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賢者が恋した賢者の恋  作者: 北条ユキカゲ
第一章 揺蕩いのプレリュード
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届けられた手紙

「ちょっ! ちょっとラシディア! あんたいきなり何言ってんのよ! こういう事はね! 行くとか行かないとか決める前に交渉ってもんが……それに! お父さんとお母さんにもちゃんと訊かないと……!」



 ジュメイラが噴き出したお茶を拭きながらそう言うと、ラシディアは自信に満ちた表情で「大丈夫、お父さんもお母さんも心配ないわ、むしろ喜んで送り出す事でしょう……!」と言って譲らない。



「そうか、それは良かった、勿論、ご両親にも挨拶に伺うつもりだ」


「ご両親に! 挨! 拶!」



 ラシディアはおうむ返しの様にセルシアスのその言葉を繰り返すと、両手を口に当ててにやける。



「ちょっとちょっと、セルシアスさんもまだ決めないで! そんな、いきなり、ラス=ウル=ハイマなんて遠くの方まで行くなんて、今すぐには決められないわ! それに、それにはそれ相応の報酬がないと……」



「それなら心配はいらない、まずは契約金としてこれを」



 セルシアスはそう言うと、小さな箱を取り出してジュメイラに手渡す。


 ジュメイラが「……なあにこれ?」と箱を開けると、中には、虹色に輝く宝石の様な物が入っている。



「う~ん……何コレ? 宝石? すごく綺麗だけど……私宝石なんて詳しくないから、これがどれだけの値打ちがある物なのか分からないんだけど……」



 ジュメイラが無造作に宝石を取り出し怪訝な顔で眺めていると、今度は向かいに座っていたイザベラが勢いよくお茶を噴き出した。



「な……な……な……⁉」



 イザベラは噴き出したお茶を拭こうともせず、口からだらだらと垂らしながら、顔面を痙攣させてワナワナと震えている。



「え? ちょっと……イザベラ? あんたちょっとどうしたの?……なんか……凄まじくキモい顔になってんだけど……」



 いつもであれば食って掛かるであろうジュメイラの悪態には全く反応することなく、イザベラがゆらりと立ち上がる。


 口からお茶を垂れ流し、顔の筋肉という筋肉全てを痙攣させながら、宝石を持つジュメイラへと向かって一歩また一歩と近づいて行く。



「こわっ! ヤダ何⁉ ちょっと何なの⁉ ちょっ! こっち来ないでよ! やだ! ホント怖いホント怖いー!」



 イザベラはじりじりと距離を詰め、後ずさりするジュメイラを壁際まで追い詰めると、その剛腕でジュメイラの腕をがっちりと掴む。



「いーやー!」



 ジュメイラ絶叫。



「……これは……間違いないわ……これは『深淵の雫』……!」


「……へ?」



 泣き叫んでいたジュメイラは、黙ってイザベラを一瞥すると、自分の手に持つ宝石へと視線を向ける。



「……しかもこれだけの大きさ……ジュメイラ……あんたコレ……一億は下らないわよ」


「い、一億……⁉」



 ジュメイラは時が止まったかの様に一瞬動きを止めると、手に持っていた深淵の雫をじっと見つめて、そーっと箱へと戻した。



「どうやら、不足はないようだな。これ以外に、ラス=ウル=ハイマからも報酬が与えられる。それも含めれば十分なはずだ」



 セルシアスはそう言って、組んだ両手の上に細い顎をのせて穏やかに微笑む。



「十分も何も! 十分過ぎよ! いきなりこんな高価な物受け取れないわ!……それに、まだあたしたちの実力を確認したわけでも……」



 ジュメイラが慌ててそこまで言ったところで、セルシアスは人差し指を口に当て「エルミラ様が起きてしまう」と言いながら眠っているエルミラの顔にかかる金色の髪を優しく解く。



「大丈夫。ジュメイラにラシディア、二人の力はもう確認できている」



 眠っているエルミラを抱きかかえ、出口へと歩いて行くセルシアスは、途中で立ち止まると、ラシディアたちの方を向いて口を開く。



「ラシディアのご両親には正式に手紙を出しておこう。そして二人の準備が整った時、こちらから迎えに行く」


「あ! でも、セルシアス様! まだ私たちの家も村の場所も……」



 ラシディアが慌ててそう訊くと、セルシウスは「大丈夫だラシディア、それも全て分かっているよ」と言って、そのまま店を出て行ってしまった。

 残された三人は出口の方を向いたまま呆然と立ち尽くす。

 イザベラの口からお茶が滴る。



「はっ!……こうしてはいられないわ! ジュメイラ! 早く家へ帰って支度しなくちゃ!」



 セルシアスが店を出て少ししてから、はっと我に帰ったラシディアがそう言うと、ジュメイラが「え? あ、ああ、そうね……」と、その手に持つ『深淵の雫』をまじまじと見つめ「一億……」と呟いた。




────────────────────




 木々の生い茂る深い森の合間を縫うようにして流れる川が、蛇行しながらずっと先まで伸びている。その川の上流、ウムスキームの街から遥か南に位置するルアイン山脈の中腹に、ザキールの村はある。


 馬車で行こうものなら何日もかかる程の距離を、ラシディアとジュメイラは良く手懐けられた翼竜に乗り、満天の星で煌めく夜空を村へと向かって飛んでいた。


 それでも、普段は途中の街で一泊し、二日掛けて行く道のりであったが、「一刻も早く支度をしてセルシアス様のところへ行く!」と言って聞かないラシディアに付き合い、ジュメイラもラシディアと一緒に翼竜の背に揺られていた。


