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賢者が恋した賢者の恋  作者: 北条ユキカゲ
第三章 イムラン悲愴曲
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過ちの代償

 魔導国イムランの東の端、リスタバールの廃墟────アールーマヤの都から守護の魔導大隊が到着し、ペダリエイシー指揮の元、散りぬる陽より人々を守る守護の結界の準備が進められていた……

 びっしりと文字の様な物が刻まれた黒色の石碑が、荒涼とした大地に描かれる巨大な魔法陣を取り囲むように配置され、上空には数十機ほどの人型魔導機が円を描いて静止している。

 

 その様子を注意深く見渡すペダリエイシーに、メドウスは空中に浮かぶ小さな魔法陣を一つ一つ確認して「殿。照射準備整いました」と報告する。



「皆の者、衝撃に備えよ。プラズマビーム照射十秒前、九、八……」



 ペダリエイシーが秒読みを始めると、地上に描かれた魔法陣がじわじわと青い光を放ち始め、上空に待機する人型魔導機が地上の魔法陣へ向けて両手を構える。



「二、一、照射」



 魔導機から一斉に放たれた白い光線が青く輝く魔法陣へと注がれる。


 低い静かな響きと共に、大気を震わせる衝撃を伴って巨大な光の柱が空へと向かって立ち上がり、魔法陣を取り囲んでいた石碑を巻き込んで螺旋を描きながら蒼天の空へと昇って行く。


 光の柱が姿を消し静寂が辺りを包み込むと、ペダリエイシーの後ろで作業をしていた大勢の魔導士たちが、空中に浮かぶ無数の魔法陣に目を走らせる。



「CLA安定、オービット正常」

「イオノグラム値df1 - df2共に安定、ニュートリノ規定値に達しました」



 魔導士たちから次々と報告がなされ、最後にメドウスが「アストラルフィールドの展開を確認しました」と告げる。


 静寂と共に魔導士たちの視線がペダリエイシーへと集まり、しばしの沈黙の後、「……成功じゃ」とペダリエイシーが呟くと、魔導士たちから大きな歓声が沸きあがった。



「殿、おめでとうございます……」


「うむ、これで散りぬる陽の発現は抑えられよう、メドウスよ、これもお前の尽力あってこそじゃ、これでようやく……?」



 傍に控えるメドウスに視線を向けたペダリエイシーは、その優れない表情に気付いて言葉を止める。そしてほんのひと時、黙ったままメドウスを見つめると、その眼差しを空へと戻して口を開いた。



「どうしてナダールまで守るのか、そう思うておるのであろう」



 まるで心の中を見透かされたようなその言葉に、メドウスははっとした顔でペダリエイシーを見る。そして、そう思ってしまった事に罪悪感を抱きつつ、俯いて「……はい……」と、小さく答えた。



「お前には、すまぬと思うておる。あの者たちの行いは、決して許される事ではないからな、しかしなメドウスよ、あの国にも罪のない者たちが大勢暮らしておるのじゃ、その者らが死ぬとわかっていて、放っておくことは出来ぬ」


「しかし殿……」



 躊躇いがちにそう口にしてペダリエイシーへと視線を向けたメドウスは、苦悩を窺わせる横顔を目にして言葉を詰まらせた。

 


「ナダールの事は、いずれ手を打つ……」



 ペダリエイシーはそう言うと、その先に続く言葉を見つけられないままメドウスに背を向ける。後ろから聞こえてくる魔導士たちの賑やかな話し声が、その沈黙を一層際立たせた。

 


 ────手を打つ? 一体どんな手があるというのだ? ナダールなど、あの様な狂信者どもは滅びるべきなのだ。

 ────いやそれは違う、必ず手段があるはずなのだ……

 ────そんなものは無い、宗教など全て滅びてしまえば良いのだ、本当はお前もそう思っているのであろう?

 ────それは……そんな事は無い……!



「殿……どうされました……?」



 沈黙に沈むペダリエイシーに、メドウスが心配そうな面持ちでそう呼びかけると、ペダリエイシーは背を向けたまま「……いや、何でもない」と答え、大きく一つため息をつく。



「今日は皆を休ませ、撤収は明日としよう。わしは幕舎におる」



 ペダリエイシーはそう言って振り返ると、メドウスの肩にぽんと手を乗せ「大義であった、お前も少し休め」と微笑み、少し離れたところに設置された幕舎へ向かってゆっくりと歩いて行く。


 その後姿を見つめながら、「承知致しました、殿……」と、少し遅れてメドウスは答えた。



────────────────────



 厚手の布と柱で組み立てられた幕舎の中を、明かり取りから差し込む陽光が柔らかく照らしている。


 生活に必要なものだけあれば良いと、ペダリエイシーが指示して準備させたその幕舎の中には、寝具や椅子など、最低限の家具が疎らに置かれ、臨時とは言え王の過ごす居所としては質素過ぎる程に閑散としていた。


 数少ない家具のひとつ、僅かな陽の光を眩しく反射する姿見の前で、ペダリエイシーが鏡を見つめる。


 白髪に覆われ、灰色に見える長髪に囲まれた鋭い眼差しが、鏡の中からペダリエイシーを見つめ返す。


 しばらく鏡とにらみ合い、ペダリエイシーは口を開いた。



「どうしてナダールまで守る、あれはな、滅ぶべきなのだ」

「いや、滅ぼしてはならぬ、和解して共存せねばならぬのじゃ」

「ふん! お前、そんな事が出来ると思っているのか?」

「出来る!」

「どうやって?」

「……」



 鏡の中から問いかける厳しい眼差しに、ペダリエイシーは俯いて視線を逸らす。


 どうやって?


 それに対する答えをペダリエイシーは持ち合わせてはいなかった。目を瞑り、しばらく考えた後、ふうっと息を吐いて再び鏡に目を遣ると、歪んだ笑みを浮かべた瞳が見つめ返している。



「散りぬる陽を放っておきさえすればよいのだ、簡単なことではないか」

「そうはいかぬ、見殺しには出来ぬ!」

「偽善者め……まあいい……お前がナダールを救えば、あの者らはこれからも人を殺めていくぞ、お前があの者らを救ったせいで、お前が救うよりも大勢の罪の無い者が死ぬのだ、お前が殺したも同然だ……あの時と同じようにな……」

「黙れ……黙れ!」



 ペダリエイシーのその言葉と共に姿見に亀裂が入り、鏡の中の顔が歪む。破片ごとに映し出される無数の眼が見下すような笑みを浮かべ、一斉にペダリエイシーを覗き込んだ。



「どれだけ俺に罪を押し付けようと、あれはお前自身の罪だ、()()()()のな」



 ぽろぽろと鏡が割れ、破片と共に冷徹な瞳が崩れ落ちていく。

 最後に残った欠片の中からは、寂寞(せきばく)とした表情の自分自身が言葉無く見つめ返していた。



 

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