016_魔法は人のために使うものだ
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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016_魔法は人のために使うものだ
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海野庄のことはお義兄さんと相談の上決定するけど、一応小太郎さんに探ってもらっている。
「いい湯ですな」
「無理はしないでくださいね、海野さん」
胡蝶や爺やさん、伊勢守さんなどが皆逃げ出す草津の湯に、俺と海野さんは浸かっている。
胡蝶と入りたかったけど、やんわりとお断りされた。そこで海野さんを誘ったらついて来た。
「ははは。某、このくらいのほうが気持ち良いでござる」
「それなら良かった」
俺を頼って草津の湯までついて来ている海野さんには、できる限りのことをしてあげたい。やれることの限界はあるけど、放置はしないつもりだ。
でもさ、顔が真っ赤だよ。めっちゃ我慢してるでしょ(笑)
湯治に来てまで仕事はしたくないけど、小太郎さんが色々な情報を持ってきたので聞くことにした。
小太郎さんが持ってきた情報によると、海野さんから海野庄を奪った村上さんはかなり劣勢らしい。砥石城を真田さんに奪われたのが痛かったみたい。
真田さんは武田さんに仕えていて、砥石城周辺は武田さんの配下が入っている。今のところ海野庄は武田さんの直轄地らしい。
「どうする」
小太郎さんが鋭い目で俺を見る。怖いんですけど。
「どうすると言われてもなぁ~。村上さんが海野庄を治めているならともかく、いないのに攻めるわけにはいかないよね」
「村上を海野庄に入れたらいい」
「それでは海野さんの親戚の真田さんが危なくなるってことだよね。それはよくないかな」
「主は甘いな」
「そうかな……でも下手なことをして真田さんが滅んじゃったら、海野さんが悲しむからさ」
「まあいい。いつでも動けるように手の者を入れておく」
「うん。よろしくね」
武田さんは今のところこちらに手を出していないし。こちらから手を出すなんてしたくない。戦いになっても負けるとは思わないけど、だからといって戦いを吹っ掛けるつもりはない。
海野庄の話の次は北条さんのこと。今のところ北条さんは上野に手を出していない。でも下総や下野に勢力を伸ばそうと躍起になっている。
「今は下総の攻略に精を出している。しばらくは上野には手出ししないだろう」
その分下総に手を出している。上野に手を出してないから、下総に注力できるんだろう。でもさ、下総の古河公方の娘とお義兄さんが婚約していて、もうすぐ嫁いでくるんだよ。ああ、古河公方じゃなく、前古河公方ね。つまりうちに飛び火が来そうな気がするんだよなぁ。
「そういえば、古河公方さんの姫さんの嫁入りはもうすぐだよね」
「主が金山城に帰った頃に嫁いでくる予定だ。こっちは問題なく進んでいるぞ」
「そっかー。そのことで北条さんがどう動くかだね」
古河公方とうちが結びつくのは、北条さんとしては避けたいだろう。どうするのかな。もちろん小太郎さんの配下を北条さんのところに入れている。うちにとって一番気になるのは北条さんだもんね。
「その北条だが、嫡男の氏親が死んだらしい」
え、うじちか君死んじゃったの? なんで?
「なんでもとても恐ろしい目に遭い、その後寝込んだらしい。寝ていても魘され続け。最後は皮と骨だけになって死んだらしいぞ」
うじちか君、何があったんだよ。可哀想に。
「主、何かしただろ」
「え、俺? ……ソ・ン・ナ・コ・ト・ナ・イ・ヨ」
「原因は主か。やはりな」
そんな目で見ないで! 俺、悪くないもん。殺されそうになったから、ちょっとお仕置きしただけじゃん。俺が悪いんじゃないんだよ、本当だよ。
「まだ子供だったよね。残念だよ」
「元服しているのだから、子供ではないな」
十八歳未満は子供です。
「えー、まだ十四、五でしょ」
「十六だ」
「十分子供じゃないか」
「それを言ったら、主も子供ではないか」
え、俺は三十ですが……。そうか、俺若返ったんだったな。時々そのことを忘れてしまうんだよね。
年が明けて天文二十二年。俺たちは草津温泉で年を越した。こういうのんびりとした年越しは久しく味わってなかったから、とても新鮮に思えた。
胡蝶に合わせて四十度くらいの湯に浸かる。これはこれで気持ちいい。温泉に入って胡蝶に酌をしてもらう。なんて至福な時なんだろうか。
「スルメが食いたい」
酒の肴として思い浮かぶのは、枝豆とスルメだ。異世界でもイカはいたけど、気を許すと殺される日々を送っていたから酒はあまり飲まなかった。しかも異世界の酒はワインっぽい果実酒がメインで、枝豆とかスルメよりはチーズが合う感じだった。
「スルメなら手に入るのじゃ」
