013_長尾さんの悲哀
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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013_長尾さんの悲哀
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黄金色の絨毯が広がっている。今年の新田の領地は豊作ではないけど、例年通りの収穫らしい。農民が忙しく刈り入れをしている。
俺は胡蝶と二人で領内を散策だ。相乗りだぜ、イエーイ!
「皆の顔が活き活きしているのじゃ」
「うん。戦で被害がなかったのが良かったんだろうね」
俺たちを見た農民たちが平伏する。最近は顔が売れてしまって、こういう反応ばかりだ。
「俺たちのことは気にせず、作業を続けてくれ」
と言っても頭を上げる人は滅多にいない。赤鬼とか守護神とか言われているから、リスペクトされているのだと思う。絶対に怖がられているわけじゃないんだ。
俺たちが立ち去ると作業が再開される。こういうのがあるから、あまり出歩かないのだけど、城の中ばかりでは息が詰まるからね。
散歩を終えて金山城に帰ると、城内が騒がしかった。なんだろうと思い、近くにいた人に聞いたらお義兄さんの婚約が決まったそうだ。
「兄上もやっと身を固めるのじゃな」
「先に妹の胡蝶をもらってしまって、悪かったかな」
「構わぬのじゃ。むしろ兄上が結婚してないから嫁げないと言われたら、困るのじゃ」
「俺も困ってしまっただろうね」
二人して笑い合う。
「兄上、やっと婚約なのじゃな」
「おめでとうございます。お義兄さん」
「胡蝶に忠治殿か。婚約はめでたいのだが、少し訳ありでね」
お義兄さんの歯切れが悪い。どうした?
「婚約したのは一人なんだけど、他に側室を三人も持つことになってしまった」
「「はぁ?」」
俺と胡蝶は仲良くハモった。
てか、いきなりハーレムですか。お義兄さん、それは男としてうら―――。
「いたっ、いたたた。胡蝶、なんで抓るんだよ」
「今不貞なことを考えていたじゃろ」
「そ、そんなことないぞ!」
「ふんっ」
え、拗ねてるの? 可愛いなぁ。なでなでしちゃおう。
「二人は相変わらず仲がいいね。私も妻たちと二人のように仲良くなれるだろうか……」
そればかりは相性があるからね。でも俺はお義兄さんを応援するよ。
「胡蝶のような可愛い子だといいですね」
「おべっかを使っても簡単には許さないのじゃ」
「いやいや、おべっかなんてしてないから。本音ですよ、本音」
膝の上に乗せてなでなで。
「婚約が決まったとはいえ、まだ独身の私の前で見せつけてくれるね。しかも胡蝶は妹だから、兄としては反応に困るんだけど」
「「あっ」」
バツが悪い。でも胡蝶を膝から降ろさないよ。逃げようとする胡蝶を捉まえて頬ずりだ。
「私の婚約の話を聞く気あるのかな?」
「も、もちろんですとも!」
お義兄さんの婚約者(正妻になる人)は足利晴氏さんの娘らしい。晴氏さんは前古河公方で権威という点では関東管領以上らしいんだけど、北条家に負けて古河公方を息子に譲らされたのが今年のことだ。
俺の考えすぎだといいんだけど、これ火中の栗を拾ってないか?
「つまり家柄はいいんだ」
「新田と同じ八幡太郎義家公の血筋だからね」
血筋や家系よりもお義兄さんと気が合う人のほうがいいと思うんだけど、そういうのも大事なんだろうな。
まあお義兄さんもかなり嬉しそうだし、冷や水を浴びせるのはしないけどね。
あと側室が三人。どの人も上野の国人の娘さんらしい。沼田さん、長野さん、横瀬さんの娘さんたちだ。横瀬さん、こっそり入ってるし(笑)
さて、上杉さんは亡くなったけど、長尾さんは生きている。金山城で過ごしてもらっている。怪我は治っているが、後遺症はある。右足の膝は曲がらず、歩行には杖が必要だ。さらに顎が曲がって喋ることに支障がある。
完治させることはできるが、していない。戦争だから兵士が死ぬのはしょうがない。しょうがなくないけど、仕方がない。だけど女性に乱暴し、多くの人を奴隷にして幸せを奪った報いは受けるべきだろう。
その長尾さんを越後に帰す交渉が終わった。銭を支払ってもらうことで決着だ。あと新田家が指定する商人が越後の塩を安く仕入れることになった。新田家はその商人から税をいただくわけ。これは爺やさんの案。ちゃっかりしてるね。
上野には海がないから、塩を抑えることは重要なこと。しかも多くの税収が見込まれることから、新田家を経済的に飛躍させてくれるだろう。爺やさんはそういう経済的なことにとても厳しい。貧乏していたから、銭のありがたみを分かっているんだと思う。
杖をついて金山城を退去する長尾さんの後ろ姿はなんとも言えない悲哀があった。あの体では毘沙門天を騙って戦争はできないだろう。隠居するにしても子供はいないし、兄弟も死んでいるらしい。これから子作りに精を出して、跡取りをもうけてくれとしか言えないな。
上野国の主だった国人は、金山城下に屋敷を建てている。建設ラッシュだね。
そこに国人の妻女を置くことになった。所謂人質というやつだ。
人質なんて取らなくてもいいと思ったが、俺が死んだ後のことを考えてのことらしい。俺、まだ死なないからね!
