは馬瀬口城、宮崎城、谷地城などを落として侵攻。武田家は小田井原で待ち受けているから、大した反撃もなく進んだ。
小田井原で武田軍と対峙。
「武田勢の大将は多田淡路守殿、副将に原隼人佑殿にございます」
うん、まったく知らない人たちだ。
そもそも俺は歴史に詳しくないのだ。
「淡路守はこの小田井原を知り尽くしておる御仁ですな」
そうなの? そんな目で見ないでよ。俺、そういうの疎いんだから。
長野さんが息を吐き、話を続けた。
「あれは六年前ですか。武田軍と関東管領軍がこの小田井原で激突しました。その時に淡路守の活躍などがあり、関東管領軍は大きな被害を受けて敗退したのです」
以前にこの小田井原で戦いがあって、淡路守さんが大活躍して武田軍が勝った。だから武田軍としては縁起のいい場所というわけね。
ふふふ。そういうの、関係ないから。
「本当かどうか分かりませんが、上田にて火車を退治したとか」
「……かしゃとは?」
また呆れたような目で見られた。俺がなんでもかんでも知っていると思ってもらっては困るな。
「賀茂殿は陰陽師では?」
「事実無根ですね。俺が陰陽師だと言ったことは一回もないですけど」
「そうか……火車というのは、死体を漁る物の怪だと言われている。細かいことは儂も知らんがね」
むしろ細かいことを知っていたら、引くんですけど。それと淡路守さんは陰陽師かよ! とツッコみは入れないよ。陰陽師とか鬼とか守護神とか言われている俺がそれを言ったら、ブーメランで返って来そうだからね。
「長野さん。敵の心を折ってきますので、あとのことはお願いします」
「承知した」
目指すは多田淡路守さん。今回は信濃の統治もあるから、あまり殺すつもりはない。最小限の被害で大きな恐怖を与える。それが今回俺に与えられたミッションだ。
そんなわけで、殺さずに怖がらせようと思う。そういうときに魔法は便利だ。
ガーネルド棒を肩に担いで悠々と武田軍の前へ歩いていく。こういうのちょっと恥ずかしいけど、しっかりと俺の姿を見せつけないとね。
ご愛読ありがとうございます。
これからも本作品をよろしくお願いします。
また、『ブックマーク』と『いいね』と『レビュー』をよろしくです。
気に入った! もっと読みたい! と思いましたら評価してください。
下の ☆☆☆☆☆ ⇒ ★★★★★ で評価できます。最小★1から最大★5です。
『★★★★★』ならやる気が出ます!




