022_堺でいろいろ
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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022_堺でいろいろ
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京都での行事も終わったし、俺たちはすぐに本能寺を辞して堺へと向かった。
摂津国、河内国、和泉国の境にあるから堺と言われるようになった土地らしい。
現在の堺は商人の町で、会合衆という商人の寄り合いが自治を行っているのだとか。
政所執事の伊勢伊勢守さんから三好家の松永弾正さんを紹介された。
松永弾正というと、俺でも知っているボンバーッした人だよね! 茶釜か何かに火薬を詰めて爆死とか、派手だ! 俺、そういうの、面白いと思います!
松永さんはどれだけ偏屈な人かと思ったら、意外とまともっぽい人だった。もっとパンクな人かと思っていただけに、拍子抜けだったよ。何というか叩き上げの苦労人って感じかな。
「この者は天王寺屋と申す商人にござる。堺のことであれば、この者に任せておけば問題ござらん」
松永さんに紹介された天王寺屋さんは、商人とは思えない鋭い視線の持ち主だった。武士としても十分にやっていけると思うほどの貫禄だ。お義兄さんに見習わせないといけないね。
「天王寺屋宗達と申します」
「新田上野介である。よしなに頼みおく」
お義兄さん、余所行きモード。このモードになると、少しだけ顔が引き締まる。一国の主だから、これくらいのほうがいいよね。
「上野介様の義弟の賀茂忠治と申します。よろしくお願いします」
絶対陰陽大允なんて自己紹介しないからな。
「忠治の妻の胡蝶なのじゃ。よしなにな」
「これはご丁寧に。ささ、奥へ」
天王寺屋さんの屋敷内に通された。ここはっ!?
「先ずは一服してただければと思います」
やったね、抹茶だ! 俺、抹茶大好きなんだよ。
松永さんからお茶が配られる。
お茶を点てるお点前も淀みなく素晴らしいが、あのお茶碗もいいな。ゴツゴツとした茶色の肌だけど、そこに黒色がアクセントとして入っている。
お義兄さんを経て俺の番に。茶碗は抹茶のような深い緑色だ。松永さんやお義兄さんの茶碗もいいものだったけど、これもいいものだ。さすがは豪商なだけはある。
茶碗をひとしきり眺めた後はお茶を飲む。喉越しがよく鼻に抜ける香りが芳醇だ。茶人なだけあって、さすがの腕前ですね。
「とても美味しいお茶でした。スーッと肩の力が抜けていくのを感じました」
「それはようございました」
胡蝶の漆黒の茶碗もいいな。今回見た四つの茶碗の中では、俺の緑のやつがいい。引き込まれそうな深い緑色がなんとも俺の心を落ち着かせる。
「この茶碗はどこのものですか?」
「瀬戸物にございます。そういった深い青のものは珍しいものですね」
「いいものですね」
欲しいけど、どうせお高いんでしょ。だからしっかりと目に焼きつけておこう。
「どうぞお持ちください」
「え?」
俺はそんなに物欲しそうにしていた? ポーカーフェイスしてたと思うんだけど。
「お気に召していただけたようですから」
「しかし……」
「もらっておきなさい。天王寺屋はそれで陰陽大允と繋がりができた。それでよいのだろう」
お義兄さんがもらっておけと言う。俺とのパイプができても大したことはできないよ。あ、でも……石鹸とか売れるかな。
「剣聖様と知己を得ることができたのです。それだけで大きな財産です。はい」
もう噂が流れているの? すぐに京都を発って堺にやって来たのに、天王寺屋さんは耳がいいね。
「そうなのじゃ。妾の夫は帝より剣聖の称号を戴いたのじゃ。ははは」
胡蝶は俺が剣聖と言われて本当に嬉しいようだ。ことある毎に剣聖を連呼する。自慢したいのは分からんでもないが、吹聴しまくるのは恥ずかしいから止めてくれ。松永さんも苦笑しているぞ。
茶碗をもらってしまったので、天王寺屋さんを儲けさせてあげないといけないな。
石鹸は儲かるか分からないが、これが駄目なら別のものを考えよう。今すぐどうこうというわけではないだろう。
「天王寺屋さん。これを扱うことは可能ですか」
桐箱に入れた石鹸を差し出す。どこから出したかは秘密。
「拝見いたします」
桐箱を開けて紫の風呂敷を開くと鎮座する石鹸が露わになる。動物の脂といくつかの素材で簡単に作れるものだ。俺の領内で未亡人になった女性たちに作ってもらっている。
