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021_鬼切りの岩

 この物語はフィクションです。

 登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。

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 021_鬼切りの岩

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「きえぇぇぇっ」


 義藤君が奇声を発しながら伊勢守さんに切りかかる。もちろん木刀だ。伊勢守さんはそれをいなす。軸をずらされた義藤君は追撃ができない。次も同じだ。伊勢守さんは腕の差を見せつけて、義藤君はそれに苛立っていく。

 振りは鋭くそれなりの才能はあると思うが、義藤君は堪え性がない。それが剣に現れている。


 伊勢守さんに子ども扱いされた義藤君は腐る。と思ったんだけど、目をキラキラさせて伊勢守さんを凄いと褒め称えた。

 表裏がない性格のようで、本当に純粋な子供だと思った。


「伊勢守! 余の剣術指南役を命ずる!」


 お義兄さんの剣術指南役を勝手に将軍家の剣術指南役に任命するのはいただけない。でも伊勢守さんからすると、新陰流を世の中に知らしめることができるからメリットがある。


「上様。伊勢守殿は上野介殿の被官なれば、軽々しく剣術指南役に命ずることはできませぬ」


 伊勢貞孝さんが苦言を呈すると、義藤君は眉間にシワを寄せた。

 この伊勢貞孝さんも伊勢守さんなんだよね。うちの伊勢守とダブルけど、貞孝さんは苗字も伊勢なので軍配は貞孝さんに上がるのかな? やっぱ数は力ですよ! てかさ、伊勢伊勢守なんて紛らわしいよね。


「上野介。伊勢守を余の剣術指南役として迎えたい。よいな!」


 よいなと聞いているが、実際は聞いていない。こういうところが子供なんだよね。


「伊勢守は当家としても貴重な人材。公方様の御言葉ではありますが、お断りさせていただきます」


 公方様というのは義藤君のこと。公方様とか大樹とか上様と呼ばれているらしい。将軍様でいいじゃんね。


「何っ!? 余が頼んでいるのだぞ!」


 それが人にものを頼む態度か。どういう教育をされてきたんだよ。

 しかしお義兄さんがきっぱりと断るとは思わなかった。いつものほほんとして頼りないのに、言う時は言うんだね。俺、お義兄さんのことを見直しちゃったよ。


 義藤君がぐぬぬぬとお義兄さんを睨むが、お義兄さんは退かない。がんばれお義兄さん! 俺はお義兄さんを応援しているぞ!


 礼儀もわきまえない子供じゃ、天下は治められないだろう。なんなら、ここでぶっ飛ばしてお義兄さんに将軍職を譲るように言い聞かせようか?


「殿のお許しを戴ければ、某三カ月ほど京に留まり、公方様に剣の指南をしたく存じまする」

「伊勢守!?」


 義藤君、歓喜。表情がすぐに顔に現れるから、とても分かりやすい子だ。


「三カ月である。しかと申しつけた」

「はっ」


 お義兄さんはあっさりと認めた。多分こうなることを予想していたんじゃないかな。お義兄さんはボーっとしているようで、しっかり考えている人なんだ。ちゃんとTPOを弁えた口調になるし。意外とできる人なんです!


 その後、伊勢守さんが京に残ることに気をよくした義藤君は、お義兄さんを上野の守護に任じてくれた。

 義藤君の印象としては、子供だね。駄々っ子。もうね、これに尽きる。

 誰も叱ってくれる大人がいなかったんだろうね。我が儘に育った子供だ。無駄に権威だけあるから、厄介な存在だと思う。





 あの日から伊勢守さんは毎日義藤君のところに通っている。お義兄さんの護衛としてついてきたのに、職務を全うできないことに平謝りしていた。でも伊勢守さんのおかげで、義藤君とのパイプができた。それは悪いことではないとお義兄さんは考えているようだ。


