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賢者が恋した賢者の恋  作者: 北条ユキカゲ
第三章 イムラン悲愴曲
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悠久の果て

 イムラン城地下─────。

 青銅色の艶やかな扉が音も無くひとりでに開き、扉の奥には暗闇が広がっている。

 その暗闇から溢れ出したひやりとした空気が、セルシアスとリサイリを包みこんだ。


 凛と引き締まる空気の中、冷たい漆黒に目を凝らしていると、奥へと向かってぽつぽつと蒼白い明かりが灯り、更に地下へと続く大きな階段が浮かび上がった。

 セルシアスとリサイリはレスタシアの後に続き、扉と同じ青銅色をした壁に囲まれる階段を降りて行く。

 


「奥方様、ここは……?」



 仄かな光りに包まれる階段を降りながら、その不思議な光を放つ壁を突っつくリサイリの手を押さえてセルシアスが尋ねる。



「ここはアールーマヤの地下に眠る古代の遺跡、八百年程前、ハルラート人はこの遺跡を地下城塞として利用していたのです……」


「ハルラートの……地下城塞……?」



 セルシアスはそれだけ言って、その不思議な光を放つ壁を見渡す。すると、その隙にリサイリがまた壁を叩いたり引っかいたりしているのに気付いて小声で注意する。



「あっ! こらリサイリ止めないか! 子供じゃないんだから!」

「だってほら見てよ! 押すとなんかほわーってなるよ!」

「いいから止めなさい!」



 二人が後ろで静かに揉めている事は気にも留めず、レスタシアは話を続ける。



「この地下城塞は長きに渡り封印されていましたが、十六年前、突如その封印が消滅したのです」


「十六年前? ということは……こらリサイリ! 兄さん怒るぞ!……散りぬる陽が出現した時ですね……何か関係が……あ……」



 セルシアスは、言う事を聞かないリサイリの手を引きながらそこまで言いかけると、目に飛び込んで来た光景に言葉を失った。


 階段を降りた先は柔らかな青白い光に包まれていて、鏡のような床と、一面を白い壁に覆われた巨大な空間が広がっている。


 高い天井はなだらかな穹窿(きゅうりゅう)を帯びていて、その中心からは幾本かの蒼く光る柱が放射状に伸びている。


 これまで見た事も無いその光景に、先ほどまで壁に触れたくて仕方のなかったリサイリも流石に手を止め、その幻想的な光景に目を奪われた。


 レスタシアの後に続いて、言葉無く周囲を見廻しながらその空間へと入って行くと、中央にぽつんと、キラキラと輝く白い光の球が浮いているのが見えた。



「……うわ……すごい……何だろうあれ?」


「あ! こら! リサイリ!」



 やっと大人しくなったと安心したのも束の間、今度はその光の球を目がけてリサイリが走り出した。セルシアスが慌てて追いかけようとして「まったくアイツは……奥方様、申し訳ありません! 直ぐに連れ戻しますから!」と言うと、優しい眼差しでリサイリの後姿を見つめるレスタシアが「良いのです、どうぞ近くで良くご覧になって下さい」と、セルシアスへ微笑みかけた。


 レスタシアに促され、セルシアスはリサイリの後を追ってその光の球へと向かう。遠くから見た時には光る球体かと思っていたそれは、良く見ると一つの物体ではなく、実体のない小さな煌めきの集合体の様だった。

 セルシアスとリサイリは、しばらく無言でその輝きを見上げる。



「……兄さん、これなんだろう?」


「分からない……奥方様が見せたかった物ってこれなのかな?」



 多くの魔導書を記憶し、熟練の魔導士すら舌を巻く程に博学のセルシアスであったが、そのセルシアスでさえも、これが一体何なのか皆目見当が付かなかった。そもそも、今主流とされている魔法はこの三百年ほどで発展したものなので、それ以前に滅びたハルラートの遺跡となると、その魔導は全く未知のものであった。


 美しく煌めく光を前に二人が首を傾げていると、その後ろからレスタシアが答えを告げる。



「ここに残されている記録によると、これは『賢者の心』と呼ばれるものです」


「賢者の心?」


「そう、数千年前にこの遺跡を作った古代人の英知、現在の魔導を遥かに凌ぐ古代魔導の結晶」


「数千年⁉︎」



 ぼんやり賢者の心を眺めていたリサイリが飛び上がってレスタシアの方を振り返る。セルシアスも流石に驚いた様子で「そんな昔に、今よりも高度な魔導が完成されていたなんて……」と再び賢者に心に目を凝らした。



「殿……ペダリエイシー王はこの古代魔導を研究し、現在の魔導技術の発展に努めているのですよ」


「……私たちに見せたいと仰っていたのは、この事だったのですね」



 セルシアスがそう言ってレスタシアの方を向くと、レスタシアが笑顔で「ええ、でも、これだけではないのですよ、見せたい物はまだあるのです……ねえ、リサイリ?」と、賢者の心を見上げているリサイリに声を掛けた。



「え? あ! はい! 何でしょうか奥方様!」



 ハッと我に返ったリサイリがレスタシアの元へと駆け寄ると、「ほら、あそこに扉があるのが見えるでしょう? あそこの先へ行ってごらんなさい」と、レスタシアは何やら楽しげな様子で奥の壁にある扉を指差した。



「はい! 分かりました! 行ってきます!」



 リサイリは、楽しげなレスタシアより更に嬉しそうな顔で元気に返事をすると、その扉目がけて飛んでいく。

 リサイリが近くまで行くと扉がひとりでに開き、それと同時に、リサイリが「うわぁー!」と歓喜の声を上げた。



「さあ、セルシアスも、リサイリの後を追ってください、ご覧に入れたい物は、そこにございます」


「兄さん兄さん! 早くこっち来て! すごいよ!」



 レスタシアに促され、セルシアスは一人で騒いでいるリサイリの方へと向かう。

 今まで学んだどれとも違う未知の魔導。数千年も以前に存在し、今は失われた先人の英知。セルシアスの胸が高鳴った。

 平静を装い静かに運ばせていたその足は、いつの間にか眼前に迫った古代の秘法へと向かって走り出す。


 そして、扉の先に出たセルシアスは、そこに広がる光景に息を飲んだ。

 

 

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