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賢者が恋した賢者の恋  作者: 北条ユキカゲ
第三章 イムラン悲愴曲
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分かれ道

 どうか、無事であります様に───。そう祈るツァレファテの眼下に、アールーマヤの都が広がる。


 朝の陽射しに輝くその街は、いつもと変わらない賑わいを見せている。

 ツァレファテは暫く街を見渡して、まだ何も起きていない事を確認すると、ふう、と胸を撫で下ろした。



「ツァレファテ、疲れたかい? 城までもうすぐだからね」



 セルシアスが少し心配そうな表情でそう言うと「ああ! いえ! そうじゃなくて……大丈夫……!」と、ツァレファテは取り繕う様な笑顔で答えた。


 セルシアスは昨夜から、無理に明るく装っている様なツァレファテを気にかけていた。


 半ば強引に家へと連れて行った事で緊張させてしまったのだろうと思っていたが、今もまだ落ち着かない様子のツァレファテを見て、それが原因ではないと感じていた。



 ────あの後、お母さんと帰って来た後から様子が変わった……



 薄らとその事に気付いていたセルシアスが、サイーダトゥナと二人でいた時に何があったのか尋ねようとすると、リサイリが地上を指差して声を上げる。



「あ! 兄さん見て見て! 炊き出しやってるよ! 奥方様居るんじゃないかな?」



 セルシアスがその指差す方向へ目を遣ると、そこにはハッジ広場が見えていて、炊き出し所の天幕に列が出来ている。


 その真上を一旦通り過ぎてから、セルシアスが「手伝っていらっしゃるかも知れないな、ツァレファテ? 挨拶をしておきたいから、寄ってもいいかな?」と尋ねる。


 ツァレファテは、危機が迫っているかも知れないこの場所から、一刻も早くセルシアスとリサイリを帰らせたかったが、セルシアスにそう言われてダメとも言えず「え? で、でも……え、ええ……」と、ぎこちなく答えた。


 やっぱり様子がおかしいな───。セルシアスはそう思いつつ、メトファルを操り上空を旋回して広場へと降りて行く。


 地上に降り立つと、メトファルに気付いて集まっていた子供たちがわいわいと嬉しそうに三人を取り囲んだ。


 皆に暖かく迎えられ「みんなおはよう! 奥方様は来ているかい?」とセルシアスが尋ねると、子供たちが「うん居るよ!」「こっちこっち!」と、セルシアスの手を引いて走り出す。


 リサイリとツァレファテも、子供たちに手を引かれ、三人して天幕の前まで来ると、中から「おはようセルシアス、リサイリ、ツァレファテもおはよう!」と、レスタシアが手に持つお玉を振って見せた。


 

「ちょっと待ってね、今行くから! ジャフィリヤ? あとお願いね!」



 レスタシアがそう言うと「は! はいー! いてててて、ちょ! ちょっと若様……!」と、ファルトゥマに顔を揉みくちゃにされるジャフィリヤが、自分の顔からファルトゥマを引き剥がしてレスタシアに渡す。


 激戦の子守りから解放されたジャフィリヤは、長い亜麻色の乱れた髪を手早く直し「はあぁ……助かった……」と一息つくと、お玉を手に取って「さあ、私が来ましたよ!」と、そのお玉を振りかざした。



──────────────────



「そう! セルシアスのお家へ! 良かったわねツァレファテ!」



 昨晩、ツァレファテを家へ招いた事をセルシアスが伝えると、ファルトゥマを抱えるレスタシアが本当に嬉しそうにそう言った。



「奥方様が喜んで下さって安心しました! ツァレファテを家へ招くにあたり、どなたかに許可を頂いた方が良いかと思ったのですが……」



 セルシアスがそこまで言うと、横からリサイリが「ツァレファテが『大丈夫です! 私は十五歳ですからね! 大人ですからね!』って言って訊かなかったんですよ!」と、ツァレファテの口調を真似る。


 そのリサイリの様子が楽しかったのか、レスタシアに抱かれるファルトゥマがケタケタと笑った。



「訊かなかったも何も! じ、事実ですから!」


「じゃあ僕も十五歳だから大人だね」


「いいえ、リサイリ貴方は子供です! ね、セルシアス?」


「うーん……リサイリは子供かなぁ……」


「えー⁉︎ どうして僕だけ子供なのさー!」



 リサイリがそう言って口を尖らせると、レスタシアが「僕も子供ですよー、仲良くしましょうねー」と言いながらファルトゥマの顔をリサイリに向ける。



「えぇー……奥方様まで……」



 リサイリはそう言って苦笑いを浮かべたが「それじゃあファルトゥマ、今度一緒に遊ぼうね!」と、ファルトゥマの両頬を突っついた。



「ファルトゥマ()()でしょ!」


「良いの! 僕たち子供同士なんだから!」



 レスタシアは、賑やかに話す三人の様子を眺めながら、顔を綻ばせた。

 

