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賢者が恋した賢者の恋  作者: 北条ユキカゲ
第三章 イムラン悲愴曲
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銀色の絶望 銀色の希望

 藤黄の色を失った陽光が朝影を引き縮め、くっきりとした光が隅々まで行き渡ると、地上を埋め尽くす十二万の大軍が一斉に経典を唱え始める。


 次第に熱を帯びる澄み切った空気を伝って、赫灼(かくしゃく)した朝日に包まれるスウェイハン平原に、ナダール聖教の祈りの旋律が響き渡った。


 ナダール聖教において、この祈りこそが絶対であった。


 祈れば祈るほどに徳が積まれ幸福になるのだと、崇拝者たちは信じていた。

 狂気の大群は大地に跪き、胸の前に両手を合わせて太陽に祈る。

 ナドアルシヴァを先頭に、鮮烈な陽を浴びるその鎧を銀色に煌めかせながら、邪教の殲滅という正義の殺戮に向けて烈々と祈り続けていた。



「ナダールの神よ、どうか我に、悪を滅ぼす力を与えたまえ……!」




───────────────




「何を言っているの⁉︎」



 街の広場に設営された天幕だけの簡素な炊き出し所の中、色とりどりの野菜が入った大きな鍋をかき混ぜながら、レスタシアが目を丸くしてそう訊き返した。



「あの! ですから! 奥方様にこんな事をさせてしまっては申し訳なくて!」

「どうか奥方様! あとは私たちにやらせてください!」



 自分たちへの炊き出しにレスタシアが来ている事を知った難民たちが、大恩あるこの国の妃にそんな事はさせられないと、レスタシアの前に集まってそう懇願していた。


 ナダール聖法王国の迫害によって全てを奪われ絶望の淵にあった彼らは、ペダリエイシーの庇護とセルシアスたちの挺身を受け、生きる希望を取り戻しつつあった。


 それに恩義を感じていた彼らは、ペダリエイシーの妃であるレスタシアに迷惑をかけたくない一心で、どうにか作業をやめてもらいたかったのだが、レスタシアはここでもまた手を止める様子はなく、鍋に胡麻油を加えながら「この国へ来たのなら、あなた方はもう私たちの家族なのよ!」と慈愛に満ちた笑顔を浮かべ、「味見してみる?」と言って小皿にとったけんちん汁を差し出した。



「お……奥方様……うっ……ううぅ……」



 家族や恋人、帰る国すらも失った彼らにとって、レスタシアの言葉は心の琴線を震わせた。


 先ほどまであれ程元気だった難民たちは途端に言葉を無くし、レスタシアの微笑みを映し込む目に涙を溢れさせて嗚咽を洩らす。するとそこに、その嗚咽を容易く掻き消す猛々しい子供の泣き声が響き渡った。



「ああ! 奥方様! 若様がもう泣いちゃって大変で……後は私が代わりますので、どうか若様をお願いします!」



 泣き叫ぶ男の子を抱えて困り顔のジャフィリヤが、鍋の前にいるレスタシアの方へ男の子の顔を向けると、レスタシアの姿を見た男の子はピタリと泣き止み、口を一文字に結んでレスタシアへと両手を伸ばす。



「まあまあファルトゥマ、困った子ねえ……はいおいで」



 ファルトゥマがレスタシアに無言でしがみつくと、ようやく耳を劈く絶叫から解放されたジャフィリヤがお玉を手に取り「はい! じゃあ皆さん! じゃんじゃん手伝ってもらいますよ!」と、嬉々とした表情でおたまを振りかざした。




───────────────




「あ、泣き止んだ」



 先ほどまで響き渡っていた泣き声が止んで、セルシアスがそう呟くと、「ほんとだ、やっと泣き止んだね!」と、ついさっきまで泣いていたリサイリが、けろっとした様子で笑顔を見せた。