 さて、これからが本番だ。俺とお義兄さんは内裏へと向かった。

 なんでも朝廷と新田家も色々因縁があるんだとか。朝廷が南朝と北朝に別れて戦い、新田は南朝、足利は北朝なんだって。

 そして南北朝合一後は、北朝系の天皇ばかりが即位しているらしい。つまり南朝に組した新田は、今の天皇とは相容れない。ということはないらしい。これも足利と同じで、岩松だったお義兄さんは特に気にしていないんだって。


 勝てなかった新田が悪いのであって、勝った足利が正しい。それが戦というものだと、お義兄さんは達観していた。

 あのぼーっとした顔でちゃんと考えているんだよ、お義兄さんは。


 俺もその考えは、正しいと思う。力ない者は、滅ぶか力ある者の下で生き延びるしかないのだ。

 これ異世界で学んだことで、俺は力によって力の象徴である魔王を倒した。

 勝った俺が正しく、負けた魔王が悪。そう考えないと、俺の十三年間はなんだったのかという話になる。

 戦争で負けるということは、そういうことなんだよ。だから何をしても勝つ必要がある。だから準備に十三年もの時間がかかってしまった。長かったよ……。


 現代日本は東京に皇居があるけど、この時代は京都にある。塀はところどころ崩れていて、天皇が住む場所とはとても思えない有様だ。


「これが今の日本の現実か」


 ちょっと情けないと思いつつ進む。


「何か言いましたか?」


 横に轡を並べるお義兄さんに、俺の呟きが聞こえてしまったようだ。


「いえ何も……」


 参内すると、お義兄さんは部屋の中、俺は縁側に控えた。位階が従五位下のお義兄さんと従七位上の俺とでは一緒の部屋に入ることさえできないのだとか。

 呼ばれたからやってきたのに、こんな扱いをするなら呼ばないでほしい。こういうことが礼儀知らずな人たちだと思うわけよ。それだけで滅ぼす理由になる。


 俺の官位は低すぎて、本来は昇殿することが許されないらしい。庭先で控えさせられても、名誉なことだと思うらしい。バカじゃないか。

 もしそんなこと言われたら帰りますよ。マジで。なんなら、都を灰にしてやろうかってくらい怒るよ。魔王じゃないから内裏を消滅させるくらいで収めてやるけどさ。


 天皇が現れたようだ。俺は頭を下げる。同時に朝廷のお歴々も部屋に現れ、自分たちの席に腰を下ろしていく。


 御簾の向こうに天皇、手前の左右に白粉を塗りたくったお公家さんたち。ちょっと離れてお義兄さん、さらに離れて俺。

 これでは声も聞こえないよ。まあいいけど。


 お義兄さんが挨拶を述べる。お公家さんたちから何やら質問されているようだけど、お義兄さんが淀みなく答えていく。こういう時のお義兄さんは頼もしいね。


「陰陽大允」

「はっ」


 急に呼ばれたので、慌てて返事をする。

 俺を呼んだのはお公家さんの一番下座に座る人。俺から見て左側の人だ。


「鬼と言われるほどの武威でおじゃるとか」

「腕っぷしには多少自信がございます」

「陰陽師の術を使うのでおじゃるか」

「いえ、まったく」

「それでは占星術は」

「さっぱりにございます」

「賀茂であろう」

「分家の分家のさらに分家ですから、とても陰陽師のようなことはできません」

「左様でおじゃるか」


 これで俺への興味は失われただろう。早く帰してほしいよ。胡蝶と堺見物に行くんだから。


「御上が陰陽大允の腕前を見たいと仰せでおじゃる」


 面倒だな。断っちゃおうかな。俺一人ならそれもいいんだよね。

 でも胡蝶やお義兄さんのことを考えると、少しくらい我慢するよ。何をすればいいの? さっさとやるよ。


「何をすればよろしいのでしょうか」

「その岩を切れるでおじゃるか」


 庭にある直径一メートルほどの岩だ。この庭って日本庭園のように考え抜かれて岩が配置されているんじゃないの。それを切っていいわけ?


