015_山科言継がやって来たよ
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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015_山科言継がやって来たよ
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「いい湯ーだーなー、ちゃららん。雫がポタリと背中にぃ~おーちてー」
草津の湯は熱い。めっちゃ熱い。揉み湯しないと入れない。普通はね。俺はこの熱々の湯がいいのだ!
胡蝶は熱すぎて無理だった。普通に入れる湯舟もあるから、そっちで俺を見ている。そんな目でみないで、我慢してるんじゃないんだよ。本気で気持ちいいんだ。
こっちとら江戸っ子でぇ~、てやんで~。と言いそうになるじゃないか。
俺が熱々の湯に浸かっている頃、金山城に来客があった……。
▽▽▽ 山科言継 ▽▽▽
久しぶりに関東を訪れてみると、なんと関東管領上杉憲政殿が戦死したと聞いた。北条に圧をかけられ越後に逃れたと聞いていたが、越後守護代長尾景虎殿の軍勢を引き連れて上野へ戻って来て北条勢を上野から駆逐した。ここまでは良かった、ここまでは……。
関東管領は上野で自分に従わない国人たちを攻めたのだが、新田郡にある金山城の岩松―――今は新田と名乗っている新田義純の妹婿である賀茂某とかいう者に大敗を喫してしまった。関東管領はその時に戦死し、越後の長尾景虎殿は捕縛された。
賀茂某は新田の守護神とか赤鬼とか言われているらしいが、その武威を背景に新田義純は上野を瞬く間に統一してしまったのだ。
元々岩松家は新田氏の惣領として認知されている家だが、先代の頃に家老の横瀬某に城を乗っ取られた冴えない一族であり人物だったはずだ。それが賀茂が現れたことで、上野一国を支配するに至っている。これを幸運という言葉で片づけていいものなのだろうか。
賀茂とはいったいどのような人物なのか。数カ月前に上野に現れたが、誰もその過去を知らないとか。謎が多い人物だ。
「しかもたった一人で二万の軍に勝ったなど、あり得ぬ。話が誇張されているのは当然だが、それでも誇張しすぎだろう」
賀茂といえば、安倍晴明が師事した賀茂忠行を思い浮かべるのう。陰陽道で鬼を操っているのではないだろうな。本当にたった一人で関東管領軍を撃退したのであれば、まさに鬼と言える働きだが……ふふふ、まさかな。
賀茂某に興味が湧いた麿は、上野に向かった。
「しかし越後の長尾景虎……毘沙門天の生まれ変わりだとか吹聴していた割に、だらしがない」
噂が本当であれば、いや、そのようなことはないだろうが、それでもたった一人にいいようにされるなど、毘沙門天の名が泣くわ。
麿はその異様な光景に息を飲むことしかできなんだ……。
見上げるは高く聳え立つ石の防壁。これまで多くの城を見て来たが、このような石の防壁がある城などなかった。それが二重、三重に折り重なっている。この城を落とすのに、どれほどの軍勢が必要なのだろうか。十万か……あるいは二十万か……想像もつかぬわ。
城内に入ってもその堅牢さがよく分かる。重厚な石の防壁を破壊するなどできぬであろう。その上から矢を射かけられたら、なす術なく倒されることになるはずだ。しかもその石の防壁がどこまでも続いている。
さらに門はなんと鉄だ。しかも内と外に二枚の鉄の門がある。それが何カ所もあるのだから、どれだけ強固な城なのかと舌を巻く。
新田義純殿に面会する。なんとも間の抜けた顔の者よ。されどこの者が今は上野を実際に支配しているのだ。侮ってはならぬ。
その後ろには家臣たちが居並ぶ。横瀬信濃守、長野信濃守など見たことのある顔もある。こうやって上野の国人たちを従えているのを見ると、新田家に力があるのが分かる。
残念なことに件の赤鬼は不在だった。赤鬼の顔を見て、京への土産話にしようとおもうておったが、湯治に出ているとか。残念だが、この城を見ただけでも十分土産話に事欠かぬな。