 炊き出しの手伝いをする為、街の広場まで来たセルシアスとリサイリが、そう話しながら泣き声のしていた方へ目を向けると、人が集まる一張りの天幕が目に入った。

 恐らくあそこが炊き出し所だろうと近づいて行くと、先程慌てて走って行った人達が、おたまを振りかざす女の指示に従ってせっせと手伝っているのが見える。



「みんな! 手伝いに来たよ!」



 リサイリが手を振りながら駆け寄ると「ああ! メサイア様! 大丈夫です! 人手なら幾らでもあるんですから!」と即答で返されてしまった。



「ありゃりゃ、これは本当に手伝いは必要なさそうだね……」


「ああ! 僕たちの役目も、そろそろ終わりのようだな!」



 活き活きとした様子で炊き出しを手伝う彼らの姿は、もう昨日までの難民の姿ではなかった。 


 イムランという新天地を得て、生きる希望を取り戻したその人達の姿に、セルシアスは喜びと共にそう確信した。

 そして、彼らを受け入れ、生きる希望と場所、そして機会を与えた魔導国イムランの王、魔導王ペダリエイシーの偉大さを感じていた。



「あの? もし?」



 セルシアスとリサイリがその賑やかな炊き出しの様子を眺めていると、鈴の音の様な声で誰かが後ろから語りかけた。


 二人がその声のする方へと振り向くと、小さな子を抱えて優しい微笑みを湛える美しい女と、黄金に輝く立派な鎧を纏った金髪の騎士が立っている。


 清楚で上質な薄紅色のドレスに、珍しい瑠璃色の髪────。宝石などの装飾品をひとつとして身に着けてはいないが、状況とその特徴から、レスタシアで間違いないと思ったセルシアスは、即座に片膝をついて「奥方様、お目にかかれて光栄です」と最敬礼をする。

 その隣で、ぼーっとレスタシアに見惚れていたリサイリが「……え⁉︎ うそ⁉︎ ほんと⁉︎」と慌てて「こ、光栄です!」とだけ言ってセルシアスの真似をして片膝をついた。


 二人の様子に、レスタシアが「まあまあ! どうぞお立ちになって顔をあげて下さい!」と慌てたので、二人は顔をあげて立ち上がる。

 それを見て安心した様に微笑むレスタシアが優しく問いかけた。

 


「あなた方が、メサイア様なのですね……?」



 レスタシアのその問いに、セルシアスは迷うことなくはっきりと答える。



「いえ、メサイアなどではありません。私はセルシアス、そしてこれが弟のリサイリ。私たちはブラシカの村に住む魔導師です」


「……魔導師……」



 レスタシアはそう呟き、セルシアスとリサイリの姿を見つめる。


 十五〜六歳といったところだろうか、その落ち着いた様子からそれよりも少し大人っぽく見えるセルシアスと、そのセルシアスをそのまま可愛らしくした様なリサイリ。


 良く整った凛々しい目鼻立ちと深く澄んだ青みがかった瞳、そして朝日を受けて煌めく銀色の髪に、レスタシアの目が止まった。



「珍しいですよね、この髪色は。母が言うには、うちの家系は大昔に滅亡したハルラート人の末裔なのだそうです。もっとも、この髪色がそうと言うだけで、確かめる術は無いのですが」



 髪を見るレスタシアの視線に気付いたセルシアスが、そう言ってひとつ縛りにしている自分の髪を摘むと、リサイリが「お母さんも同じなんですよ!」と、自分の短い癖っ毛を引っ張った。



「確かめる……時が来たのかも知れませんね……」


「……え……?」



 唐突に放たれたレスタシアのその一言に、セルシアスとリサイリは理解に戸惑う。

 困惑の表情で黙る二人に、レスタシアは言葉を続けた。



「その髪色、そしてあなた方の行い、それが何よりの証拠……ご覧頂きたい物があります」



 セルシアスとリサイリは、陽の光を受けて銀色に煌めく自分の髪を摘んだまま、無言で顔を見合わせた。


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