散りぬる陽
雲の合間に僅かに覗く陽光が
花びらの様に散っていく
微かな明かりは痩せ細り
枯葉の様にぱらぱらと
空から剥がれ落ちてくる
暗い空は光を失いより暗く、深い黒へと堕ちた。
光は、散り尽くした。
心の深淵に響く歓喜の声を、ペダリエイシーは聞いた。
散りぬる陽の発現を、破滅の到来を喜ぶ深淵の声が、ペダリエイシーの口から言葉となって現れる。
「あの女が! あの女の怨みが! お前の結界を打ち壊し散りぬる陽を呼び覚ましおったぞ! ふふふ……見るがいいあの龍を! 今に怒りと憎悪に飲まれ、散りぬる陽その物になるぞ! ふはははは!」
────メドウス! 鎮まれ! 鎮まるのじゃ! 憎しみに……憎悪に飲まれてはならん! メドウス!
心の奥に追いやられたペダリエイシーの自我が叫ぶ。
深淵の声がペダリエイシーの顔に邪悪な笑みを作る。
龍と化し、嘆き、怒り狂うメドウスの放つ閃光が、逃げ惑うナダール軍を蹂躙する。
強大な龍、圧倒的な力の前に、ナダールの騎士たちは為す術もなく砕け散る。
────このままでは……このままではメドウスが散りぬる陽に飲み込まれる……邪悪の化身になってしまう……!
赤黒く渦巻き始めた散りぬる陽の下、荒れ狂うメドウスを見上げるペダリエイシーは歪んだ笑みを浮かべ、その口から深淵の声が言葉を発する。
「この女はもう助からん、このまま散りぬる陽に取り込まれ、破壊の化身となって全てを滅ぼす……あの時の様に、俺たちの時の様に止める者など誰も居らぬのだからな……」
その言葉に、ペダリエイシーは拳を握りしめた。
あの時───
十六年前、リスタバールに散りぬる陽が現れた時、ペダリエイシーは今のメドウスと近い状態にあった。
今目の前にある散りぬる陽は、メドウスの心に生じた深い悲しみと怒り、強い怨みと憎悪が、メドウス自身の秘める絶大な魔力と、その依代となる何らかの魔導の力によって具現したものだが、リスタバールに発現した散りぬる陽はそうではなかった。
リスタバールを壊滅させた散りぬる陽、それは、より強い力を欲する『欲』───若き日のペタリエイシー自身の手によって呼び起こされたものだった。
当時、ペダリエイシーは魔導の力に取り憑かれ、無限の力を欲していた。
そしてその関心は太古より存在する絶対の力、散りぬる陽へと向けられた。
長年の研究の末、散りぬる陽の謎を解き明かしたペダリエイシーは、散りぬる陽と一体化し自身に取り込む事で、その力を操るという秘術を編み出す。
しかし、自ら呼び起こした散りぬる陽の、その想像を絶する強大な力の前に術は失敗。ペダリエイシーは散りぬる陽に飲み込まれてしまった。
そして、邪悪に支配され散りぬる陽に取り込まれそうになったその時、ペダリエイシーはサイーダトゥナによって救い出されたのだった。
「あの時はあの魔導師が居たからな、どうやったのかは知らんが……お陰で俺たちの精神は分断されてこのザマだ……だが今は違う。ほら見ろあの女を、すぐに完全な邪悪に染まる……そして全てを滅ぼすぞ……ふはははは……!」
空に蠢く闇、おぞましく胎動する散りぬる陽から赤黒く鼓動する暗黒が溢れ出す。
暗黒は、腐った肉が朽ち果てる様にどろりと空から滴り、龍と地上に落ちて行く。
美しく白銀に輝いていた龍は徐々に黒く染まり、地上へと落ちた暗黒は陽炎となって揺らめき始めた。
────あれは……忌み侍る陽炎か……! まずい!……しかし、このままではメドウスが……!
地上に落ちた無数の黒い陽炎が、おぞましく蠢きながら次第に形を成して行く。
棘の生えた幾本もの手や脚、無数の目、鋭い牙、歪な角に醜くうねる触手……毒虫の様な醜悪を極めた様々な姿の怪物が次々と、不快な音をたてながら姿を現す。
そして尚、散りぬる陽から溢れ出る暗黒は、留まることなく滴り落ちる。
心の奥へと追いやられたペダリエイシーの自我に、深淵の声が楽しげに語りかけた。
「お前、女を助けようなどと思っているのか? 辞めておけ、どうせもう助からん。そんな事より、早く化け物どもを切り刻もうではないか? さもなければ、お前の民は皆殺しとなるのだぞ?」
────間も無く魔導大隊が来る……陽炎は皆に任せわしはメドウスを助ける!