 そして、ザキールの村へと着いた頃には、もうすっかり夜中になっていた。



「ただいまー!」


「あら、二人ともお帰りなさい! どうしたの? 今日帰って来るなんて」


「お父さん、お母さん、私は、しばらくの間、愛の為! セルシアス様のため! ラス=ウル=ハイマの守護へと行って参ります!」


「……は?」



 いきなり帰って来て突拍子もない事を言いながら真顔で敬礼するラシディアに、ラシディアの両親は目を丸くし、その表情のまま無言でジュメイラの方を向く。



「は、はは……私が……今ちゃんと説明する……ね……」




────────────────────




「はーはっはっは! そうか! ラシディアにもとうとうそういう相手が出来たか! よし、今日はお祝いだ!」



 ジュメイラから詳しい経緯を聞いたラシディアの父デイラは、嬉しそうにそう言っていそいそとワインを取り出すと、母のカラマが「ええそうね! はい! ジュメイラも!」と、ジュメイラにグラスを押し付ける。



「さあ! 乾杯だ! ラシディアの前途を祝して! かんぱーい!」


「私の前途に! 乾杯だー!」



 ウムスキームの街で縮こまっていた時とはまるで別人のように、ラシディアは元気よくグラスに注がれたワインを一気に飲み干し、「よーし! もう一杯!」と言って父デイラにグラスを突き出す。



「よしいいぞラシディア! その調子だ! さあもっと飲め! お父さんは嬉しいぞ!……あれ?……やっぱりなんか少し悲しくなってきた……」


「何言ってるのよあなた! やっとラシディアの目に適うお相手が現れたんだから、喜んであげなくちゃ!」



 カラマはそう言って急に大人しくなったデイラの背中をばしっとひっぱたく。



「勿論俺だって喜んでいるさ! でもなぁ……やっぱりなんか……フラれればいいのに……」


「お父さんなんてこと言うのよ!」



 騒々しくワインを酌み交わすラシディアたちを笑顔で見つめながら、ジュメイラがワイングラスを口へと運ぼうすると、開け放たれていた窓から青い光がスーッと入り込んできた。


 ワイングラスを持つジュメイラの手が、その豊かに盛り上がった胸の前で止まる。



「……フクロウ?」



 音もなく、滑り込むようにして部屋へと入ってきたそのフクロウは青い光を放っていて、よく見ると半透明に透けている。

 

 先ほどまで騒いでいたラシディアたちはすっかり言葉を無くし、全員で黙って、部屋の中をゆっくりと旋回する青い光のフクロウを見上げる。



「絶対に……セルシアス様の魔法だわ……」



 頭上を旋回していたフクロウは一枚の紙へと姿を変え、ひらりひらりと、ラシディアたちの囲むテーブルの中央へと落ちてきた。


 落ちてきたその紙に、ラシディアが真っ先に飛びつく。



「どれどれなになに?……やっぱり! セルシアス様からのお手紙だ!」


「おおお何だって⁉ なんて書いてあるんだ⁉ どれ! ちょっと父さんにも見せてくれ!」



 一同でラシディアを取り囲み、その手に持つセルシアスからの手紙を覗き込む。




────────────────────




 謹啓

 アルマハタル・カディマヒア・デイラ様、カラマ様


 梅雨入りも差し迫り、次縹(つぎはなだ)御所染(ごしょめぞめ)の色鮮やかな紫陽花が一層美しく咲く雨萌ゆる向暑の候、皆様におかれましては、変わらずご清祥にお過ごしの事と存じ上げます。


 過日、ウムスキームの魔導具専門店『イザベラズアイディアル』において、ご息女ラシディア様、ご養女ジュメイラ様(以下、甲)と、ラス=ウル=ハイマ首長国連邦(以下、乙)との間に、守護契約が締結された旨をご報告申し上げます。


 尚、契約期間及び契約内容の決定権利は甲に帰属し、乙は甲に対しこの権利を侵害出来ないものとします。



 季節の変わる境の時分、どうぞご自愛専一にてご精励下さいますよう、お願い申し上げます。



 敬白

 ダラジャトゥ・ハルラート・アーリエン・セルシアス




────────────────────




 ラシディアが手紙を読み終わると、誰もが黙り、暫しの沈黙が訪れた。


 部屋の中央にかけられた大きな柱時計の音と、窓の外から聞こえる犬の鳴き声だけが部屋の中に響き渡る。


 その静寂の中、カラマが静かに呟いた。



「ダラジャトゥハルラートっていったら……」



 全員が唖然とした表情で顔を見合わせると、一斉に声をそろえた。



「あの大賢者ダラジャトゥハルラート⁉」

正式には『ダラジャトゥ・ハルラート・アーリエン・セルシアス』

長い名前ですね。


元々はダラジャトゥ・セルシアスだったのですが、色々あってセルシアス自身がある覚悟を持って付け加えたのです。


この物語の中では日本の名前と同じように、苗字が先で、名前が後に来ますよ!




面白い! 続きが楽しみ! と思って頂けたら

是非ブックマーク登録お願い致します!!

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引き続き宜しくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 急速な愛が重いw [気になる点] 一億の価値が日本の一億円と同等なのか気になるところ。 単位もここでは未発表みたいだし。
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