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「あら、あなたが、家出少女?」
隆吾が家に着くと、隆吾の母親が迎えてくれた。隆吾の母親は優しそうな人だった。
「はい。三条茉莉花といいます。突然押しかけてすいません」
「いいのよ、若い頃は誰でも家出したくなるものだし。でも親御さんには連絡しておいてね」
「はい。友達の家に泊まると言っておきました」
「もう遅いから寝た方がいいわ。妹の部屋が空いてるから使ってね」
「ありがとうございます」
「隆吾、間違っても手出ししないようにね」
「か、母さん、今日会ったばかりの子だよ?」
隆吾はどぎまぎして母親を見た。
「年頃の男女だから念のためよ」
茉莉花は、隆吾の妹の部屋に入って、貸してもらったパジャマに着替える。
すると、コンコンとノックがあった。
「茉莉花さん、スマホの充電器持って来たよ」
「ありがとう、隆吾くん。ねえ、ちょっと話さない?」
茉莉花と隆吾はベッドに腰掛ける。
「妹さんの部屋使ってないんだね」
「妹は亡くなったんだ。白血病で」
「そうなんだ……。ごめんなさい」
「謝ることないよ。何で家出したの?」
「あたしの父親、極道なんだ。あたしの彼氏を脅して無理矢理別れさせられたの」
「それは、つらいね」
「あたし、このままじゃ、誰とも付き合えない……」
「……」
隆吾は何て返していいかわからず二人は黙ってしまった。
「ねぇ、『フィギュかの』について話さない?」
気まずさを払拭するように二人は『フィギュかの』の話で盛り上がった。
隆吾がアニメ一期の一番お気に入りのシーンを上げると、茉莉花は「あたしもそこ!」と答える。
推しのキャラが好きな理由も確認してみたら一緒だった。
あまりの共通点の多さにいつしか茉莉花の心は揺れていた。
「ねぇ、あたし、隆吾くんは運命の人だと思う。彼氏と別れたばっかだけど、あたし、隆吾くんのことが好きだ」
「僕も同じこと考えてたよ」
「でも、あたしん家、極道だから付き合えないよね……」
「いいよ。付き合っても」
「え、でも殺されちゃうよ?」
「いいよ。どうせ僕の命は短いんだ」
「え?」
「白血病なんだ。妹と同じ。余命3ヶ月なんだ」
「そんな……ドナーは?」
「まだ見つかってないんだ」
「嫌だよ、隆吾くん、死んじゃやだ」
「でもだからこそ君を好きになってもいいはずだ。死ぬ覚悟ができているから」
「隆吾くん……」
「僕、茉莉花さんのお父さんに言いに行くよ」
「何を?」
「茉莉花さんの恋愛を禁ずるな。茉莉花さんを縛るな、って」
「いいの?」
「僕の短い命で人のためになれるなら本望だよ」
「隆吾くん」
茉莉花はそっと顔を隆吾に近づけた。唇と唇が重なる。ぎこちないキスだった。
次の日曜日。隆吾は茉莉花の家に行くための支度をしていた。
「デートに行くの? あんたに彼女ができるなんてねえ」
玄関で隆吾の背後から隆吾の母親が言う。
「最後にいい思い出になるよ」
母親は涙が出そうなのを堪えた。
「いっぱい楽しんで来てね」
「うん。行ってきます」
隆吾が扉を出た瞬間、母親は込み上げて来て泣いた。
その時、母親のスマホが鳴った。
「はい。え? 本当ですか!?」
茉莉花の家では和室の上座に重松が、下座に隆吾が向き合って座り、隆吾の隣には茉莉花が正座していた。
「茉莉花、どういうことだ、これは?」
重松は不機嫌そうだ。
「お父さん、僕は茉莉花さんと付き合いたいです」
口を開いたのは隆吾だった。
「てめえに聞いてねえ! それにお父さんって呼ぶんじゃねぇ!」
「親父、隆吾くんの話を聞いてあげて!」
「ふん。茉莉花、お前もお前だ、次から次へと付き合いやがって。お前の気持ちはそんなに軽いのか?」
「隆吾くんは運命の人なの!」
「はん、ちゃんちゃらおかしいや。坊主、君はどうなんだ、娘を運命の人と思うのか?」
「はい。茉莉花さんは運命の人です」
「じゃあ、死んでもらうしかねぇなぁ。オレは男手一つで茉莉花を育てたんだ。そんな大事な娘を奪う奴は仇だ」
「殺してもらっても構いません」
「何ぃ?」
「僕は白血病で余命3ヶ月です。死ぬ覚悟はできています」
「てめぇ」
「僕は命をかけます。ただしお父さんにもその覚悟を見せていただきたいです」
「覚悟だと?」
「茉莉花さんの幸せを見届ける覚悟です」
「オレは茉莉花の幸せを願ってる」
「いいえ。貴方は逃げています。本当に茉莉花さんの幸せを願うなら、茉莉花さんの恋愛を禁ずることはできないはずです」
重松は何も言わなかった。ただ、真っ直ぐに隆吾の目を見ていた。
「本気で、茉莉花が好きなのか?」
「本気です」
茉莉花は隆吾の言葉を聞いて涙が溢れた。
「茉莉花、お前も本気か?」
「ぐすっ、もちろん、本気よ」
3分の沈黙。重松は葛藤しているようだった。
「──たよ」
「え?」
「わかったよ。茉莉花、良い男を見つけたな。こいつとなら恋愛を許してやる」
「……親父」
「さあ、短い命なんだろ? 折角の日曜だ。デートでもしてきやがれ」
「ありがとう、親父」
「ありがとうございます。お父さん」
「ふん。お父さんと呼ぶのはまだ早い」
隆吾と茉莉花は嬉しさのあまり抱き合おうとした。
その刹那。
隆吾の手は茉莉花に届かなかった。
「隆吾くん!?」
隆吾は鼻血を出してその場に倒れた。
「隆吾くん!」
「誰か、救急車を呼べ!」
重松の叫び声が響いていた。