さて、そんな金山城では評定が行われている。
「武田は仁科の小岩嶽城を攻略しました。次は村上攻めを行うことでしょう」
武田晴信さんが信濃国の北部に勢力を伸ばしている。昨年は小県郡の砥石城を落とし、今年は安曇郡の小岩嶽城。来年には埴科郡の葛尾城を攻略すると、皆は考えているようだ。
「武田家当主晴信は佐久郡で多くの者を殺し、奴隷にした大悪党。その武田と国境を接するのは不安でありますな」
長尾さんだけじゃなく武田さんまで奴隷かよ。人を売り買いするなんて、何様だ。そういう奴は大嫌いだ。
「信濃との国境に堅牢な砦を築いてはいかがか」
「碓氷峠辺りに砦を築くのはよろしいと思うが、兵を入れておかねばならぬ。負担ではないか」
砦を築いても兵を入れてなければ宝の持ち腐れとなる。兵を入れるにはそれだけ費用がかかり、それは負担になる。ジレンマだね。でも数百くらいなら、皆でお金を出し合えばいいんじゃないかな?
「武田と同盟するというのはどうであろうか?」
「武田など信じられんわ」
「左様。武田と同盟していた諏訪は滅ぼされた。信用したら、こっちまで滅ぼされるわ」
色々案は出るが、まとまらない。最後にはお義兄さんが判断することになるが、砦も同盟も多くは否定的だ。
「我が家に海野庄の海野棟綱殿がいるのだが、海野殿を担いで信濃に攻め込み、海野殿に対武田の防衛を任せてはどうであろうか」
長野さんの提案に、皆が頷く。皆乗り気だ。
話を聞けば、海野さんは信濃の豪族で村上さんに負けて上野に逃げてきたらしい。それ以来長野さんのところで世話になっているのだとか。
上野国から碓氷峠を越えていくと、千曲川がある。その千曲川の沿岸の盆地に海野庄があるらしい。ちょっと信濃国に入り込んだ場所だけど、その辺りは佐久盆地と上田盆地があってそこそこ石高も期待できる場所らしい。
「海野庄を取るということは、佐久郡を手に入れるということだ。それは武田と全面的に戦うということでござるが、それでよろしいのか」
横瀬さんの質問に皆が黙りこくる。おいおい、さっきまで勢いはどうした?
武田さんは佐久郡を橋頭保にして、村上さんと戦っている。その佐久郡を取るということは、南から西に武田、北に村上という勢力に囲まれる。
海野さんを担ぐと、村上さんとは同盟できない。海野さんにとって不俱戴天の仇っぽい。それなのに武田さんとごりごりにやり合うことになる。それは厳しいでしょ。
「武田も警戒しなければならぬが、当面は北条ではないだろうか」
爺やさんが問題を棚上げした(笑)
「左様ですな、某も武田より北条を優先させるべきだと存じる。この上野からは北条を排除したが、下野や下総で動きを活発化させているようですぞ」
下総の前古河公方さんに対する北条さんの圧がすごいらしい。お義兄さんの岳父になる人だから、どの程度支援するか話し合われた。
この金山城から古河公方さんの古河城は、それほど遠くない。武田よりも先に北条対策が急務だという話が大勢を占めた。
結局武田さんのことは棚上げ。攻め込まれたら対処するが、それまでは放置っぽい。
あと越後はしばらく大人しくしているだろうということで、こっちも放置。景虎さんが使い物にならないと思うから、内乱が起こるんじゃないかという見方が多いようだ。
でもそれって駄目だよね。内乱なんかになったら、塩はどうするのさ。越後から安く塩を仕入れてこさせるんじゃなかったの?
爺やさんが言うには、越後が約束を破ったらそれを理由に攻め込むんだって。
そもそも北にある越後よりも、南の武蔵の海のほうが新田には都合がいいらしい。
なにせ越後は冬になると雪で閉ざされてしまうからね。それに対して武蔵は雪で閉ざされることは滅多にない。仮にあっても長く動けないほどではない。
しかし対北条の戦いを名目にして海を得る。悪辣だね。
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