 早くに親元を離れ、他の大人たちと一緒に城で生活するツァレファテを、実の娘の様に思っていたレスタシアは、ツァレファテに同世代の友達が出来た事を心から喜んでいた。



 ────もしかして……セルシアスかリサイリのどちらかと……



 そんな飛躍した事を考えてにやにやしているレスタシアに、セルシアスが唐突に尋ねる。



「奥方様、今日も寂光の間へ行きたいのですが、よろしいでしょうか?」


「え⁉︎……あ、でも……あの……!」



 セルシアスの言葉に、リサイリと揉めていたツァレファテはそれだけ言って口籠る。



「え? どうしたのツァレファテ?」


「あ、あの、でも今日は……」



 リサイリに顔を覗き込まれ、ツァレファテは目を泳がせながら必死に口実を探す。


 ツァレファテは、レスタシアに危機が迫っている事を知らせ、避難させなければならなかったが、今それを言ってしまったら、セルシアスとリサイリにもその事を知られてしまう。


 そうなればサイーダトゥナの言う様に、セルシアスたちが命を厭わない行動に出るのは間違いない。家族を想うサイーダトゥナの為にも、それは絶対に避けなければならなかった。


 二人を巻き込まず、レスタシアを避難させる為には、どうにかしてセルシアスたちを先に帰さなければならない。



 ────一体なんと言えば……



 ツァレファテがその答えを見つける前に、レスタシアが笑顔で口を開く。



「勿論よセルシアス!」


「有り難う御座います! 奥方様!」


「やったー! 兄さん、さあ早く行こうよ!」


「えぇー! あの! でも、今日のところは、その……」と、ツァレファテは焦りながら二人を帰らせる口実を探すが、レスタシアが良いというものをダメとも言えずに言葉に詰まらせた。


 レスタシアに快諾され、飛び跳ねて喜ぶリサイリの傍で、セルシアスは深々とお辞儀をすると「奥方様、その前に炊き出しを手伝わせて下さい」と、炊き出し所へ向かって走り出す。



「セルシアス大丈夫よ、ほら、リサイリもあんなに行きたそうにしているし」



 レスタシアはそう言ったが、セルシアスは走りながら振り返り「いえ! 少しだけでも手伝わせて下さい! リサイリ! ツァレファテと先に行っててくれ! 兄さんも後からすぐ行くから!」と言い残して行ってしまった。



「うん分かったー! 先行ってるねー! さあ行こうツァレファテ!」


「ああ! セルシアス! ちょっと待って……えぇっ⁉︎  えっと……あの、私は……」



 ────ややこしい事になって来た……!



 ツァレファテは心の中で頭を抱え、考えを整理する。


 大前提として、セルシアスとリサイリには一刻も早く帰って貰わなければならない。


 たとえ危機が迫っている事を話さなかったとしても、ある程度都の様子を見れば厳戒態勢が敷かれている事くらい直ぐに気付かれてしまう。


 そうなれば状況を悟られるのは間違いない。ましてや、ここで二人に別行動をさせる訳にはいかない。


 まずはレスタシアを避難させる為に、危機が迫っている事をレスタシアに知らせ、セルシアスたちに状況を知らせてはならない事情を説明し、その上で、レスタシアにも協力してもらって二人に何も知られずに帰す必要がある。



 一人頭を捻らせるツァレファテは「そんな事出来る……?」と小さく呟き項垂れる。



「ほらツァレファテ早く早く! 置いてっちゃうぞ!」



 既に城へと向かって走り出しているリサイリが手を振ってツァレファテを急かす。


 

「ああもう! ちょっと待って!」



 早く奥方様に事情を説明しなくては───。ツァレファテがそう思ったその矢先、「ふんぎゃー!」と、けたたましくファルトゥマが泣き始めた。



「あらあらファルトゥマ、おーよしよし、ツァレファテ、リサイリをよろしくね、お乳あげないと、はいはいわかったわかった」


「お乳⁉︎」



 レスタシアは泣き叫ぶファルトゥマを連れて、急足で天幕の方へと行ってしまう。

 


「奥方様! あの! ちょっと大事なお話……」


「おぎゃー! ふんぎゃー!」



 ツァレファテの訴えはファルトゥマの絶叫に掻き消される。



「ツァレファテー! 僕先行ってるよー!」



 ツァレファテの事情など知る由もなく、リサイリはとっとと行ってしまう。

 


「ああ! 脚速! あいつもうあんな所に! リサイリちょっと待ってたら!」


「おぎゃーあぁぁー!」



 ファルトゥマの泣き声が再び、ツァレファテの言葉を掻き消す。しかしそれ以前に、リサイリはそもそも聞く気が無い。

 

 ツァレファテは作戦を変更する。

 もうこうなってしまっては、リサイリを先に行かせ、レスタシアに事情を説明して避難させ、その後、リサイリを連れ戻して何か理由をつけてセルシアスと一緒に帰らせるしかない。


 その間、二人にこの状況を気付かれず、且つ何も起こらない事を祈る他なかった。



「ああもうリサイリ待っててば! 私、奥方様とお話があるんだから!」



 ツァレファテは、もう遠くまで行ってしまっているリサイリに大声でそう言うと「奥方様ー! 重要且つ内密なお話がー!」と、レスタシアの後を追う。


 その訴えも、ファルトゥマの絶叫に掻き消された。

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