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賢者が恋した賢者の恋  作者: 北条ユキカゲ
第三章 イムラン悲愴曲
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不知夜月に知りぬるは

 さっきまで小さかったサイーダトゥナが大きくなっている事にも驚かされたが、その事よりも、唐突に放たれたサイーダトゥナの言葉が、ただでさえ状況を飲み込めないツァレファテをより一層混乱させる。


 言葉を詰まらせるツァレファテは、手渡されたバナナに視線を遣ると、目を瞑って心を落ち着かせ、少し間を置いてから口を開いた。



「あ、あの、一度に色々な事が起こり過ぎて、理解が追いつかないのですけど……大勢の人が死ぬとは、災害や戦争が起きるのでしょうか……?」



 地上を見つめていたサイーダトゥナはツァレファテの方へ向き直り「その両方。貴女には、役目がある。そしてそれは、私の願いでもある」と、先程までの口調とは少し違う、真剣な様子で答えた。


 ツァレファテは、サイーダトゥナの眼差しにただならぬ雰囲気を感じ、黙って次の言葉を待つ。


 地平線の更に奥へ、太陽が遠退いて行くのが分かる。


 つい先ほどまで、僅かながらも陽光を映していた空は、サイーダトゥナの放った不穏な言葉に染められる様に、深い闇へと沈んで行く。


 頭上で旋回する黄金の輪だけが闇の中で鮮やかに煌き、サイーダトゥナとツァレファテを柔らかな光で包み込んだ。


 唐突に、サイーダトゥナは言った。



「もうすぐ、争いが起こる。そして、散りぬる陽が発現する」


「散りぬる陽⁉︎……そんな! どうして……⁉︎」


 

 ナダール聖法王国と国境を接している魔導国イムランは常に緊張状態が続いていて、いつナダールと戦争になってもおかしくない。


 ツァレファテは、争いが起こるという事には何も驚かなかったが、散りぬる陽については寝耳に水だった。


 現状、既に魔導国イムランが総力を上げて、守護の結界の準備に取り掛かっている。

 そして何より、大魔導師と謳われるペダリエイシーと、そのペダリエイシーにして、自分以上に強力な魔力を持つと云わしめる国御柱命のメドウス。この二人が中心となって成される守護結界が失敗するなどとは考えられなかった。



「戦争はいつ起きても不思議ではありませんが、散りぬる陽の対策は万全なのです、発現はしないはずです!」



 ペダリエイシーとメドウス、そして、イムランの魔導技術に対して絶対の信頼を寄せるツァレファテのその言葉に、サイーダトゥナは視線を落として小さく首を振る。



「確かに、既に広範囲に渡って守護の結界が張り巡らされている、でも、散りぬる陽は発現してしまうの」


「そんな……結界が完成しているのにどうして……」



 守護の結界は、広範囲に幾つもの巨大な守護の石碑を設置するなど、非常に大規模かつ堅固な法陣であり、一度完成すれば、理論上、その範囲内において散りぬる陽が発現する事はあり得ない。


 では何故? ツァレファテは考える。


 

─────イムランの、私たちの研究が間違っていた? それとも、ペダリエイシー様が何か失敗をするとでも言うの? そんなはずはない。だとすれば、考えられるのはただひとつ……



「何者かが守護の結界を破壊する……?」



 ツァレファテの辿り着いた答えに、サイーダトゥナはゆっくり頷くと、そこへ想像もしなかった言葉を付け加えた。



「そう。間も無く、結界の一部が破壊される。そして、その後直ぐに、誰かが散りぬる陽を()()()()()


()()()()()……⁉︎」



 思わず、ツァレファテはそう声を上げる。


 散りぬる陽を『発動させる』とはどういう事なのか? ツァレファテには理解出来なかった。


 そもそも、散りぬる陽が何なのか、確かな事は分かっていなかったが、これまでの研究で、それは無秩序に発生する魔導の力であり、自然災害に近い物であると認識されていた。


 しかし、サイーダトゥナは確かに『誰かが発動させる』と口にした。


 ツァレファテはサイーダトゥナに詰め寄り、続け様に質問をぶつける。


 

