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賢者が恋した賢者の恋  作者: 北条ユキカゲ
第三章 イムラン悲愴曲
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家族思わば

「いやはや……何とも見事な舞でござるな」



 魔導国イムランの誇る守護の魔導大隊【揺るがざる庇護】隊長、ワーレイク・ムッサラームがそう言って酒の入ったちろりに手を伸ばすと、「おお! ワーレイク殿! どれどれ、某が……」と、最近新しく【揺るがざる庇護】に配属された副隊長、アルヴァーブ・トゥフタがちろりを手に取り、ワーレイクの空になった盃に酒を注ぐ。



「全く……それにしても、あの美しい娘は何処より参ったのか?」



 アルヴァーブがそう言いながら不思議そうに、艶やかな着物を纏って舞う美しい女に目を向けると、ワーレイクが驚いた表情でアルヴァーブの方を向いて口を開く。



「なんとおぬし、知らなんだか?」


「ワーレイク殿は、知っていると仰るか?」



 意外そうな面持ちのアルヴァーブにワーレイクは「左様か左様か……」と何やら嬉しそうな顔をすると、ちろりを手に取りアルヴァーブの盃に酒を注ぎながら「では……さぞや驚かれような」と言って、笑みを浮かべた。

「あれ? 誰もいない。お母さんたちもまだ帰って来てないや」


「そうだな、でも心配無いだろ、みんなが帰ってくる前に夕食の支度を終わらせよう」



 ブラシカ山脈の山間、丘の上にある白く塗られた可愛らしい二階建ての建物の中、サイーダトゥナたちよりも先に家に着いたセルシアスとリサイリは、いそいそと夕食の準備に取り掛かる。


 開け放たれた窓からは、風に戦ぐ枝葉の音と、遠くで鳴く鹿の声が、山間を吹き抜けて来た冷涼な空気と共に、家の中へと流れ込む。


 リサイリが部屋中に幾つもあるランタンに魔法の明かりを灯すと、まるで森の中の様に緑豊かな室内が、優しい光に照らし出された。


 柔らかな光の中、リサイリは部屋中に生えている野菜を摘み、セルシアスは米櫃から米を取り出し、慣れた手つきでしゃらしゃらと研ぎ始める。



「そう言えば、ツァレファテは何が好きだろう? リサイリ、何か聞いてないか?」


「えー、聞いてないよ、なんか好き嫌いとか多そうだけど、まあ何でも良いんじゃない?」



 良い加減に答えるリサイリとは対照的に、セルシアスが米を研ぎながら何を作るか真剣に考えていると、外が一瞬青く光り、続いて黄金色の光が窓から差し込んだ。


 光に気がついたリサイリが「あ、お母さんたち帰ってきたかな」と窓の方へと目を遣ると、すぐに光は消え、程なくして「たっだいまー!」と、手のひらサイズのサイーダトゥナが窓の外から飛び込んで来て、リサイリの頭に乗っかった。



「おかえり! 遅かったね? ツァレファテは?」



 セルシアスは包丁で野菜をザクザク切りながらそう尋ねると「鍋でいいよね?」と付け加える。



「うんうん! そうしよう! ツァレファテもすぐ来るよ!」



 その頃、家の玄関の前でツァレファテは、ドアの取っ手に手をかけたまま、いまだに波打つ心が静まるのを待ち、目を瞑って深呼吸をしていた。



 ─────平静に、普通に、何事もなかった様にしなきゃ……



 サイーダトゥナから聞かされた衝撃的な話に、ツァレファテは動揺していた。


 十六年前、リスタバールが散りぬる陽によって壊滅した時の事、賢者の心との繋がりの事、そして、それぞれの担う役割の事───。


 全てがツァレファテの中で繋がり、もはや疑いは消え去っていた。


 だからこそツァレファテは、動揺している事をセルシアスとリサイリに悟られない様にしなければならなかった。


 サイーダトゥナの言葉を思い返す。



『この事を知ればあの子たちは、必ず行動を起こすでしょう。それこそ自分の命も顧みず。勿論、私はあの子たちを、大切な家族を、()()そんな危険な目に逢わせたくはない。でも、それが定めなら、それがあの子たちの役目なら、それは仕方がない事、きっと止めても聞かないでしょう。だからせめて、あの子たちの意思に委ねたい。予言に従うのでは無く、あの子たち自身の考えに───』



