即決
「ねえお客さん? この『夢に見し華』を作った人を探し出して、どうしようっていうのかしら?」
イザベラがジュメイラから受け取ったばかりの魔法薬『夢に見し華』の小瓶を棚に並べながらそう尋ねると、騒いでいるラシディアたちに視線を留めたままセルシアスが答える。
「力を借りたいと思ってな……」
「頼み事って事かしら?」
「正しく、その通りだ」
他にはない貴重な魔法薬を、商売敵にでも取られたら大変と心配していたイザベラだったが、薬を棚へ並べ終えるとセルシアスの方へ向き直り話を続ける。
「まあ、それなら良かったわ、ジュメイラって、ほらあの、牛みたいな乳してでかい槍を担いでる子が『闇の眷属』を倒して、ラシディアっていうもう一人の青い髪の方が魔法薬に仕上げるらしいわ」
「そうか……まさかとは思ったが……」
セルシアスはそう言いながら棚の方へ視線を向けると、美しい小瓶の中できらきらと輝く『夢に見し華』を見つめる。
そして、古い記憶を懐かしむ様な、穏やかな表情を浮かべ、「……本当にそうだとはな……」と呟き、騒いでいるラシディアたちへと視線を戻した。
「だから! 『月影の神』ってのは、一体何なわけ?」
「『月影の神』は月の! 影の! 神! そのまんま! 神様よ神様!」
「じゃあ何⁉ この子が神様だって言うわけ?」
「この子ってどの子⁉」
「この子!」
ジュメイラとラシディアは、頬杖をつきながら不機嫌そうな顔でこちらを見上げるエルミラをまじまじと見る。
「……崇めよ、愚かな人間の小娘どもよ」
エルミラが相変わらずの口調でそう言うと、しばらく黙ってエルミラを見ていた二人は、そこからそそくさと距離をおいて顔を寄せ合い、エルミラに聞こえないように小さな声で話し始めた。
「いやいやいや無い無い無い……あれ神様って言われてもね……ていうか神様とかって本当にいるわけ?」
「私も、神話とかおとぎ話とかに出てくるのは知ってるけど……本当に神様って言われても……それに神話に出て来る『月影の神』は大人の女の人だしね」
「でも、それって本の中の話でしょ? 意外とさ、本物はあんなのだったりして!」
「この我が『あんなの』とは何だ! 無礼者め!」
絶対に聞こえないと思って話をしていたジュメイラとラシディアは、エルミラにそう言われて飛び上がる。
「えっ⁉ 聞こえてるの⁉」
驚きのあまりラシディアはその場で固まり、ジュメイラは後ずさりする。
「すべて聞こえておるわこの戯け者が! おいセルシアスよ、早うその異形の店主から話を聞いてここを去るぞ! 全く以て不愉快じゃ。良いか、我らはな、お前たちなどに用はないのじゃ!」
「い、異形……」
『異形の店主』と言われたイザベラがショックを受けた様子でそう呟くと、その横にいたセルシアスが、椅子の上に立ち上がって腰に手を当てながらふんぞり返っているエルミラの方へと近づいて行き、静かに語りかける。
「エルミラ様、私たちは、この方たちに用があるのです」
「……へ?」
セルシアスは呆気にとられているエルミラを優しく椅子から下して座らせ、ジュメイラとラシディアの方へと向き直る。
「ジュメイラに、ラシディア……名乗るのが遅れて申し訳ない、私の名はセルシアス、今店主から話を聞いた。『夢に見し華』について、詳しく聞かせては貰えないだろうか?」
「はっ、はっ、はい! もも、勿論です! どうぞどうぞ! こちらへお掛けになってください!」
セルシアスに名前を呼ばれた途端、顔を真っ赤にして飛び上がったラシディアは、取り乱しながらそう言うと、セルシアスに席を勧めた。