「出来ぬでおじゃるか」


 なんか馬鹿にされてる? カッチーンッ。いいでしょう。切ってご覧に入れようじゃないの。


「刀をいただけますか」

「刀を持て」


 貸してもらった刀を鞘から抜く。いい刀だ。名刀と言って差し支えないものだろう。なんてね。刀の良し悪しはそこまで分かりません。あまりの鈍らなら分かるけどさ。


 鞘をそっと縁側に置いて、岩の前に立つ。建物はボロいが良い日本庭園なんだけどなぁ。勿体ないがご所望とあらば、致し方なしだ。


 細く息を吐く。剣気を刀に纏わせる。名刀でもこの岩を切るのは難しいだろう。それを可能にするには、刀に剣気を纏わせることだ。正直に言うと、この程度の岩なら刀がなくても気だけ切り裂ける。でもそれをしたら、刀で切った時よりも大騒ぎになるだろう。それこそ陰陽師だとか言われそうだ。


 そもそも直径一メートルもある岩を、八十センチくらいの刀で切れるわけがない。そのためにも剣気を纏わせる必要があるのだ。切る瞬間に剣気を伸ばして不足する長さを補わないとね。


 ゆっくりと刀を振りかぶると、ゆったりとした動作で刀を振り下ろす。こんなことで岩が切れるわけないと見ている人たちは思うだろう。だけどね。剣というのはただ速く振ればいいというわけじゃないんだよ。偉い人にはそれがわからないのよね。


「「「………」」」


 岩から離れて鞘に刀を納める。


「どういうことか、岩はきれてないでおじゃるぞ」


 刀を縁側に置き、玉砂利の上で膝をつく。とんだ茶番だよ。

 次、俺にこんなことさせたら、お義兄さんが止めてもぶっ飛ばすからな。胡蝶なら止めるけどさ。


「とくとご覧ください」


 俺の背後で岩に斜めの線が入り、その線にそってずり落ちる。


「「「っ!?」」」


 お公家さんたちが目を剥き、口を開ける。馬鹿面晒して、ふふふ。


「満足いただけましたでしょうか」


 俺が問いかけても皆ポカーンとしている。唯一お義兄さんだけがニコニコしていた。

 そうこうしていると、徐に御簾が上げられる。天皇の姿が露わになり、俺は頭を下げる。足音が近づいてきて、縁側までやって来た。


「見事である。陰陽大允に剣聖の称号を贈ろう」


 え、日本にもそんな称号があるの?


「陰陽大允よ。直答を許す」


 先程質問してきたお公家さんが直答を許してくれた。

 これがないと、天皇と話もできないらしい。面倒なものだ。


「ありがとう存じます」

「墨を持て」


 天皇の前に紙と筆、墨が用意されてつらつらと何かを書いた。


「賀茂陰陽大允忠治を、朕の名において剣聖と認めるものである」


 剣聖認定の書だった。


「家宝にいたしまする」


 一応、天皇の書だから、掛け軸にして大事なお客さんが来た際に見せてやろう。俺はそうでもないけど、天皇直筆の書を見た人はありがたがるだろう。

 そもそも読めない文字で書かれているから、俺にはぴんとこないわけよ。


「あの岩は鬼切りの岩と銘することにしようぞ」

「「「おおお! 鬼切りの岩!」」」


 俺が切った岩を、天皇が鬼切りの岩と名づけた。俺、鬼ちゃうし。

 しかもこれじゃあ「鬼を切った岩」と受け取られるよね。天皇の言葉だから誰も否定しないけどさ。


「陰陽大允、そして上野介。本日は大儀であった」

「「ははっ」」


 天皇が下がって行く。ちょっとイベントあったけど、大きな騒動がなくてよかった。京都が後世に残るよ。灰にならなくて良かったね。


 

ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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[一言] 尾ひれ付いて、天皇を惑わした鬼が陰陽師に追われて岩と成ったものを神剣で斬った話になりそう。
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