石鹸の生産量はそこまで多くはないけど、今のところは俺の領内とお義兄さんの直轄領くらいで消費しているので問題ない。未亡人たちの生活の足しにもなっているからもう少し売れればと思っている。
「石鹸……ですかな」
石鹸を知っているの? それなら話が早いね。
「俺の領内で生産させているものです。商品として扱うことはできないですかね」
「石鹸の生産……まさか……しかし……」
天王寺屋さんはブツブツ言いながら、石鹸を凝視している。
「石鹸はどれほどの量をご用意いただけますでしょうか」
「今はそれほど流通しているものではないから、そこまで多くないかな。量産は可能だから必要数を教えてもらえれば、多少時間はかかるけど生産体制を整えるようにしましょう」
「では、この石鹸を一千個購入させていただきたいと存じます」
「は?」
一千個も購入して、売り捌く自信があるの? さすがは豪商と名高い天王寺屋さんだ。
「少し時間をもらえたら用意できるけど、そんなに購入して大丈夫なのですか」
「石鹸は明や南蛮の人々に売れますからな。特に南蛮人には高値で売れますので、呂宋島へ持ち込めば、一瞬で捌けるでしょう」
ルソン島ってたしかフィリピンだったか? 台湾からそれほど遠くないとはいえ、今の時代の船だとかなり危険な航海になるだろう。そんなところでも商売をするとは、堺の豪商はすげーな。
「一千個、いつごろご用意いただけますか」
「上野に帰って一カ月もあれば、用意できると思いますよ」
用意できなければ俺が錬金術で用意する。できれば継続的な商売になってほしい。それで未亡人たちの収入が増えるからね。
「では賀茂様がお帰りになってから一カ月後に、店の者を上野に送りましょう」
天王寺屋さんがパンパンと手を打つと、障子が開いた。ずっと縁側に控えていた人だ。
「この者はうちの番頭にございます。名を伝助と申します」
深々と頭を下げた伝助さんは、四十前の人好きのしそうな顔の人だ。
「この伝助を上野へ送りますゆえ、よろしくお願いいたします」
「伝助と申します。よろしくお願いいたします」
「上野国厩橋城城主賀茂忠治です。よろしくお願いいたします」
石鹸で商売になりそうになかったら別のものを用意するつもりだったけど、問題なさそうで良かった。
「あと、明や南蛮から野菜を手に入れてもらえますかね」
「野菜にございますか……」
「ええ、野菜です。芋も欲しいですね。とにかくなんでも構いません。上野で育てられるか、試してみたいのです」
なんでもいいから外国の野菜を手に入れたい。
堺の豪商なら、もしかしたら手に入れられるかもしれないからね。
その後、お義兄さんとも商談を行った天王寺屋さんに、俺は茶道を学びたいと頼んだ。
異世界では日本が恋しくて、日本的なことの真似事をしていた。それが茶道だ。といっても向こうの茶葉は日本のものではないから、なんか違うのだ。俺の腕が悪いのもあったのだろう、こっちで茶道を学ぶ機会があればと思っていた。
「私などまだまだにございます。我が師の仲材様をご紹介いたしたく存じます。松永様も仲材様より茶の湯を学ばれておりますれば」
松永さんも茶の湯を学んでいるんだ。まあ茶器を渡せと言ってきた信長への嫌がらせで、茶釜に火薬を詰めてボンバーッするくらいの人だから驚かないけどね。
幸いなことに仲材様という方にお会いすることができ、茶の湯を学ばせていただいた。仲材様は武野紹鴎という方で、一閑斎と号している。うん、よく分からん。だから仲材様で通すことにした。
南宗寺で何度か仲材様に茶の湯を指南していただき、俺もいっぱしの茶人のような気持ちになる。本当はもっと仲材様の下で学びたいのだが、お義兄さんを上野まで護衛しなければいけないのでそうもいかない。
胡蝶も堺を満喫したようだから、そろそろお暇をすることにした。
「仲材様、名残惜しいですが、またお会いできることを楽しみにしております」
「賀茂様は筋がよろしい。きっと独自の茶の湯を開花させられるでしょう」
「そうなれば嬉しいことです」
仲材様や天王寺屋さん、松永さんに挨拶をした俺たちは、丹後を通って若狭へ入り、そこから越前国敦賀郡に入った。
そこでまた朝倉宗滴さんに飲まされたけど、無事に船で越後へと入り上野へと帰りつくのだった。
ご愛読ありがとうございます。
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