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ラシディアとジュメイラ、セルシアスが向き合って座る中、ただ一人エルミラだけは椅子から立ちがり、腕組みをしてラシディアの顔を覗き込んでいる。
「おい、お前、先ほどから惚けた顔でずっとセルシアスを見ておるが、お前のような間の抜けた人間の小娘ごときに、あの『夢に見し華』を作れるわけがなかろう!」
「ええ⁉︎ あ、いや、見てな、見て、見てますけど……」
セルシアスの目の前で図星をつかれたラシディアは、恥ずかしさのあまり顔を赤らめて俯く。
「エルミラ様、その様な物言いはいけませんと、何度も申し上げておりますでしょう? はい、これで絵を描いて、少し大人しくしていてください」
セルシアスが懐から紙と色鉛筆を取り出してエルミラの前へ差し出すと、エルミラは黙ってそれを手に取り、口を尖らせて黙々と絵を描き始めた。
お絵かきに夢中になっているエルミラをぽかんとした表情で見つめるジュメイラに、セルシアスが尋ねる。
「それで、【夢に見し華】についてなのだが……」
「あ……ああ! そ、そうだったわね! あれはね、まずラシディアが『闇の眷属』を呼び出して、それを私がぶっ倒して『宵の御心』を取り出す……あー、あれって魂だったんだ……まあいいか」
「呼び出す……?」
ジュメイラの話の途中でセルシアスがそう尋ねるが、ジュメイラは事も無げに「そうそう、なんか分かんないけど、あーそろそろ来るなーって分かるの私たち。そしたらラシディアが呼び出すって言うか、アイツら勝手にこっち来るから、ラシディアが封じ込めて私がぶっ倒すって訳、それでね────」と、肝心な所を適当に流して話しを続ける。
「その『宵の御心』を、このラシディアが練成陣に封じ込めて、その後色々やるのよね、ラシディア?……ねえちょっとラシディア⁉︎」
顔を赤くして恥ずかしそうに俯いていたラシディアだったが、ジュメイラにそう言われてようやく顔を上げる。
「ふぁっ⁉︎……え⁉︎ な……何だっけ⁉︎」
「【夢に見し華】の作り方! 錬成陣の説明よ!」
「錬成陣……ああそうだった!」
錬成陣の説明と言われたラシディアはすっくと立ち上がると、先程までもじもじしていたのが嘘のように饒舌に話し始めた。
「えっへん! えー、まず、雲閣る月という特異練成陣に封じ込めた後、白妙の纏と宿るらむ暁を根幹とした、百八つの魔法陣を組み合わせた高位連動術式を用いて『咲かざりし浄化』を行います。通常の浄化術式ではすぐに消滅してしまうので。その後……」
これまで表情を崩すことのなかったセルシアスは、生き生きと説明するラシディアの話を聞きながら、思わず「完璧だ……これは、驚いた……」と、言葉を漏らす。
感心するセルシアスの眼差しにラシディアは「え? そんな、大したことでは……えへへ……」と、すっかり熱くなった頬を両手で押え「そそ……それでですね────」と、解説を続けた。
うら若き魔導師とは思えない熟達した魔導知識、そして、それを実行し得るだけの絶大な魔力────。
一国の軍勢を以てしても苦戦を強いられる程に強大な【闇の眷属】をたった一人で滅するジュメイラと、それを封じ込め【夢に見し華】に精製してしまうラシディア。
とても信じ難い事だったが、ジュメイラの槍から発せられる常軌を逸した『力』と、ラシディア自身から感じる尋常ならざる魔力に、セルシアスの心には一片の疑いも無かった。
────この二人はどうしてこれ程の力を持っているのだろう……それに『闇の眷属』の出現を察知し、そしてそれが勝手に来るとは、一体どう言う事なんだ……?
