悍ましき美
僅かに生き残ったナダールの騎士たちの心を、恐怖と疑念が覆い尽くしていた。
─────どうして我々が……神に選ばれた我々が……どうして……
幸福になるはずだった。
邪教を滅し、聖戦を制し、愛する家族の元へ帰るはずだった。
あれ程祈りを捧げていたのに、それなのにどうして───。
従順たる神の下僕、崇高なるナダール聖教の信者たる同胞は無残に砕け散り、焼けただれた肉片と千切れた臓物となって見渡す限りに散乱している。
────我々が間違っていたのか? ナダール神の加護など無いのか?
ある者は己の信心を疑い、またある者は己の信じた神を疑う。
エリヤは、確信に至った。
心の底からナダール聖教に傾倒していた多くの騎士が残酷な最期を迎え、不信心の自分が生き残った。
─────神など、ナダール神など、そんな物は存在しない、嘘なんだ───。
絶望の中に、エリヤは希望を見る。
肉塊と化した同胞の姿に、自身の抱いていた正義の証明を見る。
だが、誰もがそうでは無かった。
「ナダールの騎士よ! 我らは生き残った! 我らが使命! 聖なる使命! 神の騎士としての責務を果たすのだ!」
「ギルアデ……隊長……」
戦慄を生き抜いた自分たちこそが真のナダール神の下僕。
この先に進み責務を全うする事でより幸福になると信じる狂信者たちが立ち上がり、ギルアデの言葉に当惑するエリヤの周囲で剣を振りかざし熱狂の叫び声を上げる。
「進め! そして一人でも多くの邪教徒を殺すのだ! 進め! 我らが尊い使命を果たす為に! 進め! 我らが美しき信仰! ナダール神の為に!」
ギルアデが正義を大呼する。
狂気が、過ちの慈善に取り憑かれた聖人たちが、イムランの城を目指して進み始めた。
異形。異形。異形────。
一体として同じ姿のものは無い。
存在し得ない程に醜悪な姿の忌み侍る陽炎が、悍しい絶叫を上げながら怒涛の様に押し寄せる。
ツァレファテの采配によって最も有利な陣形を整えたイムランの軍が、整然とそれを迎え撃つ。
「重砲兵第百連隊構え!」
荒れ狂う濁流の様になだれ込む忌み侍る陽炎に対し、一分の乱れも無く整列するイムランの兵士たちが、重魔導砲を構え照準を絞る。
「撃て!」
掛け声に合わせ一斉に、肩に乗せた直方状の黒い金属の筒から橙色の光線が放たれる。
光線が忌み侍る陽炎を貫いた瞬間、凄まじい爆炎が巻き起こり、猛烈な爆風によって押し寄せる異形の群れは弾け飛んだ。
ツァレファテの布陣は、完璧だった。
戦況、地形、残存兵力───全てを完全に把握した上で適切に構成された戦力配置によって、ナダールの侵攻だけでなく、散りぬる陽より生じる異形の軍団、忌み侍る陽炎すらも、ツァレファテ率いるイムラン軍は抑え込んでいた。
─────でも……ある程度抑える事は出来ても、退ける事はとても出来ない……このままではいずれ突破されてしまう……
限られた兵力に対し、南北からは未だにナダールの大軍が押し寄せている。
散りぬる陽からは無限に湧き出る異形の軍団が止めどなく襲い掛かってくる。
ツァレファテは焦る。
焦りは寒気を伴う熱となり、首筋から全身に染み渡る。
限界が近かった。
─────いつこちらの態勢が崩れてもおかしくない……揺るがざる庇護はまだなの?……散りぬる陽はいつまであそこにあるの?……
お願いだから早く消えて───。そう祈りながら、散りぬる陽の渦巻く西の空へと視線を向けたツァレファテの目に、激しく燦めく七色の光が映る。
突然辺りを包み込んだ眩い光に、ツァレファテも、その場に居る大勢のイムランの兵士たちも、咄嗟に顔を背けて瞼を閉じた。
─────今のは……今のは何!?……何が起きたの……!?
眩むほどの光に目を凝らし、空を見上げる。
七色の光が西の空を覆い、散りぬる陽は光に飲まれ、暗黒は光に溶けて行く。
─────散りぬる陽が……消えて行く……!?
暗黒を渦巻いて胎動していた散りぬる陽は動くのを止め、滲み出る様に滴り落ちていた忌み侍る陽炎も光の中に消えて行く。
ツァレファテはその光に勝機を見る。
潰えかけていた希望が熱を帯びる。
心の中で熱を生じる不屈の闘志が号令となって木霊する。
「総司令ツァレファテより散りぬる陽対応部隊へ! 散りぬる陽が減退した! 今だ! 我らは直ちに挟撃による総攻撃を行う! 第7特化連隊は125号線に展開する遊撃隊を率いて独立歩兵第3大隊と合流し全力攻撃! 第五第六第七大隊は6号線を南西へ向けて展開! 陽炎を一気に叩け!」
勝てる、勝てる、勝てる!───僅かだった望みが勢い良く燃え上がり、闘魂の炎となってツァレファテの心を奮い立たせる。
活路を見出し、猛攻の決意に満ち溢れる眼差しが、再び西の空を突き刺す。
─────間違いない、理由は分からないけど、あの七色の光が、龍も、散りぬる陽も、全部飲み込んだんだ……
散りぬる陽は光に包まれたまま、引きずられる様にして遠退いて行き、闇と雲の裂け目からは、戻された陽光が幾本もの光の筋となって下ろされる。
離れゆく災厄、悪夢から覚めた空───戻り始めた陽光を見つめるツァレファテの目が、視界の隅の異変に気付いた。
地上に取り残された忌み侍る陽炎、揺らめいていた黒い陽炎が次第に集まり、繋がり、膨らんで行く。
陽炎は光を取り戻した空へと向けて巨大化し、徐々に、徐々に、形を成していく。
地上に居る誰もが、その姿を目にして言葉を無くした。
六本の腕が空を、地を、弄る様に這い回っている。
乳房の露わとなった裸体、全身にまとわりつく黒く長い髪。
全てが赤黒い血に染まり、閉じられた目からは血の涙を流している。
歪に繋がり合う三体の女体が、死と破壊に埋め尽くされる地面に蹲まっている。
一人は天を仰ぎ、一人は目を閉じたまま何かを探す様に不気味に、忙しく頭を動かしている。
そして、最後の一人が小刻みに震えながら顔を上げゆっくりその口を開けると、三人の女は一斉に声を放った。
吐き気を覚える程の悍しき叫び。痺れる様な悪寒が全身を駆け巡る。
恐怖、憎悪、苦痛───汎ゆる負の感情、その全てを溶かし込んだ嘆きの叫び声が、神々しく光の帯を垂らす美しい空に響き渡る。
ツァレファテは静かに、呟いた。
「……闇の……眷属……」
大地をのたうつ破滅。醜悪を極める悍しき美『闇の眷属』────。
圧倒的な恐怖の光景を前にしても、ツァレファテの心は折れない。
戦わなければならない。
守らなければならない。
それが国御柱命の役目なのだから。
─────守る……守ってみせる……この命に代えても……
「最前線へ赴き指揮を取る! 近衛師団は私に続け!」
ツァレファテは自ら先頭に立ち、闇の眷属ののたうつ都西へと向かって馬を駆けた。
ペダリエイシーとレスタシアによって散りぬる陽は退けられましたが、地上に残っていた『忌み侍る陽炎』が集結し『闇の眷属』が出現! ツァレファテ自ら闇の眷属に立ち向かいます!
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