「発動させるとはどういう意味なのですか⁉︎ あれは自然現象ではないのですか⁉︎ 何者かによる魔法なのですか⁉︎ 何処かに悪い魔導師が隠れているのですか⁉︎」



 飛びつくような勢いのツァレファテを、サイーダトゥナが「ま、待って待って! ちょっと待って! 落ち着いて!」と諫める。



「ああぁぁ……す、すいません……で、でも、それが本当なら早くどうにかしないと……」



 結界が破壊され、その上、散りぬる陽が人の手によって発動されると言う信じ難い話が、言い知れぬ不安となって、仄暗い(もや)の様に胸の中に広がっていく。


 それと同時に、ツァレファテの心に一つの疑問が湧き上がった。



 ─────でもどうして、それが分かるのだろう?



 メサイアとされるセルシアスとリサイリ、その二人の母親であり、今目の当たりにしている絶大な魔力を有する魔導師サイーダトゥナ。


 彼女が嘘を言っているとは思えなかったが、それでも、この予言じみた話には、何の確証も無い。


 この話の根拠は一体何なのか? 信用する前に、サイーダトゥナに確認しなければならない。


 ツァレファテは呼吸を整えると、改めて問い掛けた。



「御忠告頂き、とても感謝しております。でも、サイーダトゥナ様は、どうしてそれがお分かりになるのですか?」



 冷静さを取り戻したツァレファテの質問に、サイーダトゥナは自分の頰に人差し指を押し付けると、口を尖らせて「ん〜……」と考えを巡らせる。


 半透明の白い羽衣と、輝く銀髪をゆらゆらと揺らめかせ、背後には魔法の金環が浮かんでいる。

 現実離れした姿、神々しく美しいサイーダトゥナだが、その仕草や表情からは、どうにも子供っぽさが感じられた。


 サイーダトゥナは宙を見つめて熟考した後、ツァレファテの方へゆっくりと視線を戻し、首を傾げながら答える。



「……勘?」


「勘って……⁉︎」



 サイーダトゥナの答えに拍子抜けするツァレファテも、つい釣られて首を傾げる。


 呆気に取られるツァレファテと、自分で答えておきながら半信半疑の面持ちのサイーダトゥナ。


 首を傾げたまま無言で向かい合う二人を、頭上の光輪から放たれる柔らかな光が包み込み、暫しの沈黙が訪れる。


 本当に『勘』だったとして、それは具体的に何なのか? サイーダトゥナ程の魔力を持つ魔導師であれば、或いは予知能力の様な力によるものである可能性も考えられる。


 ツァレファテが改めて質問しようと口を開きかけたその時、サイーダトゥナの優しい笑顔が消え、その口から信じられない一言が放たれる。



「私の心に伝わってくる。『賢者の心』が私に教えている。役目を知らせる為に」


「……『賢者の心』の事を、どうして……?」



 空気が変わる。

 サイーダトゥナの表情に先程まで無邪気さは無い。


 『賢者の心』の存在を知っているのは、イムランの一部の人間だけのはず。それに、賢者の心が()()()()()とは、どういう意味なのか─────


 空は夜を迎え、星が、ひとつ、ふたつ、ようやく、輝き始める。

 

 

「驚くよね、どうして私がイムランの地下奥深くにある賢者の心の事を知っているのか、どうしてその『声』が聞こえるのか……ツァレファテ、貴女には、全て知ってもらわなければならない。私と貴女、それぞれの役目を果たす為に─────」



 陽光を忘れ、濃藍に染め上げられた夜空を背に、連なる山脈の影がより暗く波打っている。

 その影から顔を覗かせた不知夜月(いざよいづき)が幾つかの星を従え、物陰からこちらを窺う猫の瞳のように、暗闇に輝く。


 ツァレファテは、サイーダトゥナの過去を知らされる。そして、それぞれが背負った役目を知らされる。

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