楽しそうに解説を続けるラシディアを、セルシアスは穏やかな眼差しで見つめる。しかしその心中にはある確信が芽生え始めていた。
するとそこへ、気を利かせたイザベラがお茶とお菓子を持ってやってきた。
「どう? お客さん、お話は出来たかしら? さあ皆さん、お茶でもどうぞ。そして、神様のお嬢ちゃんにはこれをあげるわね」
イザベラがそう言いながら色鮮やかなお菓子をエルミラの前に置こうとすると、エルミラは絵を描く手をぴたりと止め、ゆっくりと下から上へ、這うような視線でイザベラを見上げ、静かに呟く。
「おい店主よ……我に対してよくもそのような事を申したな……醜い異形の分際で……」
「み、醜い異形って……あ、でもなんか気持ちよくなってきた」
イザベラはそう言って気持ち悪く喜ぶ。すると、その気持ち悪いイザベラの手に持っている可愛らしいお菓子を目にしたエルミラが、先ほどまでの仏頂面から一転して目を輝かせた。
「な、な、なんじゃそれはー⁉」
エルミラはそう叫ぶやいなや、イザベラの手からそのお菓子を奪い取り、夢中になって食べ始めた。
その様子にイザベラとジュメイラは目を丸くしたが、ラシディアは相変わらず両手で頬を押えながらセルシアスを見つめている。そしてセルシアスは、エルミラの頬についたお菓子を布で拭いながら口を開く。
「すまぬな店主、ほら、エルミラ様、もっと行儀良くお食べください……」
「これだけ見ていると、本当にただの子供なのよね……て言うか、普通の子供より子供っぽいんだけど」
ジュメイラは夢中でお菓子を頬張るエルミラを見ながらそう言うと、頬杖をついて微笑んだ。
「そういえばお客さん、このエルミラちゃんがあなたを守護してるって言ってたけど、これではどちらが守護者かわからないわねぇ……」
ちゃっかりとセルシアスの真横に座ったイザベラは、そう言いながらじわりじわりとすり寄るが、セルシアスは無表情のままスッと距離を取ってイザベラに答えた。
「その通りだな……しかし実際に、このエルミラ様の守護の力は絶大で、私にとってかけがえのない存在なのだ」
出されたお茶を取ろうとしたジュメイラは、その手をいったん止めると「はあ……この子がねえ……」と言ってエルミラの方へと目をやる。ラシディアも緊張を紛らわせようとお茶に手を伸ばしたが、「ラシディア、そしてジュメイラ」と、セルシアスに名前を呼ばれて固まった。
「貴女方が『夢に見し華』を作っているという事はわかった。そこで、相談したい事がある」
セルシアスは唐突にそう言って二人の方へと向き直り、話を続けた。
「私は、『阿久戸妙の陣』と云う守護の結界を以て、この周辺の国々を守っている。しかし、如何に強力な結界とは云え、その範囲には限界がある。今、その範囲の外にある北限の国、ラス=ウル=ハイマに『散りぬる陽』が出現し、彼の国より救援を求められているのだが、現状ではその散りぬる陽に対抗するのは難しい」
「……散りぬる陽って……あの『滅びの災厄』の……?」
「そこで、強い協力者が必要と言うわけね?」
『散りぬる陽』という言葉に、ラシディアは少し表情を曇らせたが、ジュメイラは全く意に介する事なく、セルシアスが話終える前にそう言った。
「話が早くて助かる。しかしその為にはしばらくの間、私と共にその北限の国ラス=ウル=ハイマへと来てもらわねばならぬのだが……」
「はい! 行きます! いえ! 是非とも行かせてくださいお願いします!」
セルシアスが話を終える前、今度はラシディアが勢いよく立ち上がり、先程の不安げな顔は何処へやら、嬉々とした表情でそう言うと、ジュメイラは口に含んでいたお茶を勢いよく噴き出した。
ラシディア、おとなしめの女の子かと思ったら意外にも凄い決断力! 全然迷い無し!
実はラシディア、おとなしそうに見えてかなり自由奔放天真爛漫荒唐無稽のはっちゃけ天然ガールなのです!
※しかも酒豪
でも、その辺のお話はまだかな〜り先ですので、どうぞ気長に御付き合い下さいね!
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