「リスタバールの人間の命と引き換えに手にしたこの力、今使わずにいつ使うのだ? さあ、化け物はいくらでもいる、力を振え、そして殺すのだ……さあ……さあ……」
─────こんな呪われた力は必要ない……貴様は……「……貴様は黙っていろ!」
その叫び声と共に、ペダリエイシーの自我が深淵の声を押し退け、自身を取り戻した。
ペダリエイシーは周囲を見渡す。
止めどなく落ちてくる暗黒が、次々と怪物へと姿を変え視界を埋め尽くして行く。
確かに、深淵の声の言うように、忌み侍る陽炎は直ぐにでも人々を襲い始める。
しかし、どれだけ怪物を退治したところで、散りぬる陽は忌み侍る陽炎を生み出し続け、そしてメドウスは破壊の化身となって全てを滅ぼす。
選択肢など、他にはなかった。
────もはや、あの方法しかない……
ペダリエイシーは決断する、恐怖は無い。
成功する見込みは低いかも知れぬ……しかし、都を守り、メドウスを守るには、今出来る事は一つしか無い───。
ペダリエイシーは両手を組み合わせ手印を結ぶと「烈」と、一言だけ発した。
その直後、ペダリエイシーを中心として光が地面を駆け巡り、輝く巨大な魔法陣が描き出される。
ペダリエイシーは手印を解き、ゆっくり、厳かに舞を舞う。そして、詠唱を始めた。
─────とうとうたらり たらりら
たらりあがり ららりとう
鳴るハ瀧乃水
鳴るハ瀧の水
日ハ照るとも ─────
魑魅魍魎、異形の忌み侍る陽炎に取り囲まれる魔法陣が柔らかな光を放ち始める。
──── 君の千歳を経ん事も
天つ少女の羽衣よ
鳴るハ瀧乃水 日ハ照るとも
絶えずとうたり
ありうとうとうとう─────
光は揺らめく湯気の様に、七色に輝きながら立ち昇り、赤黒く渦巻く散りぬる陽を包み込んで行く。
その光景は、都の中央、イムラン城の中庭に避難していた住民たちの目にも映った。
「あれは……まさか散りぬる陽……⁉︎」
「もうダメだ……世界の終わりだ……!」
「でもあれを見て! 何か光ってる!」
暗い空に渦巻く散りぬる陽、そしてそこから漏れ出す悍ましい暗黒に戦慄し、恐怖に響めいていた人々は、地上から立ち昇る七色の光を見つめ、次第に静まって行く。
そして、その光を目にしたレスタシアは、戸惑い、憂える声で言葉を発した
「……殿……殿なのですか⁉︎」
「……奥方様⁉︎ 如何なさったのですか⁉︎ 奥方様⁉︎」
七色の光を目にした途端、様子の急変したレスタシアに、ジャフィリヤが不安気な表情で尋ねると、レスタシアは遠くに立ち昇る七色の光に目を留めたままゆっくりと立ち上がり、震えながら呟く。
「……なりません……殿……なりません……!」
「奥方様⁉︎ どうかお気を確かに! 奥方様⁉︎」
ほんのひと時、レスタシアは焦燥した面持ちで七色の光を見つめ、ふっと、意を決した様に、涙を滲ませるその目に強い意志を宿らせた。
レスタシアは、無言のままファルトマをジャフィリヤへと渡すと、強い眼差しの瞳に涙を溢れさせ、込み上げる嗚咽を堪えながら口を開く。
「……ジャフィリヤ……殿に……私にもしもの事があったら……この子を……ファルトゥマを守って……」
「奥方様⁉︎ 何を……何を仰っているのです⁉︎」
状況を理解出来ず、戸惑うジャフィリヤにレスタシアは、涙に濡れる悲しい笑顔を見せると、ジャフィリヤの抱くファルトゥマに頬を寄せる。
「ファルトゥマ……良い子にしているのよ……愛してる……」
「奥方様⁉︎ どうされたのです⁉︎ 奥方様⁉︎」
レスタシアはファルトゥマを見つめたまま、ゆっくりと離れて行く。
混乱するジャフィリヤの目の前で、眩い光がレスタシアを包み込む。
そして光は、レスタシアを包んだまますうっと空へと舞い上がり、西へ、七色の光へと向かって飛び去って行った。
レスタシアめも!
ペダリエイシーの妃レスタシア、実はとても優秀な魔導師で、なんと、前回の散りぬる陽出現の際、魔導部隊の一員としてリスタバールにいたのです!
だからペダリエイシーの編み出した、散りぬる陽と同化する秘術の事も知っていたのですね!
若き日のペダリエイシー、レスタシア、そしてサイーダトゥナを主人公とするお話、リスタバール編も必ず書きたいと思っています!
面白い! 続きが楽しみ!
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