「これは内蔵頭様。このようなところへ、遠路はるばるようこそお越しくださいました」
「ほほほ。上野が治まったと聞き、こうしてやって来た次第でおじゃる」
人前では公家言葉を欠かせぬ。特に坂東武者はこういった言葉をありがたるものだ。
「内蔵頭様のお耳にも入っておりましたか。八幡太郎義家公の直系であるこの新田が、この上野をまとめてまいる所存にございまする」
ほう、源氏の直系と名乗るか。それは足利を否定するものであるな。たしかに足利と新田は共に源氏の家系。八幡太郎義家公の息子の義国の長子が新田を名乗り、次子が足利を名乗ったと記憶しておる。
源頼朝の血筋がその後絶えたことで、鎌倉を滅ぼした新田と足利が源氏の嫡流を争い、足利が勝っただけだ。新田は足利を源氏の惣領と認めていない。そういうことか。
これはきな臭くなってきた。源氏の惣領を名乗れば、当然ながら足利将軍家と軋轢を生むことになる。それどころかすぐそばには古河公方がいるのだ。争いになりかねぬ。
「ほほほ。これは頼もしいことでおじゃるな。ところで本日伺ったのは他でもない」
このようなきな臭い話は変えるに限るわ。
「嘆かわしいことに朝廷の台所事情は困窮を極めておじゃる。なんとかならぬであろうか」
麿本来の仕事は、皇室の財宝を管理すること。その皇室は困窮を極めておる。これをなんとかするために麿は今日は東、明日は西と駆けずり回っておるのだ。
「朝廷のことは某もお聞きしておりまする」
聞いておるだけで、何もせぬ者は多い。この新田義純もその類の俗物であろうか。あの間抜け顔のせいか、表情が読みにくい。そうでないことを願うばかりよ。
「それでは朝廷へ献金をさせていただきましょう」
「おおお、真におじゃるか」
「しかし京は遠く、当家は海を持っておりません。陸路での輸送は現実的ではございません」
むぅ、それは結局献金をせぬということか。
「内蔵頭様はお顔が広いと存じます。海路から輸送できるようにご配慮いただけないでしょうか」
そのようなことか。ならば問題ない。麿の顔で輸送路は確保しよう。だが、問題はその額だ。麿を動かすほどの額を出してもらえるのであろうな。
「是非もなしでおじゃる。献金をしてくれるのであれば、北条殿に口をきき、海路で堺まで送れるように手配するでおじゃるよ」
「それはありがたいことです。では献金は二千貫でよろしいでしょうか」
はぁ? 今二千貫と言ったか? 二千文の間違いではないであろうな?
上野を統一したとはいえ、それはこの秋のこと。それからそれほど経過しておらぬから五百貫も引き出せれば御の字と思うておったが、まさか二千貫とはのう。
「二千貫では不足でしょうか。では三千貫ではいかがでしょうか」
何だと!? どうやら麿が呆けたのを不満と思ったようだが、それで一千貫も上乗せするか。いったいどれほどの銭を蓄えているのだ、新田は。
まさかこのまま黙っていたら、どんどん額が上がるのではないだろうな。試してみたいが、それで話が御破算にされては敵わぬ。
「三千貫も献金してくれるとは、新田殿は剛毅でおじゃるな。北条殿への口利きは、麿が責任をもって行うでおじゃる」
「はっ。よろしくお願い申しあげまする」
何ともかんともだな。さて、忙しくなってきたぞ。先ずは北条。それから堺のほうにも手を回しておかねばな。
それに新田が三千貫も献金してくれたのだ。北条と今川にもそれなりの献金をしてもらわねばな。ふふふ。腕の見せ所じゃ。
今回、新田は何も要求してこなかったのぅ。御上が清廉潔白なお方だと知ってのことか? まあいい。このことを御上に申しあげれば、新田に宸筆を下賜してくださるであろう。御上の直筆の書をもらえば、泣いて喜ぶはずだ。ふふふ。
さぁ、急いで小田原へ向かわねばな。それから駿河の府中だ。
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