「なんだと!?」
「蝦夷の産物じゃ。越後でなら手に入るのじゃ」
「越後……よし、越後に行こう!」
「待つのじゃ。湯治が終わったら、兄上の婚礼があるのじゃ。それに商人に頼めば取り寄せてくれるのじゃ」
「むぅ……分かった。商人に頼むことにするよ」
「それがいいのじゃ」
あとは枝豆だな。大豆を作っている農家に頼めば夏から秋にかけて食えるはずだ。この時代には冷凍枝豆ないからなぁ。
胡蝶に酒を注いでもらい、クイッと喉に流し込む。アルコール度が低いのか、あまり酔わない。もっとも酒をいくら飲んでも、俺は酔いつぶれることないけど。
異世界にはドワーフが好んで飲む火酒というものがあったが、あれは強烈だったな。普通の人ならおちょこ一杯分で昇天できるくらいアルコール度が高かった。ほとんどアルコールの酒だ。地球だとウォッカとかかな。飲んだことないから分からないけど。
胡蝶の盃にも酒を注ぐ。胡蝶は風呂に入っていることもあって、頬が赤い。そろそろ上がらせたほうがいいな。俺につき合っていると、湯あたりするからね。
そんな幸せな日々は長く続かない。冬の間を草津で過ごした俺たちだが、金山城に帰らなければいけないのだ。
「寒くないか」
「大丈夫なのじゃ」
伊勢守さんは先に帰ってしまったが、爺やさんと海野さん、それと小太郎さんの風魔党十数人は雪が融けた道を金山城へと向かう。
お義兄さんのお嫁さんが到着する前に金山城に到着する予定だ。
と思ったら雨が降り出して、小太郎さんの蒼海城で足止めを食ってしまった。地元の人が坂東太郎と呼んでいる利根川が増水して渡れないのだ。
「酷い降りだな」
雨は四日間降り続いているが、止む気配はない。
「いつになったら止むのじゃろうな」
胡蝶の肩を抱きながら空を見上げていると、ドカドカと足音が聞こえてくる。
「一大事にござる!」
爺やさんが慌てている。一大事と言うからには、何かあったのだろう。
「坂東太郎が氾濫しましたぞ!」
「む……」
つまりは洪水だ。
「こんな時期に氾濫とは珍しいことじゃが、領民の避難はできておるのか?」
「多くは避難できましたが、一部取り残された者たちがいるとの報告です」
「それで、その人たちは今どこに?」
「八幡川と坂東太郎の間にござる」
聞けばこの蒼海城の真東に二十人ほどの領民が取り残されているらしい。早く助けないと、流されかねない。
「ちょっと行って来るね」
「気をつけるのじゃぞ」
「ああ、大丈夫だ」
胡蝶の額に口づけし、俺は蒼海城を飛び出した。激しく振る雨を切り裂くように飛ぶ。物理的に飛ぶ。
眼下は泥沼のようになった地面ばかりだ。これだけ降り続くと、地下へ浸透しきれずに地面の上に水が溜まってしまうようだ。
「いた。あそこだ」
二十人ほどが身を寄せ合っている。そのすぐ目の前を濁流が流れている。早く助けないと流されてしまうだろう。
「こういう時のために魔法があるんだ」
人を殺すために使われることが多い魔法だが、人を助けるためにこそ使うべきだ。
土魔法で橋を造ろうとした時だった。子供の一人が濁流に足を取られて流された。
「くっ、間に合え!」
親たちは子供の名前を呼ぶが、動くことができない。諦めの表情だ。
茶色く濁った濁流が子供を飲み込もうとし、子供は必死に助けを求めて手を伸ばす。
速度を上げて子供へと向かう。濁流は容赦なく子供の体力を奪っていく。子供の動きがどんどん鈍くなって、水の中に……ガシッ。最後まで伸ばし続けた手が水に沈んだ瞬間、俺はその手を掴んで引き上げた。
「ゲホッカホッ」
大丈夫だ、生きている。
「よくがんばったな」
「お……お兄ちゃんは……」
「俺は忠治。よろしくな」
「私は福」
「福か。いい名前だ」
福を抱きかかえたまま上空で待機。土魔法で橋を造って農民たちを救出。
「ありがとございます。ありがとございます」
「仏様のご加護じゃ。ありがたや、ありがたや」
農民たちはしきりに頭を下げてくる。
俺は赤鬼で、守護神で、とうとう仏になったらしい。
「この先の蒼海城に向かってくれ。そこで飯を食わしてもらえるぞ」
「はい。本当にありがとうございました」
「お兄ちゃん、じゃあね」
手を振って二十人を見送る。
「さて、坂東さんをなんとかしないとな」
利根川には堤防と呼べるようなものはない。これでは雨が降れば氾濫するのは当然だ。
「まさか堤防工事をするとは思わなかったが、人々のためだからな」
土魔法で堤防を築いていく。中は石、外は土にした。お義兄さんに頼んで、桜を植えてもらおう。そうすれば春は桜が立ち並んで美しい景色になるだろう。
坂東太郎全域に堤防を築くには、さすがに時間が足りない。先ずはこの辺りの堤防を築き、あとは利根川流域の領主に聞いて対応しよう。
ご愛読ありがとうございます。
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