 ふうっと息を吐き出すと、ツァレファテは、よし、と小さく呟き「お邪魔しまーす!」と元気良くドアを開けた。




────────────────────




 随分と高い所から、十六夜月(いざよいづき)がリスタバールの廃墟に青白い月光を下ろす。寂しげなはずのその廃墟は、今日ばかりは暖かい魔法の光と笑い声に溢れていた。


 無事に任を終えたイムランの魔導士たちは、守護結界完成の祝いと労いを兼ねて、ささやかな宴を催していた。



 ─────とうとうたらり たらりら

   たらりあがり ららりとう……ぽん…



 月明かりと魔法の灯火の下、幾重にも重なる艶やかな衣装を纏う美しい女が、扇を手に舞を披露している。

 それを囲む魔導士たちから「おお!」「お見事でござる!」と声が上がる。


 その光景に目を細めるペダリエイシーが、舞に視線を留めたまま盃を傾けると、メドウスがすすっと、透明の露を僅かに残すばかりとなった盃に酒を注いだ。



「メドウスよ、儂の事など気にせず、お前も皆の所へ行っても良いのだぞ」



 盃が満たされる前にペダリエイシーがそう言うと、メドウスは「何を申されますか」と微笑みを浮かべ、なみなみと溢れんばかりに酒を注いでから「わたくしの方が、殿にお付き合い頂こうと思うておるのに……」と、自分の盃を差し出した。



「ほっほ、そうかそうか、では、付き合うてやるとするかのう」と、ペダリエイシーはメドウスの盃を酒で満たす。



 ─────ちりやたらり たらりら

   たらりあがり ららりとう……ぽんぽん……




「明日にはようやっと、レスタシア様と若様のお顔をご覧になれますな」



 酒をほんのひと口ちびりと飲んで、メドウスは盃に目を落とす。

 透き通る酒を湛える赤い盃に、十六夜月がゆらゆらと揺らめいている。



「そうじゃのう、ようやっとじゃ……お前もこれでようやく祝言が挙げられるのう」


「はい、ようやっと……ようやっとでございまする……」



 家族が出来る───。それは、ナダールの邪教徒狩りにより、幼くして身寄りを失くしていたメドウスにとって、何にも代え難い特別な事であった。


 ナダールに復讐をしたとて、失われた家族が戻るわけではない、憎しみに囚われず、アルカイルに嫁ぎ、家族を育んでいきたい───。今はその思いが、メドウスの心を温かく、明るく照らす光となっていた。



「お前もな、もう若いわけではないのだから、早くに子を成すのが良かろう」


「まあ、お言葉でございますこと!」



 少し意地悪な笑みを浮かべるペダリエイシーに、メドウスはそう言い返すと「では早くに子を成して、女子であればファルトマ様に嫁がせて頂きとう御座いまするな」と冗談ぽく言って、盃を口へと運ぶ。



「おお! それは妙案じゃ! そうじゃ! そうじゃ! そうしようではないか!」


「……!?」



 思いがけないその答えに、メドウスは吹き出しそうになるのを堪えてペダリエイシーの方へ顔を向ける。


 盃から少しばかりの酒がこぼれた。



「と、殿⁉︎……そ、そんな、まだ子を成してもおらぬのに……!」



 口元を布で拭いながらメドウスがそう言うと、ペダリエイシーは嬉々とした表情で答える。



「何を申すか! たった今お前がそう申したのであろう? 決まりじゃ決まりじゃ! 楽しみじゃのう! のう?」


「あ……で、でも、そんな恐れ多い事……」



 まさか、この様な答えが返ってこようとは考えもしなかったメドウスは、大変な事を口にしてしまったと、この時になって(はばか)られたが、本当にそうなったらどれ程素敵だろう、どれ程幸せだろう───と、これまで想像した事のなかった幸福な未来を心に描き、喜びがふつふつと湧き上がった。




 ─────所千代までおはしませ

       我等も千穐さむらはう……ぽぽん……



 厳かに女が舞う。

 薄い雲が流れて月にかかり、(つつが)なく下されていた月明かりが陰る。



 ────鶴と亀との齢にて

      幸ひ心にまかせたり……ぽん……ぽん……



 メドウスが菫色(すみれいろ)の夜空を見上げると、瞬く星々と、雲の衣を纏う月が、その潤んだ瞳に乗り映る。



 ─────とうとうたらり たらりら……



 ゆっくりと目を閉じ、夢にまで見た家族、穏やかな幸福に想いを馳せ、再び瞼を開いた時、メドウスの瞳にはもうひとつの光が、青く、映り込んでいた。



「殿! あれを!」


「あれは『青碧の伝え』……ツァレファテからか……」



 緊急事態時にのみ発動される伝令魔法『青碧の伝え』の出現に、先程まで和やかだった雰囲気は一変し、魔導士たちも青い光を瞳に宿して静まり返る。


 その青い光『青碧の伝え』は一同の真上まで来ると、すうっと、ペダリエイシーの正面へと降りて来て、一軸 (ひとじく)の巻物へと姿を変えた。


 険しい表情でペダリエイシーが巻物を広げその文面に目を走らせる。


 重い静寂が、リスタバールの廃墟を本来の寂しい色に塗り変える。


 ゆっくりと流れ着いた厚い雲が、先程まで弱々しく光を放っていた月を覆い隠すと、ペダリエイシーが口を開いた。



「……なんと言う事だ……!」

ウジェーヌ大興奮のあの青い光は、ツァレファテによって放たれた青碧の伝えの光だったのですね! そして、その青碧の伝えによって和やかだったリスタバールの雰囲気は一変してしまいました! 一体何が伝えられたのでしょう!?


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